5月29日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「えーと……それさー、つまり……」


「うん」


放課後の文芸部室。いつも通り、早めに部室に来て本を読んでいた猿島に、俺は先日の「事後報告」をしたんだけど……。


「……」


猿島は、読みかけの本のページの隙間に指を挟んだまま、宙を見上げて、しばらく考えている。

頭の中で、木魚が三回叩かれたところで、猿島は言った。


「……どういうこと?」


「えっと……つまり……」


そう訊かれても、俺自身、説明は難しい。でもまあ、ただ一つ言えるのは──。


「俺は康太が好きで、康太も俺といたいって言ってくれていて、気持ちは違うけど、お互いそのまま。つまり俺達はこれからも一緒……ってことかな」


「何もつまってないんだけどー……」


猿島が呆れ気味に、はあ、と息を吐く。


「瞬ちゃんと瀬良ってさー……はたから見てると、たまによく分かんない関係性だよねー。すげえ高度な信頼関係ができてんのは分かるけど、高度すぎて、追いつかないっていうか」


「そう……かな?」


「てか、瞬ちゃんはマジで、それでいいの?瞬ちゃんは瀬良と……そういうことしたいって思ってもさ、瀬良はそれには応えられないかもしれないってことでしょ」


「うん。でもそれも全部、康太だから。俺はそれを受け止めるよ。康太がそうしてくれてるみたいに」


「はー……」


机に頬杖をついて、猿島が頭をゆるゆると横に振る。そこへ、部室のドアがぎいっと開いて──。


「おや……やはり先に行っていたのですね」


「志水」


「遅かったねー、志水。もうちょっと早かったら、面白い話聞けたのに」


そう言って、猿島が志水にひらひらと手を振ると、志水は珍しく、頬を少し膨らませた。


「猿島さん、私が日直の仕事を終えるまで待ってると言ったじゃないですか。どうして、置いて行ったのですか」


「ごめんってー。瞬ちゃんから『ちょっと話したいことがある』って誘われちゃってさー……でも、志水には先行くよって言ったけどー」


「な、なんと……そうでしたか。では、私は聞いてなかったのですね……失礼しました」


(言ってないけどねー)


……という猿島の心の声が聞こえてくるような、猿島はそんなにやにや顔で志水に「まあ、いいよー」なんて言っている。志水……可哀想に。


志水は俺の左隣に腰を下ろしながら、「そういえば……」と言った。


「図書館に瀬良さんのお姿がありましたよ。立花さん、ご存知でした?」


「え?康太が?」


今日は、俺が部活で、康太は例によって、武川先生との補習があったはずだ。部活終わったら、PC室行くから、一緒に帰ろうねって約束はしたけど……それが、どうして図書館に?


「あれ、瞬ちゃん知らなかったのー?」


「う、うん……康太、全然そんな話してなかったし」


「そうだったのですね……いえ、奥の自習机で、何やら真剣な顔で、本を読んでいて。お勉強されているようだったので、私も声は掛けなかったのですが……」


本、お勉強……ってことは、やっぱり、資格の勉強かな。もしかしたら、急に補習が中止になっちゃって、それで、代わりに図書館で勉強してたのかも。


なんて考えていたら、猿島が「へえ」と感心したように頷く。


「瀬良、勉強してるとは聞いてたけど、すげー頑張ってんじゃん」


「ええ。すごく……周りの声も聞こえないのではという程、集中されていて……とても精悍な顔つきでした」


「そっかあ……」


それを聞いて、俺はなんだか誇らしい気持ちになる。頑張ってて、真剣な顔をしている時の康太って、すっごく格好いいもんね。つい、口角を緩ませていると、目敏くそれに気づいた猿島が揶揄ってきた。


「何にこにこしてるのー、瞬ちゃん。今は部活中なんだから集中しないとダメでしょー」


「へへ……」


「へへ、じゃないよー……全く」


猿島に頭をわしゃわしゃと撫でられる。部室の時計を見ると、針は十六時過ぎを差していた。あと一時間くらいか……俺は、図書館へと繋がるドアの向こうで頑張ってる康太のことを想像して、「早く会いたいなあ」なんて思った。



──思ったんだけど。



「康太?」


「うお、瞬!?ど、どうしたんだよ……」


部活終わり。志水の言う通り、図書館の奥の自習机に向かっていた康太を見つけて、駆け寄ったはいいものの……。


「危ねー……」


「何が危ないの?」


「いや、何でもねえよ……こっちの話だ」


「ふうん」


このように、康太は見るからに挙動不審だった。それに少し気になるのは……。


──てっきり、勉強してたのかな?って思ったけど……その割には、ノートとか参考書がないような。


まあ、もうこんな時間だし、切り上げてたのかもしれないけど……でも、康太。


「康太……」


「何だよ?」


「何か隠さなかった?」


「隠してねえよ。仕舞っただけだ」


「それは隠してない?」


でも、康太は「そんなわけねえよ」と首を振る。


「ちょっと……適当に図書館の本を借りたんだよ。瞬を驚かせようと思って、待ってたけど暇になったから」


それを聞いて、俺はぱちぱちと瞬きをしながら、康太を見つめる。


「俺を?」


「おう。今日は、武川に臨時の会議が入って、補習がなくなったから……ここで瞬を待っててやろうかなって……そしたら、わざわざ迎え来なくて済むだろ、瞬」


「……」


少し照れ臭そうにそんなことを言ってくれた康太に、俺は……単純すぎてちょっと恥ずかしいくらい、嬉しくて、そわそわしてしまって、さっきまで気になってたことも、もうどこかに行ってしまって……。


「……大好き」


つい、康太にそんなことを言いたくなった。康太は何とも言えない、ひょっとこみたいな微妙な顔で、俺から視線を逸らして、ぼそりと「そうか」と言った。

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