8月28日 続・ハッピーサマーウェディング ②
「恥ずかしい話なんだけれどね……」
そう言って、淳一さんはコーヒーを一口飲む。ログハウス風の静かなカフェの、窓際の席でのそのシーンは、一瞬、話のことも忘れて見惚れそうになるほど、美しい。
だが、カップを置いて目を伏せた淳一さんが言ったことに、俺はすぐに我に返ることになる。
「私は……康太くんに嫉妬しているんだと思う」
「……は?」
ちょっと失礼だったかもしれないくらいの、ありのままの反応を返した俺に、淳一さんは「いきなりすまないね」といたずらっぽく笑う。
「……でも、これが私の、正直な今の気持ちなんだ。まさか、こんな思いをすることになるとは思わなかったけれど」
──そんなことを言われたって。
瞬と俺の関係のことで、二人きりで話がしたいと言われて、それで、淳一さんがお気に入りだというコーヒーハウスに連れてきてもらって、一体どんな話になるのかと身構えていたら──だ。
俺よりもずっと大人で、渋くて格好良い淳一さんが……俺に嫉妬?
ここに来た経緯とそれがどうにも結びつかず、混乱しながら、俺は淳一さんに尋ねる。
「じゅ、淳一さんが俺に嫉妬って……どういうことですか?」
「……これを言うのは、本当に、なんというか……お恥ずかしい限りなんだけれど」
テーブルの上で手を組み、俺から視線を外して、ふう、と息を吐く淳一さん。俺はそんな淳一さんの思い詰めたような横顔に……ふと、ある予感がして、言った。
「じゅ、淳一さん……まさか……息子だけど、瞬が……そういう意味で、好きなんですか……?」
「ごほっ!?」
──思いきり咽させてしまった。
慌てて「すみません!」と頭を下げると、「失礼……」と手のひらで口元を抑えながら、淳一さんは申し訳なさそうな顔で言った。
「いや、その……こちらこそ、妙な勘違いをさせてしまうような切り出し方をしてすまなかった……」
「いや、今のは俺が悪かったです。そうっすよね……ありえないですよね……そんなこと」
「ああ……もちろん、瞬のことは息子として想ってはいるが……そういうことじゃないんだ。私が言いたいのは、何と言うか……」
いつもスマートな振る舞いをする淳一さんにしては珍しく、少し乱暴に頭を掻くと、内緒話でもするように声を一段潜めて、俺にこう続けた。
「む、息子を取られてしまったようで……親として寂しいというか」
「と、取った……?俺が、ですか?」
「自分でもくだらないと思うよ……それに、息子でもこんな気持ちになるのだなと。父親が娘を彼氏に取られて……というのはしばしば聞くけれどね」
「ああ……なるほど……?」
そこまで聞いて、ようやく合点がいった……のかは分からないが。なんとなく、淳一さんの言わんとすることは伝わってきた。
まあ、伝わったところで「いやでも、俺なんかに淳一さんが嫉妬だなんて」とは思うけど。
そんな首を捻る俺に、淳一さんはふっと自嘲気味に笑って言った。
「……父親としてそばにいながら、私は瞬のことが何も分かってなかったみたいでね。瞬が、ずっと……康太くんをそんな風に想ってたなんて、まるで気が付かなかったんだ。いや、気が付かなかったんじゃないな……」
自分の言葉に首を振ると、淳一さんはぽつりと言った。
「気が付いていたのに、見ない振りをしていたんだ」
スプーンでカップの中を混ぜながら、淳一さんが続ける。
「瞬が抱えていたことに、踏み込むのを躊躇ったばかりに……長い間、瞬に一人で抱えさせてしまったのではないかと、悔やんでいるんだ。あの子が私達に……こっちに残りたい理由を頑なに言わなかったのも、今になってようやく分かった」
「……」
俺は何も言えなかった。瞬が俺を想っていてくれたことに、そばにいながら、まるで自覚がなかった俺に、淳一さんに言葉をかける資格はないような気がして。そんな俺の沈黙を溶かすように──淳一さんは柔らかい表情で俺に言った。
「瞬に、康太くんという幼馴染がいてくれて本当に良かったと思ってるんだ。だからこそ私達は──そんな康太くんの存在に少し甘えすぎていた。私達に、関係を打ち明けてくれた時の、清々しい瞬の表情と、その隣にいる君を見た時にそれを強く感じたよ。私にできなかったことを、君は瞬にできるのだな、と。あんな風に幸せな瞬の顔を見て……父親としてみっともなく、悔しくなるくらいに……ね」
俺は、淳一さんに首を振って言った。
「瞬が、俺に気持ちを打ち明けてくれたのは……俺が情けなかったからです。俺が、あまりにも……瞬の気持ちに気付けなくて、それで、瞬をたくさん、傷つけてしまったんです。だから、そんな、淳一さんに嫉妬されるような人間じゃないんです。俺は……」
「でも」と言った。
「今は、瞬の気持ち……しっかり感じています。俺も、瞬を好きになって、それがどれだけ苦しくて、でも温かくて、幸せなんだってことを知りました。だから、傷つけて、待たせてしまった以上に、これからは──たくさん、瞬を幸せにします。それこそ、淳一さんの嫉妬が、見合うくらいに……」
「……なんて」と急にこみ上げた恥ずかしさを誤魔化すように付け足す。淳一さんの目を見られなくなり、窓の外に視線を遣って逃げると、そんな俺に淳一さんが「そうか」と笑って言った。
「……つくづく、悔しいね。大事な息子を彼氏に取られてしまうのは。でも──」
「ありがとう」──そう言ってくれた淳一さんに、俺は深い感謝と……そして「こんな人に俺が敵うわけないだろ」と心の中でそっと思った。
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