4月15日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「何か……誰かに、俺に『好き』って言えって言われてるのか?最近、ちょっと変だろ」
「──っ!?」
康太がそう言った瞬間、康太のこめかみに銃が突きつけられる。突きつけたのは──「キューピッド」で。
「……言ったやん。【条件】は一つだけやないって」
かちゃかちゃと軽すぎる音を立てながら、澄矢さんが康太のこめかみを銃で小突く。康太に澄矢さんは見えないから、当然康太は気付かない。すぐ側に死が迫ってるなんて。
──どうしよう、どうしよう、どうしよう……!
恐ろしい光景に息ができない。あれで撃たれたら康太は死ぬ。俺のせいで──どうしよう。
「こ──……っ」
何て言ったらいいのかも、どう動いたらいいのかも分からなくて、言葉とも呼吸ともつかない声だけが口から出る。毎日目にしていながら、どこか現実感はなかった「死」が目の前にあった。あの銃は自分に向けられてるみたいだった。いや、同じだ。康太が死ぬなら俺も死んだも同然だ……。
「ど、どうしたんだよ、瞬……顔真っ青だぞ……!」
驚いた顔で康太が椅子から立ち上がり、俺に近寄ってくる。その間も澄矢さんが握る銃は、康太の頭に真っすぐ向けられていた。俺はすぐそばにいる康太より、銃が気になって仕方なかった。
──死んじゃう、康太が。俺のせいで、どうしたら……。
そればかりが頭を巡った。何かしないといけないのに、何も浮かばなかった。銃で弾かれるよりも先に、胸が破裂してしまいそうなくらい、苦しい。
俺の視線に気付いたのか、康太もそっちを見る。でもたぶん、そこには何もないように見えていて……。
「誰かいんのか?」
「い……いない」
「本当か?じゃあどっか悪いのか?汗すげえぞ……」
康太が手の甲で俺の額を撫でる。触れられて初めて、自分が汗をかいていたことに気付いた。額に張り付いた前髪を康太が指先で弾く。それでやっと少し、銃から気が逸れた。康太がいる。息を整えて、そばにいる康太の存在に集中する。それだけで、だんだん安心できて──。
──大丈夫……康太は、死なせない。
静まった心の真ん中でそう唱えた。
意識的に笑って「もう平気」と康太に言って、ひとまず俺は作業に戻ろうとする。だけど、康太は俺の肩に手を置いてそれを止めた。
「瞬」
「……何?」
康太は少し視線を彷徨わせてから、言った。
「……俺、どうしたらいい」
「ど、どうしたらって……」
「どうしたら、今、瞬の力になれる?ちょっと考えたけど……結局、一番知りてえのはそれだ。それでいいから、教えてくれるか」
──康太、優しいな……。
こんな康太を死なせたりなんか絶対しないと改めて誓う──あとは、俺がその気持ちに応えなきゃいけない。
──康太は、俺を信じて、どんなことでも受け入れるつもりだ。今は、その気持ちを……利用することになっちゃうけど、これが……康太のためだから……。
「康太、あのね……」
「おう」
ふう、と小さく息を吸って、吐いてから、俺は言った。
「これから俺……毎日、康太に『好き』って言うから、康太はそれを、ただ……聞いててくれる?」
「……え?」
何言ってるんだろうって思うよね。
こんなめちゃくちゃなこと、普通なら「どうして?」って聞きたいと思うし、変なことを頼む以上、事情を話すのが筋だとも思う。でも──。
「……分かった」
康太はそれ以上、何も聞かなかった。俺の頼みを受け入れてくれた──いや、俺が、受け入れさせてしまったんだと思う。
俺は、何かとても──卑怯で、不公平で、ずるいことをしたような気がした。頭の奥で俺を見ている「俺」は、俺を軽蔑していた。
「よう危ういことするわ……ほんま」
銃を下ろしたキューピッドは、それだけ言っていなくなった。
「康太」
「ん?」
作業を切り上げて、教室を出る前。椅子から立ち上がった康太に、俺は言った。
「ありがとう」
「何だよ、急に」
「言いたかったから」
康太が頭を掻いて視線を逸らす。
俺はその横顔に、心の中で「好き」と言ってみた。
明日からもまた、何度も言うその言葉を。
☆
と、いうのが昨日の話なんだけど。
「そういや、今日は言わねえのか?俺に『好き』って」
雨音をBGMに、俺の家で昨日の作業の続きをしてる時だった。手際よく、ホチキスで冊子を作りながら康太がそう訊いてくる。
「……なんていうか」
康太、慣れすぎじゃない?
何も聞かないでくれるのはありがたいし、康太のためとはいえ、本当に申し訳ないなって思うんだけど……それにしても、この状況に順応しすぎだ。下手したら、俺よりもずっと。
「康太は……その、俺のこと、変だと思わないの?」
「いや、すげえ変だとは思うけど……まあ、何か言えない事情があんだろ。でも俺は瞬のこと信じてるし、どんなことがあっても好きだから、大丈夫だ。気にすんな」
「うぅー……!」
俺は思わず唸ってしまった。
本当にありがとう!って気持ちと、それを康太に言わなきゃいけないのは俺の方なのに!っていう気持ちが半々だ。
もういっそ康太の方が、【条件】をやったらいいんじゃないかと思う。俺より向いてるよ、絶対!
「う~ん……!」
そんなことを考えていたら、珍しく渋い顔で胡坐をかいている澄矢さんが、部屋の隅で唸っていた。どうしたんだろう?
「なんや、瞬ちゃんの方が手ぇかかるかもしれんわ……あいつ、結構頑張ってたんやなあ……」
あいつ?……まあ、いいや。
とにかく、せっかく康太が切り出してくれたんだから、俺はせめて、ちゃんと【条件】をこなさないとね。
「じゃあ、今から『好き』って言うから。ちゃんと聞いてね」
「おう」
「……」
康太がホチキスを持つ手を止めて、俺をじっと見つめる。
「な、何で手を止めるの?」
「いやだって、ちゃんと聞けって言うから」
……良い子だなあ、康太。
「俺、康太のそういう素直なところ、可愛いなあって思う」
「そこは『好き』じゃないんだな」
「……しまった」
本当、なんで俺、康太に指導されてるんだろう。
俺は自分で自分を情けなく思いながら、今度こそと思って口を開く。
「康太」
「おう」
「……す、好きだよ」
「芒?」
「好き!」
「知ってる」
康太がふっと笑って、また作業に戻る。
俺はちょっとだけ悔しくなって、でも、そんな康太に対して、心の奥で何かが募った。
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