8月4日 幸せが動き出したら
「企業見学はどうだった?」
「おう……疲れたけど、色々話聞けて、よかった」
「そっか」
そんな話をしながら、康太を居間へと迎え入れる。
それから、康太が来る前に沸かしておいたお湯とミルクをカップに注いで、コーヒーを用意した。エアコンの効いた涼しい部屋で飲む温かい飲み物って美味しいもんね。それに、今日のおやつにも、コーヒーはぴったりだ。
「はい」
「ありがとう」
お盆にコーヒーと「おやつ」を載せて、テーブルに運ぶ。カップを康太の前に置くと、康太はふう、と軽く冷ましてから、それに口をつけた。
その様子を向かいから「様になるなあ」なんて眺めていると、康太が「おやつ」を見て言った。
「……なんか美味そうなドーナツだな」
「でしょ?新発売だって。生フレンチクルーラーだよ」
「へえ……」
康太が、興味深そうにドーナツを見つめる。俺はそんな康太に「食べよ」と言った。
二人でドーナツを食べる──午後の穏やかな時間が流れる。
だけど、今日、俺と康太がこうして会っているのは、二人で新発売のドーナツをまったりいただくのが、目的……じゃない。
──それは、遡ること……昨日。
『明日、瞬の講習が終わった後、会いたい』
『これからのことで、大事な話がしたい』
そのメッセージが来たのは、昨日の夕方のことだった。
康太とは朝から、企業見学のこととか、何でもないやり取りを続けてたけど、ふいに、真面目なトーンでそう送られてきたので、俺は少しどきっとした。一体どんな話をするつもりなんだろうって……。
もちろん、それが……例えば「別れよう」とか、そんな話じゃないだろうってことは分かってた。
むしろ、長年の勘で、康太のそれがたぶん、悪い話じゃないと思うからこそ、想像がつかなくて緊張した。
──プロポーズ……とか?
緊張のせいか、自分でも「さすがに……」と思うような、浮かれたことも、つい、考えてしまう。
だけど、そんな想像はなんだか、してるだけでも気持ちがふわふわとしてしまうし、やめられなかった。
本当、呆れちゃうんだけど、昨日の夜、俺は寝る前に……こっそり、スマホで「幸せが動き出したら」のキャッチコピーでお馴染みの「あのサイト」を見たり……もした。
でも、色々と読んでると、「結婚」というか、二人でこれから先を歩んでいくにあたって、結構タメになることが書いてあったりもして。
そして、康太の話の内容が分からないなりに、俺は準備をすることにしたのだ。
その準備の一つが、ドーナツだったりする。大事な話をする時は、甘いものを食べながら、リラックスした雰囲気で話すといいんだって。確かに、なんだか落ち着いて話ができそうかな。
……さて、ドーナツを食べ終えた康太は、ティッシュで指を拭きながら、俺にこう切り出した。
「……で、瞬。その……話なんだけど」
「うん、何?」
康太は小さく、ふっと息を吐いてから、俺にこう言った。
「瞬を……母さんに紹介してもいいか?俺の恋人だって」
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