5月31日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「五組っ!勝って武ちゃんの奢りで焼肉するぞっ!」
「「「おーっ!!」」」
空の下、お揃いのオレンジの鉢巻きを巻いて、クラスメイト全員で輪になって気合いを入れる。
輪の外で俺達を見守ってくれていた武川先生が「そんなお金ないよ」と朗らかに笑った。
体育委員を中心に組んだ円が解けて、開会式を前に、各々自分の席へと散っていく。
お天気は、絶好の体育祭日和……とはいかなかったけど、雨は降らない予報だし、これはこれで涼しくていいかな。
教室から持ってきた椅子に腰掛けて、持ってきた水筒でお茶を飲んでいると、グランドで、試し撃ちに号砲が数発鳴った。これを聞くと体育祭って感じがするなあ……。
──いよいよ、始まるんだ……最後の体育祭。
「俺達、競技何も出ないけどな」
「……それは言わないでよ」
俺がしみじみ思っていたことを察したのか、隣に座る康太が水を差すようなことを言う。
……そう、俺も康太も出ることになっていた綱引きだけど、時間短縮のために、予行の日に予選があって、当日は決勝に進んだ四クラスの対戦だけがあるんだよね。
つまり、予選で負けてしまった俺達、五組・男子チームの出場メンバーは、今日は出番なしの応援のみになる。といっても俺には──。
「まあ、瞬は部対抗リレーがあるよな……頑張れよ」
「う、うん……!」
康太に言われて、よし、と拳を握る。
部対抗リレー……成り行きで、文芸部代表として、それも何故か女装で出ることになったけど、俺はこの日のためにそれなりに頑張ってきた。
「日焼け止めもばっちり塗ってたし、肌も保湿とか色々やったし、産毛も剃ってきたし、体重も……落としたもんね」
「え?そうなのか……?どれくらい?」
「百グラム」
「肉の量り売りか」
康太にツッコまれて、何も言い返せない。自分でも悔しいんだけど、一番頑張らないといけないところだったのに、結局あんまり痩せなかったんだよね……。
肩を落とす俺に、康太が「でも」とフォローしてくれる。
「瞬は元々そんなに太ってないだろ。今でも十分……何だ、まあ、いけるんだから……いいだろ」
「いける?」
「……可愛い方に入るだろってことだ」
「康太……」
また微妙な顔しながら、でも、内心自信がなかった俺を想って言ってくれたことに胸が温かくなる。思わず「今日の分」を言いかけたところに、上から声が降ってくる。
「お前らは今日も、通常運転だな……」
「おい瀬良、いちゃいちゃしてんじゃねーよ!見せつけてんのか?」
「西山、森谷」
「整列だってよ」と西山が言う。見ると、皆、ぼちぼち入場門のところに集まっているみたいだ。
「行こっか、康太」
椅子から立ち上がり、康太に手を差し出すと、康太もそれを掴んで、立ち上がる。
「あ、待てよ瞬。鉢巻き緩んでる」
「え?本当?」
「結び直してやるからじっとしてろ」
康太に背を向けて、鉢巻きを預ける。康太は器用に、俺の頭に鉢巻きをぎゅっと巻き直してくれた。さらに、康太が俺の後ろ髪を、軽く整えるために手でさっと梳くと、俺は少しどきどきした。
「ありがとう……」
「おう……」
「おい、早くしろー」
呆れ気味に言った西山の声で、我に返り、俺達は皆のところへ駆けて行った。
☆
『午前の部、最終競技・部対抗リレーに参加する生徒は準備をして入場門へ集まってください』
いよいよ、その時が来た。アナウンスを聞いて椅子を立った俺は、康太に言った。
「じゃあ、いってくるね」
「おう、頑張れよ」
そう言って手を振ってくれた康太に続いて、西山や森谷も声をかけてくれる。
「楽しみにしてるぞ、立花ー」
「誰が出てきても立花が優勝だぜ!」
「う、うん……?ありがとう」
皆に見送られながら、着替えのために校舎に戻る。昇降口まで来たところで、後から誰かがついてきてたみたいで──。
「なんだ、康太?」
「おう……いや、何ていうか」
振り返ると、頭を掻く康太がそこに立っていて。康太は何故かバツが悪そうな顔をして言った。
「何か……できることあったらって思って」
「ふふ……」
つい、笑ってしまう。要するに、康太は心配して来てくれたらしかった。嬉しい……すっごく嬉しい。
「じゃあ、俺……部室で着替えてくるから、ここで待ってて。着替えたら、康太に一番に見てほしいから」
「……分かった」
