4月28日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「なあ、しゅん。何してんだよ!遊び行こうぜ」
「うーん……まってー」
ぎょうかん休みの時間だった。クラスのみんなはもう外に遊びに行っていて、教室には、おれとこうたの二人きりだった。
それでも外に行かないおれに、こうたは外へ行こうとせかしてくるけど、今はそれどころじゃなかった。
なんてったって、もう時間がないのだ。それなのに、ぜんぜん上手くできなくて……。
──どうしよう。今日わたさなきゃいけないのに……。
「おい」
「ああっ!」
その時、怒ったこうたが、おれが作っていた「それ」をうばい取った!
「返して……返してよ!」
「なんだよこれ……『みなと先生へ』って、手紙?」
「返してよお!」
こうたが手にもった、俺の手紙を蛍光灯にすかして、じっと見ている。なんとかして返してもらおうと、ジャンプするけど届かない。
「なんだ、まだこれしか書いてねーじゃん。ていうか何だよこれ……折り方めちゃくちゃだし」
「うぅ……」
こうたにそう言われても、何も言い返せなかった。
だって、本当のことだ。いっぱいいっぱい、お話ししたいことがあるのに、お手紙はぜんぜん書けないし、先生がいつも着ててかっこよかったから、ワイシャツの折り紙を作りたかったのに、それもちっとも上手に折れないんだ。
──先生に会えるのは今日が最後なのに……。
そう思ったら、すごく悲しい、情けない気持ちになった。
「みなと先生」──おれが二年生の時に、「きょういくじっしゅう」っていうのでちょっとだけ来ていた先生で、その時も、たくさん遊んでもらったり、お話をいっぱい聞いてくれた男の先生だ。
あの時も、お別れする時はすっごく悲しくて、クラスでいちばん泣いてしまったけど……なんと、おれが四年生の時に、またこの学校に来てくれたのだ。
うれしくて、たんにんの先生じゃなかったけど、お話しに行ったら「こんどは先生になったから、もうちょっとだけ長くいられるよ」って教えてくれた。だから、「来年はみなと先生のクラスになりたいなあ」って思ってたのに……。
五年生になって、いちばん最初の朝会でびっくりした。「みなと先生は他の学校の先生になった」って聞いて。
だから、みなと先生に会えるのは今日の……「りにん式」が最後なのだ。
「うっ……うぅ」
「な、何だよ!いちいち、めそめそしやがって……こんなの、もう返すよ……いらねーし」
「……」
こうたが手紙を返してきたので、今度は、おれがこうたからうばいと取るみたいにした。
うでで目をこすりながら、手紙を見る。ぐちゃぐちゃで、しわしわの、きたない……シャツのつもりだったお手紙。
みなと先生は、俺が体育で一人だけなわとびができなかった時や、算数の問題が分からなくて泣いていた時も、いつも「瞬ちゃんは、これからいっぱい色んなことができるようになるんだよ。だいじょうぶだよ」って言ってくれた。だから、できるようになったこと、いっぱい伝えたかったのに……。
──やっぱりぜんぜん、ダメなんだもんな。みなと先生だって、こんなのいらないかなあ……。
おれは、手紙を机の引きだしのずっとおくにしまいこんだ。こうたは、おれをじっと見て立っていた。
「なんだよ」
「……なんでもねーよ」
そのうちに、こうたはふらっと教室を出て行ってしまった。最近のこうたは、あんな風に……前よりももっといじわるで、急におこって……よく分からない。遊ぶことはあるし、楽しい時もあるけど……ちょっとだけ、いやな気持ちになったり、むかっとすることもある。今みたいに。
──みなと先生は、いつもやさしかったなあ……早く会いたいなあ、でも。
会ったら、それが最後になってしまう。
かなしいし、お手紙も書けないし……こうたもいないし。
もうなんにもする気が起きなかった。俺は机にぺたーっとふせて、目を閉じた。
☆
「……」
後ろの扉から、生活科室をそっとのぞく。りにん式が終わって、いよいよ先生達とのお別れの時間になった。みなと先生は生活科室にいるって先生が言ってたから来たけど……。
──いっぱい、いる……。
いち、に、さん、し、ご……数えきれない。みなと先生の周りには、他の子達がもういっぱい集まってた。たぶんみんな、去年みなと先生のクラスだった子達だ。
──おれが行ったら変かな……。
おれは、みなと先生のクラスだったことは一回もないし、おれにとっては、いっぱい遊んでもらった大好きな先生だけど、先生のクラスだった子達にはきっとかなわない。それに、四年生の最後の方は、あんまりみなと先生に会えなかったし、おれのことなんて忘れちゃったかもしれない。
そう思ったら、体が固まって、生活科室に入れなかった。もう帰ろうかな……なんて、思っていた時だった。急にだれかにせなかをおされた。
「うわっ!?」
なんとか、転ばないようにふんばったけど、うっかり、おれは生活科室の中に入ってしまった。大きな声を出しちゃったから、みなと先生の周りにいた子がいっせいに、おれを見た。もちろん、真ん中にいたみなと先生にも見つかっちゃって……。
「ああ、瞬ちゃん。まってたよ、おいで」
「……!」
みなと先生は笑って、おれに手をふってくれた。
