12月25日(月) ⑦
『──つまり、今この世界は……12月25日を永久に繰り返してるっちゅうことか?ループみたいなもんか』
『……ああ、ざっくり言えば。まあ、ループとは少し違うが』
そう言って、目の前に座っとる前髪の長い寡黙な男──多嘉良が小さく頷く。
冬休みで人気は全くない、高校のとある教室。『儂』と多嘉良は生徒用の机を挟んで対峙していた。目的は──今この世界で起きている状況についての情報収集。
いわゆる『神』側でも『邪神』側でもない多嘉良は、ヤメ神の儂が今唯一接触できそうな『こっち側』の奴だ。
ふと見遣った窓の外では綿雪が舞っている。あたりに、音はまるでなかった。
──まあ、その方が、話がしやすくてええけど。
儂は机に身を乗り出して、多嘉良に尋ねる。
『……ループとちゃうってのは、どういうことや。見とる限り、康太と瞬ちゃんは、クリスマスを繰り返しとる。でも、眠る前に起きたことは、次に目え覚ました時も引き継いどるやろ。たしかに、そこがループとちゃうなとは思うけど。それと関係あるんか』
多嘉良は気だるげに『ああ』と頷くと、儂に言った。
『より正確に言えば……今、この世界は【12月25日で保存されている】状態だ。ゲームで例えれば、言わば【クリア後の世界】だな』
──クリア後の世界。
ゲームをクリアした後なんかによくある、ストーリーや進行制御による縛りがなく、かつ、本編クリア後の諸々が解決した平和な状態の世界を自由に歩き回り、遊べるモードのこと。
それを今、起きてる状況に置き換えると──。
『康太と瞬ちゃんは、【12月25日】というハッピーエンドを最後に止まった世界を遊んでるっちゅうことか』
『……そうだ。いわゆる【クリア後の世界】でも、遊べば遊んだだけ、そのデータもちゃんとセーブされて保持されるだろう。この世界も同じだ。だから、起きたことはなかったことにならない。そこがループと違う点だ』
『せやけど、決して時間は【12月25日】より前には進まんっちゅうことか』
『ゲームをクリアしてしまったからな。ここから先、この世界を動かすストーリーは、もう存在しない』
『……途方もない話やな』
儂はため息を吐いて、眉間を摘まんだ。今なら、あいつらの気持ち、ちょっとだけ分かるな。わけの分からん設定をいきなり垂れ流しにされて、『とりあえず飲んどけ』って……無茶苦茶やで。ようこんなんで一年近くやってきたわ……。
今更ながら自分の行いを反省しつつ、儂は多嘉良にさらに訊く。
『まあ、大方予想はつくけど……じゃあ、誰がこの【クリア後の世界】を作ったん?その目的は?』
多嘉良は長い前髪の奥で、儂を見据えて言った。
『……邪神だ』
邪神──この世界を傍観する『オブザーバー』。
そこに住む人の感情を餌にする邪神が。
特に、康太と瞬ちゃんの感情を主食にしてた奴が、この『クリア後の世界』を作り出す目的は一つだろう。
『……幸せな【クリア後の世界】に二人を閉じ込めて、感情を永久に搾取するんが狙いだったってわけか』
『……ああ。そうだ』
『けど【クリア後の世界】を作ろうにも、そんなんもう途方もないエネルギーがいるやろ。それは……ああ、そうか』
『瀬良と立花が貯めたポイントはすなわち、奴らにとってのエネルギーだ。それがあれば十分だろう。だからこそ、奴らは【ゲーム】に手を加えてでもクリアを望んでいた』
多嘉良の答えに、儂は腕を組んで考え込む。
──だとしたら、一つ、気になることがある。
『そもそも【ゲーム】は、あいつらにセックスさせたら、それで済む話だったんちゃうんか。それで邪神の腹は十分満たせるし、あいつらもこの世界に拘る必要なくなるんやろ。いくら、永久に搾取できるからって……わざわざ手間をかけてそんなことせんでも。せかいちゃんに任してステップ踏ませてたら、クリアできそうやと思ってたけど』
『ああ。そうだっただろうな。だが、俺が奴らをこの世界に引き留めて、そうさせなかった。そして【クリア後の世界】を作らせるように仕向けた』
『あー……そうやったん?ほんなら、しゃあないわな……なんて』
儂は机をばん!と叩いてツッコんだ。
『ほな、お前のせいやないか!』
『そうなるな』
しれっとそう言ってのける多嘉良の胸倉を掴んで、儂は揺さぶった。
『どないすんねん!瞬ちゃんも康太も、こんな世界におったままでええってほんまに思うか?あいつらにはまだまだ、この先の人生があんねん。これから……大変なこともあるやろうけど、二人で手を取り合って乗り越えていくんよ。もちろん、命ある限り、それは永遠には続かん。でもな……そんな未来には、こんなとこで停滞したままでいるよりも、もっと素晴らしいもんがあるんよ。せやから……』
