4月15日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「何か……誰かに、俺に『好き』って言えって言われてるのか?最近、ちょっと変だろ」


「──っ!?」


康太がそう言った瞬間、康太のこめかみに銃が突きつけられる。突きつけたのは──「キューピッド」で。


「……言ったやん。【条件】は一つだけやないって」


かちゃかちゃと軽すぎる音を立てながら、澄矢さんが康太のこめかみを銃で小突く。康太に澄矢さんは見えないから、当然康太は気付かない。すぐ側に死が迫ってるなんて。


──どうしよう、どうしよう、どうしよう……!


恐ろしい光景に息ができない。あれで撃たれたら康太は死ぬ。俺のせいで──どうしよう。


「こ──……っ」


何て言ったらいいのかも、どう動いたらいいのかも分からなくて、言葉とも呼吸ともつかない声だけが口から出る。毎日目にしていながら、どこか現実感はなかった「死」が目の前にあった。あの銃は自分に向けられてるみたいだった。いや、同じだ。康太が死ぬなら俺も死んだも同然だ……。


「ど、どうしたんだよ、瞬……顔真っ青だぞ……!」


驚いた顔で康太が椅子から立ち上がり、俺に近寄ってくる。その間も澄矢さんが握る銃は、康太の頭に真っすぐ向けられていた。俺はすぐそばにいる康太より、銃が気になって仕方なかった。


──死んじゃう、康太が。俺のせいで、どうしたら……。


そればかりが頭を巡った。何かしないといけないのに、何も浮かばなかった。銃で弾かれるよりも先に、胸が破裂してしまいそうなくらい、苦しい。


俺の視線に気付いたのか、康太もそっちを見る。でもたぶん、そこには何もないように見えていて……。


「誰かいんのか?」


「い……いない」


「本当か?じゃあどっか悪いのか?汗すげえぞ……」


康太が手の甲で俺の額を撫でる。触れられて初めて、自分が汗をかいていたことに気付いた。額に張り付いた前髪を康太が指先で弾く。それでやっと少し、銃から気が逸れた。康太がいる。息を整えて、そばにいる康太の存在に集中する。それだけで、だんだん安心できて──。


──大丈夫……康太は、死なせない。


静まった心の真ん中でそう唱えた。


意識的に笑って「もう平気」と康太に言って、ひとまず俺は作業に戻ろうとする。だけど、康太は俺の肩に手を置いてそれを止めた。


「瞬」


「……何?」


康太は少し視線を彷徨わせてから、言った。


「……俺、どうしたらいい」


「ど、どうしたらって……」


「どうしたら、今、瞬の力になれる?ちょっと考えたけど……結局、一番知りてえのはそれだ。それでいいから、教えてくれるか」


──康太、優しいな……。


こんな康太を死なせたりなんか絶対しないと改めて誓う──あとは、俺がその気持ちに応えなきゃいけない。


──康太は、俺を信じて、どんなことでも受け入れるつもりだ。今は、その気持ちを……利用することになっちゃうけど、これが……康太のためだから……。


「康太、あのね……」


「おう」


ふう、と小さく息を吸って、吐いてから、俺は言った。



「これから俺……毎日、康太に『好き』って言うから、康太はそれを、ただ……聞いててくれる?」



「……え?」


何言ってるんだろうって思うよね。

こんなめちゃくちゃなこと、普通なら「どうして?」って聞きたいと思うし、変なことを頼む以上、事情を話すのが筋だとも思う。でも──。


「……分かった」


康太はそれ以上、何も聞かなかった。俺の頼みを受け入れてくれた──いや、俺が、受け入れさせてしまったんだと思う。


俺は、何かとても──卑怯で、不公平で、ずるいことをしたような気がした。頭の奥で俺を見ている「俺」は、俺を軽蔑していた。


「よう危ういことするわ……ほんま」


銃を下ろしたキューピッドは、それだけ言っていなくなった。



「康太」


「ん?」


作業を切り上げて、教室を出る前。椅子から立ち上がった康太に、俺は言った。


「ありがとう」


「何だよ、急に」


「言いたかったから」


康太が頭を掻いて視線を逸らす。

俺はその横顔に、心の中で「好き」と言ってみた。


明日からもまた、何度も言うその言葉を。





と、いうのが昨日の話なんだけど。


「そういや、今日は言わねえのか?俺に『好き』って」


雨音をBGMに、俺の家で昨日の作業の続きをしてる時だった。手際よく、ホチキスで冊子を作りながら康太がそう訊いてくる。


「……なんていうか」


康太、慣れすぎじゃない?


何も聞かないでくれるのはありがたいし、康太のためとはいえ、本当に申し訳ないなって思うんだけど……それにしても、この状況に順応しすぎだ。下手したら、俺よりもずっと。


「康太は……その、俺のこと、変だと思わないの?」


「いや、すげえ変だとは思うけど……まあ、何か言えない事情があんだろ。でも俺は瞬のこと信じてるし、どんなことがあっても好きだから、大丈夫だ。気にすんな」


「うぅー……!」


俺は思わず唸ってしまった。

本当にありがとう!って気持ちと、それを康太に言わなきゃいけないのは俺の方なのに!っていう気持ちが半々だ。


もういっそ康太の方が、【条件】をやったらいいんじゃないかと思う。俺より向いてるよ、絶対!


「う~ん……!」


そんなことを考えていたら、珍しく渋い顔で胡坐をかいている澄矢さんが、部屋の隅で唸っていた。どうしたんだろう?


「なんや、瞬ちゃんの方が手ぇかかるかもしれんわ……あいつ、結構頑張ってたんやなあ……」


あいつ?……まあ、いいや。

とにかく、せっかく康太が切り出してくれたんだから、俺はせめて、ちゃんと【条件】をこなさないとね。


「じゃあ、今から『好き』って言うから。ちゃんと聞いてね」


「おう」


「……」


康太がホチキスを持つ手を止めて、俺をじっと見つめる。


「な、何で手を止めるの?」


「いやだって、ちゃんと聞けって言うから」


……良い子だなあ、康太。


「俺、康太のそういう素直なところ、可愛いなあって思う」


「そこは『好き』じゃないんだな」


「……しまった」


本当、なんで俺、康太に指導されてるんだろう。

俺は自分で自分を情けなく思いながら、今度こそと思って口を開く。


「康太」


「おう」


「……す、好きだよ」


「芒?」


「好き!」


「知ってる」


康太がふっと笑って、また作業に戻る。

俺はちょっとだけ悔しくなって、でも、そんな康太に対して、心の奥で何かが募った。

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