4月12日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
ピンクの花びらについた雫が朝陽を浴びて輝く。換気のために開けた窓からは、少し冷たいけど柔らかい風が入ってきて心地いい。
始業にはまだ少し早い「三年五組」の教室は今、俺と康太の二人きりで、グランドで朝練をしている生徒の声が響く以外は、すごく静かだった。
そんなクラス委員としての最初の朝は、教室に飾られた色とりどりのベゴニアの鉢の水やりから始まる。
「こんなこともやんのか?クラス委員って」
ステンレスの室内用ミニじょうろを持った康太が首を捻る。
……すごく申し訳ないけど、康太にじょうろ、似合わないな。俺はその姿につい笑ってしまう。
すると、康太が「おい」と言った。
「何笑ってんだよ」
「だって……康太と花のイメージが全然ないから」
「俺にだって植物を慈しむ気持ちくらいあるわ。……ほら、こいつ、何て言うんだっけ?エチェバリアだろ」
「ベゴニアだよ」
むしろ何でそっちは知ってるんだろう……と思っている間も、康太はロッカーの上に並んだベゴニアに丁寧に水をやっている。
「あげすぎないようにね」
「分かってるよ……てか、こんなの武川の趣味じゃねえか。俺らがやることねえだろ……」
「そうかな?でもお花があると教室が明るくなるでしょ。これも立派な仕事だよ」
「ね」とベゴニアに話しかける……まあ、答えるわけはないんだけど。でもお花って不思議で、毎日お世ししてると、なんだか愛着が湧いてくるというか、意思疎通ができるような気がしちゃうんだよね。
すると、そんな俺を見て、康太が言った。
「瞬は……クラス委員、嫌じゃねえのか?」
「え?……どうだろ」
いきなりそんなことを訊かれたので、俺は答えに迷った。クラス委員が嫌じゃないか?って言われてもな……最初に選ばれた時は、ドキドキしたけど、今となってはすっかり習慣づいちゃったし、嫌というか……。
「生活の一部みたいになっちゃってるしなあ」
「……本当すげえな」
康太が腕を組んでうんうん頷く。そう言われても、自分では「すごい」のかピンと来ないけど……なんて思っていると、康太がぼやく。
「……でもまさか、男は俺がなればそれで済むって思ってたのに……結局、瞬もやる羽目になったろ。こんなのアリなのかよ」
「うーん……でも、武川先生もいいって言ったし」
武川先生曰く、よくよく確認したら「クラス委員は男女で一名ずつ」と決める根拠はないらしい。それはあくまでも慣例で、希望者がいないなら同性同士でもいいんじゃないか……というのが、最終的な先生の見解だった。つまり、康太と一緒に俺もクラス委員になってもいいわけで、そうなったら、あとは皆の推薦もあって、俺がやることになったんだけど。
「それでもいいのかよって、気になってんだ。あいつら好き勝手言って、瞬に雑用押し付けようとしてるだけじゃねえかって……そんなことさせねえけど」
康太が俯き加減にそう言う。俺は首を振った。
「俺……ただ、皆に言われてやってるわけじゃないよ、クラス委員。自分でもやろうと思ったから引き受けたんだ。大変じゃないとは言わないけど、何だかんだ、クラス委員の仕事が好きだし。それに……康太と、学校でも何か一緒にできるならって思ったから……」
「そうか?」
顔を上げた康太に見つめられると、少し恥ずかしくなる。でも、俺は頷いた。
「……うん。頼りにしてるからね」
「そうか……」
康太がそっぽを向いて、指で頬を掻く。それから俺に言った。
「……じゃ、他にも朝やることあんだろ。教えてくれよ」
「それじゃあ、職員室に行こうか。年度初めだし、朝のうちに皆に配っておいてほしいものとかがあるかもしれないから──」
「おう」
そう言うと、康太は俺の後ろをついてきた。
職員室で、武川先生から山のように配布物を受け取ると、康太が「貸せ」とそれを全部持ってくれようとする。
「え、大丈夫だよ。俺も持つから……」
「このくらい俺一人で十分だ。何のために鍛えてると思ってんだよ。このための筋肉だろ」
「そんなに鍛えてないでしょ、まだ」
たかだか、一週間ぐらいで何を──と思ったけど、康太が頑なに譲ろうとしないので、結局、俺はもう康太に任せることにした。
行きとは逆に、俺の少し先を歩く康太の背中はなんだか、お手伝いに張り切る子どもみたいで微笑ましい。笑うとまた怒られるから、心の中でこっそり思うだけにしよう。それにしても康太って──。
──褒められたり、任されたりすると、分かりやすいくらいその気になるっていうか……頑張るよね。
筋肉のことだって、クラス委員のことだって……褒められて伸びるタイプなのかもしれない、康太って。
それなら、と教室が見えてきたあたりで俺は康太に言ってみた。
「やっぱり、康太が持ってくれたから早かったね。ありがとう。康太に筋肉があってよかったよ」
「そうだろ。だから言ったじゃねえか。これからもこういうのは俺がやるし、瞬は大丈夫だからな」
康太が得意げな顔で俺を振り返る。うーん……分かりやすい。俺はちょっとだけ罪悪感を覚えた。
でも、感謝してるのは本当だ。
──クラス委員だって、俺のために、立候補してくれたんだよね……たぶん。
結果的には、二人で一緒にやることになったけど、俺は康太のその気持ちが嬉しかったし、一緒にやれるならそれも嬉しかった。だから……。
教室に入って、ひとまず教卓の上に配布物を降ろした康太に俺は言った。
「康太。その、クラス委員のこと……本当にありがとう」
「……そんな言われるようなことしてねえって」
「俺は嬉しかったんだよ。だから、ありがとう、なの。こんな風に頼りになる康太が、俺は好きだと思うよ──」
「お、おう」
その時、康太が微妙な顔をした。
さすがに恥ずかしいこと言い過ぎたかな──と、思っていたら、康太の視線が俺の背後の一点に向けられてることに気付く。
振り返るとそこには、にこにこ顔の武川先生がいて「朝から仲良しでいいね」と言った。俺は煙が出そうなくらい、顔が熱くなるのを感じた。
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