4月26日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





また、だ。


「……」


「どうした瞬、誰かいんのか?」


「ううん。いないけど……」


首を振って、視線を前に戻す。始業が近い、朝の教室前の廊下は、行き交う生徒達で賑わい始めている。


俺と康太は先生から頼まれた配布物を抱えて、教室に向かってるところだったんだけど……。


──なんか、視線を感じるんだよな……。


例の「噂」の件以来、康太と一緒にいる時に視線を感じることは、たまにあったんだけど、三年生になってからは、そんなこともほとんどなくなった。だからこそ、余計に気になる……。


すると何かを察したのか、康太が耳元に顔を寄せて、囁いてくる。


「……つけられてんのか?」


「違うと思うけど……でも、見られてる気がして」


康太も後ろを振り向く。でもやっぱり誰もいない。


──澄矢さんや、あの人じゃないよね。隠れる必要がないし……でも、一体誰が?


背中には今も、どこからか向けられている視線が刺さっている。うーん……何か、悪いことじゃなければいいんだけど……。



──



「あっぶねー……」


視線に気付いて、こっちを振り向いた先輩から、間一髪、物陰に隠れる。わざとらしく「ふー」と息を吐く陽希を俺は睨む。


「なあ……いつまでこんなことすんだよ。せっかく、あの文芸部から上手いこと逃げられたのに……こっちから、わざわざ近づく必要ないだろ」


「だってさ……気になるじゃん!あれって告白……いや痴話喧嘩ってやつだろ?俺あんなとこ初めて見たし」


「何回も見てる奴なんていねえよ」


好奇心で目をキラキラさせている陽希に呆れる。……こいつ、こういうゴシップ的なの、結構好きなんだよな。他人のことなんだから、ほっときゃいいのにって思うんだけど。


──あれは告白……というか、痴話喧嘩、なのか……?


陽希の言う「それ」とは、ちょうど一週間前、「文芸部」の体験入部で、三年の猿島先輩に連れられて行った部室で、うっかり目撃した件のことなんだが。


『俺は……そんな康太が好きだよ。だから、もっと一緒にいたいって思うんだけど……』


『俺だって、瞬のことは好きだけどよ……それとこれは別だろ。それに、一緒には別に……家でもいられるだろ』


『でも……』


……あれが結局何だったのかは、未だによく分からない。あの後、猿島先輩と図書館でちょっと話したが、先輩は何事もなかったかのように、俺達と接していた。説明も何もなかったし、陽希がそれについて触れようとすると、それとなく話題を変えられたし。


それはつまり、「アレには触るな」ってことなんだろう。部室にいたんだから、あの二人はたぶん部員なんだろうし、部員である猿島先輩からしたら、日常なんだろうな……アレは。


──ま、とりあえず、無理に入部させられるようなことはなかったし、それはありがたかったけど。


猿島先輩は文芸部の活動については一通り説明してくれたけど、それ以上、強く勧誘なんかはしてこなかった。陽希の方も、あの二人に興味はあったみたいだけど、部に入ってまでどうってわけじゃないみたいだし、一応、体験入部コンプして満足したみたいだし……なんて、俺は安心してたんだが。


「それにしても、マジで仲良いなー……あの二人。朝からずっと一緒だぜ?距離もやたら近いし……絶対付き合ってるよな?怪しいぜ……」


「怪しいのはお前の方だろ」


俺は壁越しに二人を覗く陽希の後頭部をチョップする。陽希は「何だよー」と頭をさすったが、覗きをやめようとしなかった。三年生のフロアを一年がうろついてるってだけで目立つのに……よくやるよな、全く……。


あの体験入部?の日以降。陽希は二人の姿を見つけては、こうしてどこぞのパパラッチみたいに、二人の様子を陰から覗いていた。曰く「もっとやべーとこ見れるかもしれないじゃん」とのこと。何だそれ。


「ほっとけよ、マジで。見ろ、あの二人の周りを歩く三年生を。誰も気にしてねえだろ……」


何かプリントらしきものを抱えて歩いている二人は、耳元に顔を寄せ合って、こそこそ囁きあってたり、紙束の角で、楽しげにお互いを小突きあってたり、一目で「イチャついてる」って分かるのに、周りの三年生は誰一人として、二人に視線を止めることはない。


このフロアではよくあること……いや、下手したら、この高校ではよくあることだから、今更騒ぐほどでもないって感じなのかもしれない。だったら、俺達もそれに従えばいいのだ。


「ほっとけってなら、慎こそ、俺についてくることねーぞ。俺はただ趣味で、あの二人を追ってるだけだから」


「何だそのやべえ趣味……友達がそんなやべえ趣味に足突っ込んでるのを見過ごせねえだろ」


俺の穏やかな高校生活のためにも、つるんでることが多い陽希には、なるべく妙なことはしてほしくない。ましてや、まだ入学したばっかりなのに、だ。体験入部フルコンプぐらいで、もういいだろ……そんなことを思っていたら、ふいに陽希が振り向いて言った。


「俺のこと、友達だと思ってるんだな。慎」


「それ以外になんて言うんだよ、この付き合いを」


「慎ってそういうことあんまり言わねーから、なんかな……今、きゅんとしたわ」


「すんな」


ははは、と笑う陽希にまたチョップをする。まさか、陽希……あの先輩達に中てられてるんじゃないだろうな。俺は、あんな「バカップル」はごめんだ。そもそも、そんな関係じゃないけど。


「あ、やべ。チャイムだ」


そのうちに、始業十分前を知らせる予鈴が鳴った。気が付くと、あの二人はもう教室に入ってしまったのか、廊下に姿はなかった。陽希も一旦、諦めたのか、俺に「戻るか」と言ってきた。


──野放しにしとくわけにはいかないし、陽希の興味が無くなるまで、付き合うしかないか。


一体いつまで、続くんだろうな……先が思いやられる、と俺は肩を竦めた。



──



「巻いたか?」


「うん。もう誰もいない……と思う」


あの後も、謎の視線を気にする俺に、康太が「一旦、どこかに入って巻こう」と提案してくれたので、人込みに紛れながら、とりあえずトイレに逃げ込んだんだけど……。


「全く、何なんだろうな……気味が悪い」


「うん……ちょっと、あんまりいい気はしないけど」


優しい康太には悪いけど、そう言う俺は、ちょっとずるくて「あ、ここでなら今日は言えるかな」とか考えてしまっている。実際、ここのトイレには今、誰もいないし。


「その……康太がいるから、俺は大丈夫だよ。あんまり気にしすぎないようにする。ありがとう……好きだよ」


「トイレ来たし、ついでに用足してくか……瞬、悪いけど、俺の持ってた分ちょっと預かってくれ」


「……」


ずるいことは考えちゃいけないな、と思いました。

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