4月14日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





──ぱち、ぱち。


放課後。康太と二人きりの教室に、規則的なホチキスの音が響く。

机の上に積みあがった紙の束は、俺と康太の手で、次々と冊子になっていった──来週、一年生に配布するらしい「PC室利用の手引き」という冊子だ。


担任の武川先生は情報主任だから、PC室のオリエンテーションは武川先生の担当なんだけど……まあ、こういう作業は、得てしてクラス委員に頼まれがちなわけで。


「はー……手痛ってえ」


しばらくすると、康太がホチキスを置いて、手をぶらぶらさせる。冊子二百冊作るのに、かれこれ、一時間もホチキスでぱちんぱちんしてるからなあ……俺も大分手が痛くなってきた。


「クラスの皆にもお願いすればよかったかなあ……」


俺がぼやくと、康太は「いや」と言った。


「皆、部活とかあるだろ。来週から一年の勧誘期間が始まるし、そっちの準備もある。三年だから抜けられないだろうし」


康太と作業をする前に、西山や森谷にも声をかけてみたけど、西山は家の手伝いがあるみたいだし、森谷は「立花の頼みなんて断るわけないだろ。作業するならどこかさ……静かなところで二人きりでやろうぜ」って言った瞬間、「お前は部活あるだろ」って康太に引きずられていったし、皆忙しそうだったもんな……。


──でも、康太と二人きりなのはチャンスかも……。


それはもちろん、決して「そういう意味」でなんかじゃなくて、「条件」の方だ。今日はタイミングがなくて、まだ言えてないし、言うなら二人きりの今がチャンスなのだ。


学校が始まってから、意外とチャンスを見つけるのが難しくて、康太に怪しまれずに「言う」のは大変なんだもんなあ……クラスが違ってたら、もっと苦労してたかもしれないと思うとゾッとする。

いや、ここのところ毎日、変なところで言ってたりしたから、大分怪しくはあったと思うんだけど……。


「そこんとこ、『前任』はようやっとったかもな」


「す──!」


「どうした?瞬」


康太の背後に「奴」が現れて、その名前を口にしかけてしまう。危なかった……咄嗟に言葉を飲んだからなんとかなったけど……。


──こんなところで話しかけないでよ!澄矢さん!


俺は康太に「何でもない」と言ってから、手は作業に戻る。


それから、どうせ心の声は聞かれてるので、俺はそれでキューピッド──澄矢さんに話しかける。すると、澄矢さんは首を振って「いやなあ」と言った。


「瞬ちゃん意外と大胆やし、思ったより、【条件】に順応しとるから、安心して見てはいられるんやけど……それ故にちょーっと、慎重さには欠けとるから心配なとこもあるなあって。見に来たんやけど」


──う……確かに。


それは自分でもさっき反省してたところだ。

学校も始まった中で、毎日【条件】をクリアするのに必死すぎて、ちょっとでも「いける!」って思ったら、アクセル踏んじゃうところあるし、その分周りとか、康太への注意が大分疎かになってたよね……。


「まあ、前の奴は、逆に慎重すぎるとこもあったけどな。ただ、知恵は回ったし、機転も利く。持ち前の鈍感力で後半はぽんぽん言えてたしな、何事も慣れやな」


──前の奴?


ぱち、ぱち、と手は動かしつつ、俺は頭の中で繰り返す。確か、さっきも「前任者」とか言ってたよね。もしかして……。


「せや。この【条件】は瞬ちゃん以外にもやったことがある奴がおんねん。まあ、それが誰かっちゅうのは儂からは言わんけど……」


やっぱりだ。でも、澄矢さんみたいな胡散臭いキューピッドなら、この手の詐欺じみた手口、何度もやってるだろうしね……ありえなくないか。可哀想に、前任者さん。無事に助かってたらいいけど……。


そんなことを考えていたら、澄矢さんは一瞬微妙な顔をして、でもすぐにいつもの涼しげな顔に戻って言った。


「瞬ちゃんも瞬ちゃんよな……ま、とにかくや。ちょっと慣れてきた頃が危ないからな。【条件】は一つだけやないって、もっかい気引き締めてな」


ほな、と瞬きの間に澄矢さんは消えて行った。注意をしに来てくれたのかな……俺を騙したくせに、相変わらず、よく分からない人だ。


──とにかく、だ。


今日も【条件】やらないと。さて、この状況からどうやって言おうかな……と考えて、俺は康太を見つめる。


「……」


俺の視線にも気付かず、康太は黙々とホチキスでぱち、ぱち、と冊子を作っていく。紙束の端を机の上でとん、とん、と整えて、右端を等間隔にホチキスで止める単純作業──でもこうして見ていると、康太って、本当器用だなあって思う。


康太が作った冊子はすごく綺麗にできてるし、しかも速い。康太が五冊くらい作る間に、俺はやっと三冊作れるくらいだもんなあ……こういうところは素直に羨ましいと思う。それに──。


──黙ってたら、格好いいんだもんなあ……。


小さい頃から一緒にいて、一体何度思ったことだろう。いい加減、見飽きたって言いたいけど、今でもふとした時にやっぱりそう思うから仕方ない。思ったら、ついじっと見ちゃうし……。


「何だよ」


こんな風に見ていたら、さすがに気付かれた。俺はなんて言おうか迷って、視線を逸らす。まさか「格好いいと思って見てた」なんて、恥ずかしすぎるし。


──思いきりすぎもどうかと思うって釘刺されたばっかりだし。


注意されてなかったら、今ので「康太の顔って格好良くて俺、好きだよ」って言ってたかもしれない。それでまた家に帰ってから枕に顔を埋めることになってた。今日はもうちょっと考えた方がいいよね……。


自然に、自然に……そう心の中で唱えながら、俺は答えた。


「こ、康太って……器用でいいなあって思って」


「別に、そうでもねえよ。瞬の方が字とか綺麗だろ」


「でも俺、こういう作業はあんまり得意じゃないし……ほら、針もちょっと曲がってるでしょ」


言いながら、康太に俺が作った冊子を見せる……康太の顔を隠すように。康太は冊子を見つめて「そうか?」とか言ってる。正直、時間稼ぎだ。なんて言うか考えるための。うーん……本当にどうしよう。


すると、康太が冊子の裏からひょいと、顔を出して来てこう言った。


「どうしたんだよ、瞬。なんかおかしいぞ」


「おかしくないよ……おかしいのは康太だよ」


「俺のどこがおかしいんだよ」


ごもっともだった。康太は何もおかしくなかった。


おかしいのは、変な自称キューピッドに騙されて、幼馴染相手に毎日こんなことをさせられて、それでちょっとドキドキしたり、言うたびに、頭と心が散り散りになってくような気がしてる俺の方だ。


でもこんなことに、康太の命がかかってるんだ──もう、考えても仕方ない!


「前の人」みたいにきっと上手くはできないけど、俺は自分のできるように、やるしかないんだ。


──そこでやっぱり、いつもみたいにアクセルを踏んだのが間違いだったのかもしれない。


「康太は……優しくて、手も器用で、顔も格好良くて、おかしいじゃん。俺が、こんなに好きになっちゃうくらいなんだから」


「瞬……お前」


次の瞬間。


「何か……誰かに、俺に『好き』って言えって言われてるのか?最近、ちょっと変だろ」


眉を寄せて俺に言った康太の後ろに、銃を持ったキューピッドが見えた。


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