康太は頷く。図書館は昇降口のすぐそばだ。今度こそ、康太に手を振って、俺は人気のない校舎を、部室へと向かった。
──まさか、その後……のちに『春和高校体育祭の悪夢』と呼ばれる災厄が訪れるなんて思いもせず。
『おや、瀬良氏っ!ちょうどいいところに』
『何だ、丹羽か。どうしたんだよ……そんな焦って』
『それがですな……部対抗リレーで我が文化部連合の漫研から出る予定だった方が、足を捻ってしまっただとかで……急遽、代わりの方を探していたのです』
『まさか』
『ほっほっほぉ!瀬良氏は勘が良くて助かりますなあ。じゃ、瀬良氏もこちらに着替えていただいても?』
『いいわけねえだろ!こんなもん着れるか……ふざけ──』
『ん~では、昨日お貸しした”例のブツ”の件、申し訳ないですが、立花氏にバラしても?』
『クソが……っ!』
。
。
。
次に康太に会った時、康太はバニーガールになっていた。
「……」
「……」
黒を基調とした、ふわっとしたミニ丈のワンピースは、ノースリーブで、大胆に筋肉を強調。その下に履いた薄手の黒いストッキングは、男らしい脚線美を際立たせすぎた結果、伝線している。頭には服と揃いの黒うさぎ耳。バックには白くて綿みたいにふわふわのしっぽ。ウィッグやメイクは一切せず、顔は康太の素材をそのまま存分に活かしていて、えっと──。
「……可愛いと思うよ、康太」
「嘘は人を傷つけるんだぞ、瞬」
光を失った目で康太は俺に言った。
この姿で校庭に現れた康太に、群衆は阿鼻叫喚となった。
これこそが、後の代まで語り継がれることになる「春和高校体育祭の悪夢」である。
☆
「疲れたー……」
「うん……」
教室に戻ってくるなり、二人して、机に突っ伏す。
無事(?)に部対抗リレーを終えた俺と康太は、その後、「写真撮らせて!」と寄って来たクラスメイト達とか、部のメンバーとかと、即席の撮影会をすることになり、その後も着替えたり、色々している間に、ろくにお昼も食べられないまま、昼休憩が終わる時間になってしまったんだけど。
「本当にいいのか?……外行かなくて」
「……いいよ。ここでゆっくりご飯食べよ」
言いながら、俺はお弁当の包みを取り出す。
「もうこんな時間か……」と、疲れ切った顔で校庭に向かおうとした康太を、俺は引き留めて……なんと、「サボり」に誘ってしまった。こんなことは初めてだ。他の皆はもう外に出ているのに、俺達は内緒で、教室で二人きり。外はごたごたしてるから意外と気付かれない……と思う。
少し、どきどきしたけど、康太とならこんなこともできちゃうから不思議だ。
──だって、あんなに疲れてる康太をほっとけないし。
というのは言い訳で、本当はただ……もうちょっと二人でいたかっただけだ。
それに、今日はどうしても康太とお昼を食べたかった。だって──。
「てか……何かいつもより弁当でかいな……もしかして」
「へへ、今日は康太の分も作ってきたよ」
言いながら、包みを開いて、お弁当箱の蓋を開ける。
中身は、ハムや玉子のミニサンドイッチに、唐揚げ、ウインナー、もちろん玉子焼き……などなど、康太が好きなおかずとか、昔、運動会の時に母さんが作ってくれて好きだったおかずとか……そんなものをたくさん詰めてみた。
「うわ、すげえな……!」
康太がお弁当を見て、何故か眩しそうに目を細めている。喜んでるみたい、よかった。
「あとね、これも見て」
俺は弁当箱の二段目を開ける。ご飯の段だ。白米の上には──。
『す き』
「今日は海苔で書いてみました」
そう言って、冗談っぽく俺が笑うと、康太は海苔の字を見て、何かじっと考えている。
「康太?」
「……いや、なんていうか」
言葉を探すように、しばらく宙を見つめて、それから康太は俺に言った。
「……前に言ってた日課か、本当なのか、分かんなくなるな」
「本当だよ」
俺は康太に言った。
「本当に、康太が好き」
「……」
その言葉に康太がはっとした顔をした。
「……ごめん。軽はずみなこと言った」
「いいよ」
俺は首を振る。それから、康太の手を取って言った。
「俺は俺の好きを康太に伝え続けるから」
ある意味、それは宣戦布告みたいなものだったかもしれない。
俺と康太を取り巻く、何もかもに対する──だけど、俺はもう諦めないし、負けないと決めた。
それが、俺にとっても、康太にとっても、良いことだと信じて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます