4月27日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「ないねー」
「ないですね」
「……」
放課後の文芸部室。長テーブルを囲んで定位置に座った俺達──現・文芸部員は、テーブルの中心に置かれた空の箱を見つめて、途方に暮れていた。
「……っ」
重い、とまではいかないけど、空気がなんとなくどんよりしている。原因は明らかだけど、誰も何も言わないでいてくれるから……俺はその空気に耐えられず、俯く。
猿島が空き箱を逆さに振りながら言った。
「相坂ちゃんが持ってきたのってマジでこれー?」
「そうですな」
「そっかー」
部室の空気が暗い理由……それは、相坂先生──文芸部の顧問の先生が、俺達に告げたことだった。
──『体験入部期間後、最初の入部届提出締め切りである今日までに、文芸部に届を出してきた一年生はゼロだったよ』
──俺のせい、だ。
目の前の空き箱に、罪悪感が募る。すると、丹羽が笑った。
「ほっほぉ。ま、いいじゃないですか。ここはひとつ、今のメンバーでの時間を大切にしましょう、という神様のお導きかもしれませんぞ。そう肩を落とすことでもありますまい」
上座に座る部長の丹羽は、いつも通りだった。そう言ってくれるのは嬉しいけど……。
「……ごめん!やっぱり、俺のせいだよね。あんなところ見せちゃったから──猿島がせっかく連れてきてくれた一年生を、驚かせちゃって、そのせいで、新入部員が来なかったから……」
皆は触れないでくれたけど──俺は黙っていられなかった。これは、自分のせいなんだから……すると、猿島が首を振った。
「別に瞬ちゃんのせいじゃないってー。あれがなくても、体験入部、誰も来てなかったし。どのみち結果は同じだったでしょ」
「ええ、そうです。私も先週は家の用事でほとんど、勧誘に参加できませんでしたし。立花さんだけが抱えることではありませんよ」
「俺は……別に、今のままやって、先輩達いなくなったら、これで閉じてもいいんで」
志水や菅又くんもそう言ってくれる。皆、本当に優しいな……でも。
「俺、もう少し勧誘……頑張ってみるよ。最初の締め切りは過ぎちゃったけど、入部は一年中受理してもらえるもんね。なんとかして……俺達の代で廃部っていうのは、避けたいな。菅又くんもいるし」
「瞬先輩……」
隣に座る菅又くんが、俺を見つめる。やっと入ってくれた後輩のためにも、できることはやりたい……!
テーブルの下で拳を握っていると、そんな俺に、丹羽がにやりと口の端を上げた。
「んっふっふぅ……立花氏、気合い十分ですなあ。頼もしいですぞ」
「う、うん!俺、何でも頑張るよ。文芸部のためなら!」
言った瞬間、向かいに座る猿島が何故か「あーあ」と俺を憐れむような顔をした。志水は首を傾げていて、俺も首を傾げた。何だろう……?
「立花氏、今、何でもっておっしゃいましたな?」
「そ、それが……?」
丹羽が席を立つ。俺に近づいてきて、言った。
「ほんと~~~~~に、何でも、やれますかな」
「や、やるよ!お、男に二言はないよ……!」
そんなに念を押されると、不安になってくるけど……でも、さっきの気持ちは嘘じゃない。
俺は思い切って、丹羽に尋ねてみる。
「もしかして、俺に何かできそうなことが……あるの?」
「んふぅ。ええ、そうですとも……立花氏」
丹羽は、制服の内ポケットから、紙を一枚取り出して……それを俺の前に広げて見せてきた。
「第六十九回・春和高校体育祭……プログラム?」
「これはまあ、まだたたき台みたいですけどねえ……んっふ。立花氏の御力を借りたいのはここですぞ」
広げた紙には、「体育祭のプログラム」らしく、色々な競技のタイムスケジュールが載ってるけど……丹羽が指さしたのは、そのうちの一つ。
「部活対抗仮装リレー……」
ああ。あの毎年、野球部とか、サッカー部とか、漫研とか……色んな部活がチームを組んで、面白い仮装をしてリレーをするやつかあ。へえ。じゃあ、今年は文芸部も出るんだね……誰が?
