4月13日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「ふあ~あ、よく寝たな……」
チャイムが鳴ると同時に、前の席の康太がそう言って伸びをする。それらしく腕を回したり、腰を捻ったり、ストレッチっぽいことしてるけど……。
「康太。クラス委員になったら、居眠りはしないって言ったでしょ」
立候補した時に自分で言ったくせに。
三年生になっても相変わらず、康太が言うところの「寝れる」授業では、教科書を盾にぐうぐう寝てるから、俺は注意した。しかし、康太はふてぶてしい態度でこう言ってくる。
「確かにどうにかするとは言ったな。でも、俺のどうにかしようって意思より、眠気の方が遥かに強えからよ……努力及ばずって感じだ」
「感じだ、じゃないよ。康太はもう三年生なんだから、ちゃんと授業を受けないとダメだよ。留年しちゃうよ」
「俺学校楽しいから別にそれもいいな」
「よくないよ。俺が嫌だよ……幼馴染が留年なんて」
「何だよ、幼馴染が留年しちゃダメなのかよ」
「一緒に卒業したいでしょ!もう」
ふざけたことばっかり言う康太の背中を軽くパンチする。康太は頭を掻きながら「分かったよ」と言った。でもどうせ五時間目も寝るだろうな……全く。
そんな俺の小言もどこ吹く風で、康太は、もう一度欠伸をすると、暢気に言った。
「それより、もう昼だろ。飯食おうぜ。瞬は弁当なんだろ」
「うん。康太は……購買行く?」
「ああ。パンでも買うわ……瞬も行くか?」
「俺もちょっと覗こうかな」
そう言って、席を立とうとする。すると、それに気づいた西山が近づいてきた。
「お、お前ら揃って購買か?」
「おう。西山も行くか?」
「俺は今日は持ってきてるんだ。ラウンジの席取っといてやるから行って来いよ。代わりに……」
「ポテからだろ。しょうがねえな、あとでちゃんと金払えよ」
「払うに決まってるだろ、瀬良じゃあるまいし」
「どういう意味だ、それ」
康太が西山を睨む。俺は西山に「大丈夫、俺がいるから」と言った。西山は「ほう」とにやりと笑う。
「そりゃ、何よりも安心だな、瀬良」
「そうだな。じゃ、西山席頼んだわ」
康太は俺の肩に手を回して「早く行くぞ」と促すと、半ば強引に会話を切った。俺はよく分からないまま、康太について行って──。
「ばなさん」
教室を出たところで舞原さんに話しかけられた。振り返ると、お弁当の包みとコンビニの袋を抱えた舞原さんと、そのちょっと後ろの方で茅野さんが待っていた。二人ともこれからラウンジでお昼なのかな……そう思っていると、舞原さんが言った。
「これからお昼ごはん?よかったら、一緒に食べようよ。瀬良っちも」
「えっと」
俺は隣の康太をちらりと見る。口にはしないけど、康太の目は「行きたいならそっち行けよ」と言っていた。康太は舞原さん達に混じるつもりはないみたいだな。
うーん……でも先に約束したのは康太と西山だし、せっかくのお誘いだけど……と俺が口を開こうとすると、舞原さんはさらに言った。
「前にばなさんが気になってるって言ってた、手作りカレーパンが買えたんだよ!分けっこしようよ」
「か、カレーパン!?」
その魅惑的な響きに、俺は思わず声を上げてしまう。あ、あのカレーパンが……俺の心を読んでいるかのように、舞原さんが手に持ったコンビニの袋を俺の前に突きだす。俺は唾を飲んだ……断りの言葉も一緒に。
「おい!いや、別に舞原の方に行ってもいいけど……おい」
康太が隣で何か言ってるけど、正直、俺は舞原さんが持っている袋の中身に釘付けだった。
なんたって、今舞原さんが持っているらしいカレーパンは特別だ。コンビニの特定の店舗でしか買えない、手作りの美味しいカレーパンなのだ。しかもその「特定の店舗」というのは、県内には、ちょっと前にこの辺りにできたあそこのコンビニしかないのだ。だから、すごく人気で、俺はまだ食べたことがないんだけど……。
──っ!いけない。
でも、先にした約束をカレーパンなんかで破ったらダメだ!俺は頭を振って誘惑を断ち切り、やっぱり断ろうと口を開きかけた──その時。
「あれ、瞬ちゃんと瀬良とー……舞原?」
「猿島」
廊下を通りがかった猿島に声を掛けられる。舞原さんは「猿っち、やっほー」と手を振っている。
猿島は俺と康太と舞原さんを交互に見てそれで……「あー」と頷く。
「瞬ちゃんを巡って決闘かー。どっちも頑張れー」
「そんなんじゃねえよ。俺は別に瞬が……」
康太が言いかけると、舞原さんが首を振って言った。
「私と瀬良っちとカレーパンで、もう三つ巴だよ!誰がばなさんのハートを射止められると思う?」
「カレーパンは別勢力なんだね」
てっきり、舞原さん陣営なのかと思ったけど、敵だったみたいだ。いや、そもそもこれは決闘じゃないけど……なんて思っていると、腕を組んで考える素振りをした猿島が言った。
「俺の見立てだとー……今のところ、カレーパンが圧勝なんじゃない?瞬ちゃん、結構前からそれの話してたしねー」
「うぅ……」
「確かに」
康太も納得したのか、うんうん頷いている。……そういえば、康太にも猿島にも、というか皆に、一時期ずっとカレーパンの話してたな……でも、毎日通る道で、あんなに全面に広告を打ち出されたら気になっちゃうよね?
俺はまた、舞原さんの持っている袋をじっと見てしまう。せっかく、買ってきてくれたんだし、分けてもらえるのはすっごく嬉しいけど……でも……うーん。
「ば、ばなさん?」
葛藤する俺を舞原さんが少し心配そうに見つめる。
いけないと分かっていても、心を揺さぶられてしまう。そんな俺に、猿島は追い打ちをかけるようなことを言った。
「ま、瞬ちゃんは、花より団子というか、瀬良よりカレーパンってことみたいだねー。どんまい、瀬良」
「いや別にどうでもいいけど、何かモヤっとする言い方すんな。俺は……」
「お、俺はカレーパンより康太の方がずっと好きだよ!」
言った時にはもう遅かった。自分でも「やっちゃった」と思った。
でも、猿島がああ言った瞬間、何故か「康太にはそういう風に思われたくない」っていう衝動で頭がいっぱいになっちゃって、気付いたら、自分でもびっくりするくらい大きな声で、そう口にしていた。
隣を見たら、康太は目をぱちくりさせながら「おう……」と頷いていた。
※このあと、舞原さんからカレーパンは貰えました※
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