おれはもう、飛べちゃうくらい、すっごくうれしくなって、だけど、同時になみだがいっぱい出てきちゃって、泣いていたら先生が心配しちゃうのになあって思うのに、ぜんぜん止まらなかった。
そのままみなと先生の近くまで行ったら、先生は「ここにおいで」って言って、先生のすぐとなりに俺を座らせてくれた。そこで、みなと先生のことが大好きな……みんなといっしょに、先生と「お別れのあいさつ」をした。
……ちょっとだけ気になって、うしろのドアの方を見たら、なんだかよく知ってる「あいつ」の影が見えた気がした。
「みなと先生……」
「瞬ちゃん」
やっと、おれのじゅんばんが来た。先生はすっごく人気者だから、最後に一人ずつ先生とお別れをするのに、ものすごーく並んだ。
「先生、おれ……」
「うん」
やっとなのに、何を言ったらいいかなんにも浮かばなかった。先生に言いたいことは、いっぱいあった。
ありがとう。また会いに来てね。本当は、さよならなんかしたくないよ……ありがとう。でも、それだけじゃぜんぜん足りない。ああ、なんて言ったらいいのかなあ。
──お手紙も、おいてきちゃったな。
おれはきっと、先生に何も言えなくなっちゃうから、お手紙にしようと思ったのに。上手にできなかったからって、おいてきちゃったんだ。ばかだなあ……先生、言ってたのに。
『瞬ちゃんがたくさん考えて、それをやろうと思った気持ちを、大切にしてあげてね』って。
「……ごめんなさい」
「え?」
気が付いたら、そんなことを言っていた。先生は目をまんまるにして、ちょっとびっくりしてたけど、それからすぐに、やさしい笑顔で言った。
「ゆっくりでいいから、お話してごらん。だいじょうぶだよ」
「……先生に、お手紙を書こうと思ったのに、おれ、ぜんぜん上手に書けなくて。お手紙、作ったのにぐしゃぐしゃにしちゃったんだ……先生に言われたこと、まもれなかった」
「お手紙ってもしかして、これ?」
「え?」
先生は床に落ちていた「それ」を拾って、おれに見せた。それは間違いなく、おれが作っていたあの、ぐしゃぐしゃになったワイシャツの折り紙のお手紙だった。
──どうして……。
でも、そこで思い出したことがあった。そういえば、さっき……だれかにせなかをおされた時、ポケットの中になにか入れられたような気がする。それが、落っこちてたのかもしれない。じゃああれは……もしかして。
「すごいね。折り紙のワイシャツだ!でも、どうして、この形にしてくれたの?」
「先生、それ……いつも着てて、かっこよくて、大好きだったから……」
「かっこよかった?ありがとう」
おれはすごくほっとした。わたせてよかった。先生が、よろこんでくれてよかった。
「おれ、先生がいっぱい遊んでくれて……さんすうも教えてくれて、いつも、だいじょうぶだよって言ってくれて、すっごくすっごく、うれしかった……ありがとう……先生のこと、わすれないよ」
「うん、先生も瞬ちゃんのこと忘れないよ。ありがとう」
また、なみだがいっぱい出てきた。みなと先生は、大きな手で頭をなでてくれた。
「先生……みなと先生が、いちばんの先生だよ。大好きだよ……」
「そっか、いちばんかあ……ありがとう」
おれがそう言った時、先生の目のおくで何かがきらっと光った気がした。
最後に、先生はおれにこう言ってくれた。
「瞬ちゃんの『大好き』にはね、魔法の力があるんだよ。だからこれからも、たくさん『大好き』に出会って、たくさん『大好き』って言ってね。それは瞬ちゃんにできる、とっても特別なことだよ」
「大好き……」
そんなまほうが使えるなら、また……前みたいに仲良しになれるのかな。
おれをみなと先生に会わせてくれたかもしれない「あいつ」のことが、頭にうかんだ。
☆
「ん」
体育館から、教室に向かって歩いてる途中だった。俺と並んで歩いてた康太は、ふいに、俺にポケットティッシュを押し付けてきた。
「……どうしたの?珍しいね。康太がティッシュ持ってるなんて」
「今日は、泣くんだろうなって思ったからな」
「俺のため?」
言いながら、でもありがたく……ティッシュを貰った。
康太の言う通りだった。今日は、高校の離任式で──今年は、関わりがあった先生は異動にならなかったんだけど……俺はこういうのが本当ダメで、壇上で感極まってる先生達を見ると、つられちゃうんだよね……。
──でも、なんとなく思い出すのは、やっぱり……。
つられて泣きながら思い出すのは、あの小学五年生の時の「りにん式」のことだった。
俺にとってすごく思い出深い日だったし、「みなと先生」のことは今でも時々思い出して……力を貰ってる。
──『瞬ちゃんは、これからいっぱい色んなことができるようになるんだよ。だいじょうぶだよ』
ちょっとはそうなれたかな?
──『瞬ちゃんの『大好き』にはね、魔法の力があるんだよ。だからこれからも、たくさん『大好き』に出会って、たくさん『大好き』って言ってね。それは瞬ちゃんにできる、とっても特別なことだよ』
「康太」
「ん?」
「……大好きだよ」
「何だよ、急に。日課なら今朝言ってただろ……」
返したポケットティッシュをしまいながら、康太は首を傾げた。
先生の言う通り、魔法の力、あるといいな。
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