4月13日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「ふあ~あ、よく寝たな……」


チャイムが鳴ると同時に、前の席の康太がそう言って伸びをする。それらしく腕を回したり、腰を捻ったり、ストレッチっぽいことしてるけど……。


「康太。クラス委員になったら、居眠りはしないって言ったでしょ」


立候補した時に自分で言ったくせに。

三年生になっても相変わらず、康太が言うところの「寝れる」授業では、教科書を盾にぐうぐう寝てるから、俺は注意した。しかし、康太はふてぶてしい態度でこう言ってくる。


「確かにどうにかするとは言ったな。でも、俺のどうにかしようって意思より、眠気の方が遥かに強えからよ……努力及ばずって感じだ」


「感じだ、じゃないよ。康太はもう三年生なんだから、ちゃんと授業を受けないとダメだよ。留年しちゃうよ」


「俺学校楽しいから別にそれもいいな」


「よくないよ。俺が嫌だよ……幼馴染が留年なんて」


「何だよ、幼馴染が留年しちゃダメなのかよ」


「一緒に卒業したいでしょ!もう」


ふざけたことばっかり言う康太の背中を軽くパンチする。康太は頭を掻きながら「分かったよ」と言った。でもどうせ五時間目も寝るだろうな……全く。


そんな俺の小言もどこ吹く風で、康太は、もう一度欠伸をすると、暢気に言った。


「それより、もう昼だろ。飯食おうぜ。瞬は弁当なんだろ」


「うん。康太は……購買行く?」


「ああ。パンでも買うわ……瞬も行くか?」


「俺もちょっと覗こうかな」


そう言って、席を立とうとする。すると、それに気づいた西山が近づいてきた。


「お、お前ら揃って購買か?」


「おう。西山も行くか?」


「俺は今日は持ってきてるんだ。ラウンジの席取っといてやるから行って来いよ。代わりに……」


「ポテからだろ。しょうがねえな、あとでちゃんと金払えよ」


「払うに決まってるだろ、瀬良じゃあるまいし」


「どういう意味だ、それ」


康太が西山を睨む。俺は西山に「大丈夫、俺がいるから」と言った。西山は「ほう」とにやりと笑う。


「そりゃ、何よりも安心だな、瀬良」


「そうだな。じゃ、西山席頼んだわ」


康太は俺の肩に手を回して「早く行くぞ」と促すと、半ば強引に会話を切った。俺はよく分からないまま、康太について行って──。


「ばなさん」


教室を出たところで舞原さんに話しかけられた。振り返ると、お弁当の包みとコンビニの袋を抱えた舞原さんと、そのちょっと後ろの方で茅野さんが待っていた。二人ともこれからラウンジでお昼なのかな……そう思っていると、舞原さんが言った。


「これからお昼ごはん?よかったら、一緒に食べようよ。瀬良っちも」


「えっと」


俺は隣の康太をちらりと見る。口にはしないけど、康太の目は「行きたいならそっち行けよ」と言っていた。康太は舞原さん達に混じるつもりはないみたいだな。

うーん……でも先に約束したのは康太と西山だし、せっかくのお誘いだけど……と俺が口を開こうとすると、舞原さんはさらに言った。


「前にばなさんが気になってるって言ってた、手作りカレーパンが買えたんだよ!分けっこしようよ」


「か、カレーパン!?」


その魅惑的な響きに、俺は思わず声を上げてしまう。あ、あのカレーパンが……俺の心を読んでいるかのように、舞原さんが手に持ったコンビニの袋を俺の前に突きだす。俺は唾を飲んだ……断りの言葉も一緒に。


「おい!いや、別に舞原の方に行ってもいいけど……おい」


康太が隣で何か言ってるけど、正直、俺は舞原さんが持っている袋の中身に釘付けだった。


なんたって、今舞原さんが持っているらしいカレーパンは特別だ。コンビニの特定の店舗でしか買えない、手作りの美味しいカレーパンなのだ。しかもその「特定の店舗」というのは、県内には、ちょっと前にこの辺りにできたあそこのコンビニしかないのだ。だから、すごく人気で、俺はまだ食べたことがないんだけど……。


──っ!いけない。


でも、先にした約束をカレーパンなんかで破ったらダメだ!俺は頭を振って誘惑を断ち切り、やっぱり断ろうと口を開きかけた──その時。


「あれ、瞬ちゃんと瀬良とー……舞原?」


「猿島」


廊下を通りがかった猿島に声を掛けられる。舞原さんは「猿っち、やっほー」と手を振っている。

猿島は俺と康太と舞原さんを交互に見てそれで……「あー」と頷く。


「瞬ちゃんを巡って決闘かー。どっちも頑張れー」


「そんなんじゃねえよ。俺は別に瞬が……」


康太が言いかけると、舞原さんが首を振って言った。


「私と瀬良っちとカレーパンで、もう三つ巴だよ!誰がばなさんのハートを射止められると思う?」


「カレーパンは別勢力なんだね」


てっきり、舞原さん陣営なのかと思ったけど、敵だったみたいだ。いや、そもそもこれは決闘じゃないけど……なんて思っていると、腕を組んで考える素振りをした猿島が言った。


「俺の見立てだとー……今のところ、カレーパンが圧勝なんじゃない?瞬ちゃん、結構前からそれの話してたしねー」


「うぅ……」


「確かに」


康太も納得したのか、うんうん頷いている。……そういえば、康太にも猿島にも、というか皆に、一時期ずっとカレーパンの話してたな……でも、毎日通る道で、あんなに全面に広告を打ち出されたら気になっちゃうよね?


俺はまた、舞原さんの持っている袋をじっと見てしまう。せっかく、買ってきてくれたんだし、分けてもらえるのはすっごく嬉しいけど……でも……うーん。


「ば、ばなさん?」


葛藤する俺を舞原さんが少し心配そうに見つめる。


いけないと分かっていても、心を揺さぶられてしまう。そんな俺に、猿島は追い打ちをかけるようなことを言った。


「ま、瞬ちゃんは、花より団子というか、瀬良よりカレーパンってことみたいだねー。どんまい、瀬良」


「いや別にどうでもいいけど、何かモヤっとする言い方すんな。俺は……」


「お、俺はカレーパンより康太の方がずっと好きだよ!」


言った時にはもう遅かった。自分でも「やっちゃった」と思った。


でも、猿島がああ言った瞬間、何故か「康太にはそういう風に思われたくない」っていう衝動で頭がいっぱいになっちゃって、気付いたら、自分でもびっくりするくらい大きな声で、そう口にしていた。


隣を見たら、康太は目をぱちくりさせながら「おう……」と頷いていた。


※このあと、舞原さんからカレーパンは貰えました※

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