『……だからこそだ』
ふいに、多嘉良はそう言った。儂は奴の胸倉から手を離して、多嘉良をじっと見つめる。
『……どういうことや』
多嘉良は胸元を手で払ってから、儂に言った。
『腹を満たした邪神がこの世界から離れたところで、奴らは空腹になれば、またこの世界に現れる。その度に、瀬良と立花は搾取され続けることになる……そんなことは、もう終わりにするべきだと思わないか』
『……できるんか、そんなこと』
『……俺が書いた筋書きの通りにいけば』
『どういうもんや、それ』
儂が訊くと、多嘉良はひとつ頷いてから言った。
『……この世界に住む人間は今、認識を操作されている状態に近い。それ故に、誰も12月25日が続くことを疑わず、幸福な生を全うできている。一見、隙のない完全な世界だ。だが、俺はそれに隙を作りだした』
『隙……まさか』
儂が言うと、多嘉良は『その通りだ』と続けた。
『それが、瀬良だ。俺は以前、瀬良と接触し、瀬良の認識を保護した。だから、この【クリア後の世界】に、瀬良は唯一、疑いを持っている。他にも、奴は邪神の手先──池田と接触した時も、その記憶を奪われずに済んだ。そして、それがあったから、邪神はこの世界を離れることができなくなった』
『……なるほどな』
邪神は、自らの存在を認知している人間がいると、その世界から離れられない制約がある……っちゅうのは聞いたことがある。
せやから、必要な接触が済んだ後は必ず、記憶を消しているらしいと。
『……この世界から離れられなくなれば、当然、餌も永久にこの世界から調達するしかなくなる。だから、効率的な搾取が必要やったわけか』
『そうだ。しかも、俺によって認識を保護されている瀬良は、奴らにとっての大事な供給源だ。都合が悪いからと言って、簡単に消せる人間じゃない。だからこそ、こうして奴らを引き留めることができた』
『で、康太使って、奴らを引き留めて、【クリア後の世界】作らせて……そんで、お前の筋書きはどう転ぶんや』
『ああ。それは──……』
そして、多嘉良は儂にその筋書きとやらを話した……なるほどな。
儂は多嘉良に訊いた。
『……まあ、その筋書きは分かったけども。今の二人にそれをさすのは、一筋縄じゃいかんで。お前はこっからどうするつもりやねん』
『……どうもしない』
『……は?』
……道があると思って歩いてたら、行き止まりにぶつかったような気分やった。
儂が眉を寄せて多嘉良を睨むと、多嘉良はゆるゆると首を振って言った。
『……ここからは、瀬良と立花が決めることだ。俺の筋書きは、あくまでもあいつらが、この【クリア後の世界】を望まないことが前提だ。実際、この世界はほとんど完全だ。二人はいつまでも、何にも邪魔されることなく、穏やかに幸せに過ごすことができる。あいつらがそれを不満に思わないなら、これもまた一つの【ハッピーエンド】だとも思う』
『……せやな』
──二人に『未来』を望むのは儂の勝手な思想や。そんなの分かってる。せやけど……。
『……じゃあお前は、何が目的やねん』
儂は行き場のない感情のあてを探すように、多嘉良に訊いた。
『……俺の目的じゃないかもしれないが』
すると、多嘉良は窓の外に視線を遣って、こう答えた。
『……前の【生】で言われた気がする。もっと頭を使え、ちゃんと人に必要とされて生きろって』
『結局のところ』と多嘉良は、ふっと笑って続けた。
『……前も、今も、俺にとって必要とされたい人間は、ずっと一人だけってことなんだろうな。そいつにとって、俺が必要でなくても。それでも、俺はあいつのために舞台を整えた。……その先はあいつに任せる』
『……そうか』
儂が言うと、奴はふらりといなくなった。話は終わりだとばかりに。
──儂も、儂がやれることは、やるか。
今も瞬ちゃんの部屋でヘタレ丸出しのあいつに、儂は任せられそうにない。
あいつに、喝入れられる人を呼んだ方がええな。
儂は椅子から立ち上がり、タブレットを取り出した。呼び出すなら……あの人しかいない。
『……クリア後の世界ってなあ、ありえないことも起こせるからな』
──例えば、本編でもう死んでしまったキャラを、ちょろっと登場させたり、な。
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