「それを立花氏にお願いしたいですぞ、是非」
「え」
「よっ、頑張れ瞬ちゃんー」
「立花さん、ファイトです!」
「瞬先輩、ありがとうございます」
「え?」
皆、さっきまでの重い空気はどこへやら、笑顔でぱちぱちと俺に拍手する。え?状況が飲み込めてないのは……俺だけ?
「いやー毎年見てるだけでいいやって思ってたけどー……ついにうちにも話が来るなんてねー」
「ぬっふふ。知り合いの漫研の部長から、今年はいくつかの文化部で連合を組みたいと話がありましてなあ。文芸部からも一名出してほしいとのことで……いやあ、立花氏が引き受けてくれそうで、何よりですぞ。なんたって、今年の仮装のテーマは【女装】とのことですし。我々では……ちょっと」
──引き受けるなんて言ってないよ!ていうか、女装って何!?
と、よっぽど声に出したかった。だけど、それは志水の言葉に遮られてしまう。
「ある意味花形とも言える競技ですし、ここで成果を出せれば、新入部員も現れるかもしれませんね」
「うぅ……」
そんなこと言われたら、断れないよ!
……もしかして、皆、今日は始めからそのつもりだったの?疑いたくないけど、ちらりと皆を見遣る。
(((にっこり)))
──そのつもりだー!
やられた。だから、皆珍しく、俺が部室に来るよりも前に揃ってたんだ!
これは、始めからこの流れに持って行くための、罠……でも。
──志水の言う通り、恥ずかしいけど……部活をアピールするチャンスでもあるよね。
正直、文芸部員が女装で走ることで、何のアピールになるのかは分からないけど……まずは「文芸部」って名前だけでも認識してもらわなきゃだもんね。
「……分かった!お、俺、頑張るよ。絶対、文芸部のことアピールして、新入部員を増やそう!」
「えーじゃあ、瞬ちゃんの勝負服はどれにするー?体育祭だし、チアでいっとく?」
「なんと……どこから着るのか分からないような服ばかりです……。勝負するには、少々隙が多くないでしょうか?」
「うわ……何ですか、これ。透けてるし……走れないでしょ」
「んん~私としては、こちらの園児服なんかも立花氏が着ると趣深いかと……おっほぉ」
「……」
一年生、君達はある意味、正解かもしれない。ここはとんでもない部だよ……避けて、正解だ。
はあ、とため息を吐いてから、勝手に盛り上がる皆に、俺は言った。
「俺の勝負服は──」
☆
「──ということだから、康太が決めて」
「は?」
部活終わり。教室でクラスの仕事をしながら、俺を待っててくれた康太に、俺はここまでの経緯を話した。長い付き合いの幼馴染だから、俺の考えはすぐに伝わって──。
「全然分からん」
「……だよね」
いくら何でも、いきなり「来月の体育祭で部対抗リレーに出ることになったんだけど、そこで女装するから、俺が何着るか決めてよ」って言われて「いいぜ」とはならないよね。
でも、俺にも、康太に決めてほしい理由がある。
「……康太は、一年の文化祭の時も、俺の女装を手伝ってくれたし。そんな康太が『これ』って言うものなら、俺もなんか……諦めて着れるっていうか」
「責任が重いな」
康太が頭を掻く。無茶は承知の上だ。でも、康太なら、変な服は選ばないっていう信頼感がある。大丈夫、康太が言うなら──。
「インパクトってなら、ふんどしとかか?」
「話聞いてた?」
うーん……その、これはちょっと不安だけど。
俺は首を振ってから、康太に言った。
「俺、あの文化祭の時……康太が『可愛い』って言ってくれたから、頑張れそうな気がしたんだよね。今回も恥ずかしいけど……その、俺が好きな、康太が言ってくれるなら、また頑張れる気がするから……」
言っちゃった。恐る恐る康太を見遣ると、康太はそっぽを向いて、頬を膨らませていた。
何、それはどういう顔?と思ってたら、康太はぼそりと「分かったよ……」と言って、頷いてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます