12月25日(月) ⑧
「……ってことでサンタだぞ、康太」
「どういうことだよ」
眩しい笑顔で俺に手を挙げるサンタクロース……もとい、俺の父親にツッコむ。
すると、トナカイクソ矢は、腹立たしい呆れ顔で首を振って言った。
「ここまでの状況説明は今した通りや。もうお前以外は『ああ今回はそういう感じね……』って無理やり飲まされてるから、お前も早よ飲み込め。尺が押してんねん」
「無茶言うな。急に、この世界は12月25日で永久に時が止まった、言わば『ゲームのクリア後世界』になってて、このままだと、俺と瞬は永久に楽しいクリスマスを過ごし続けることになるって言われて、理解できるわけねえだろ」
「十分しとるやないか。それでええわ」
「クソが……」
俺は髪を手で乱暴に掻きむしった。毎度毎度……本当、自分で自分の適応力の高さに驚く。
──いや、それでも。
俺は目の前で仁王立ちする、やたらガタイのいいサンタクロース姿の父親をじっと見る。ループなんかよりも、俺にはこっちの方が到底受け止めきれない。だって……。
「なんで、父さんが……こっちの世界にいるんだよ。あの世とこっちは、おいそれと行き来できるもんじゃねえんだろ。盆でもないんだし。何で……」
驚きのあまり呆然とする俺に、父さんは「はは」と笑ってこう言った。
「クリスマスってのは、奇跡が起こるもんなんだよ。盆と正月がいっぺんに来たってやつだ。まあ、俺も正直よく分かんねえけど、クソ坊主があの世の偉い人の目をこう……ちょろちょろっと誤魔化して、俺を連れてきてくれたんだよ」
「バレたらマズいんじゃねえか、それ。てか、なんでそこまでしてここに……!」
ベッドを降りて、父親に詰め寄る。すると、父親は俺の頭にぽん、と大きくて厚い手のひらを置いて、こう言った。
「父親サンタってやつ、俺、お前に一回もしてやれなかっただろ。ちょっと憧れてたんだよなあ……だから」
「……もう、そんな歳でもねえよ」
父親の顔を見れなくなって、俯く。父親はそんな俺を豪快に笑い飛ばした。
「はは。まあ、そうだよな……ってことで、本当は今日、俺はお前に一つ、言うことがあってここに来た。とりあえず今の状況とか、そういうのは置いて、聞け。康太」
「……なんだよ」
何を言うつもりなんだと身構えつつも、俺はふと、ベッドでまだ眠っている瞬を見遣る。
それを見たクソ矢は言った。
「瞬ちゃんはよう眠ってるわ。儂が責任持って見てる。せやから、お前は親父と二人で話してこい」
「……頼んだぞ」
「言われんでも」
クソ矢との短いやり取りの後、父親は俺の背中を叩いて「外に行くか」と俺を部屋の外へ連れ出した。
☆
「おお、寒そうな空だな。風もぴゅうぴゅう吹いてやがる。なあ寒いか、康太」
「……そりゃあな」
まだ暗い、夜明け前の空の下、俺は父親とマンション前の小さな公園に来ていた。ブランコと砂場とベンチがあるだけの簡素な公園。
並んでベンチに腰を下ろすと、父親は偽物の白いサンタ髭をぺりっと外して、ふっと息を吐いた。でも白い息は出ない……たぶん、もう死んだ人間だから。寒さも、感じないんだろう。
父親はそんな俺の視線に気付くと、にっと歯を見せて笑った。
「そう辛気臭い顔すんなよ。せっかくの再会だろ。もうあと何十年かは会えねえと思ってたのが、こんなに早く二回目があるなんてな。なんだかんだ言ってるが……澄矢には感謝しねえと」
「……そんだけ、大事な用があったから、父さんはここまで来たんだろ」
「ああ、そうだ」
父さんは真面目な顔で頷いた。それから「康太」と俺を呼んで続けた。
「前に俺が言ったこと、覚えてるか」
「……やかましく色々言ってくるから、どれのことか分かんねえよ」
そう言うと、父さんは「こいつ」と俺のこめかみを拳でぐりぐりしてきた。それから、はあ、とため息を吐いて言った。
「夏に、極楽天の風呂場でした話だよ。お前が、瞬ちゃんとは、まだだって言うから……その辺、ちゃんと話し合ってるかってこと訊いたろ」
「ああ……」
父親に言われて、俺は思い出す。
──『そ、そりゃあ……別に。焦ることねえし……瞬だって、そういうの別に……』
──『そうか?本当に?その辺、ちゃんと話し合ったのか?』
──『……わざわざ話すようなことじゃねえだろ。そういうの、まだよく分かんねえし……瞬も敢えて言わねえし、だから、このままでも』
──『分かんねえからこそ、話すべきだろ』
──『敢えて言わねえのは、切り出しづらいからかもしれねえだろ。お前が”そういうの別にいいし”って顔してるから、本当のところ、気持ちがあっても、話す機会がないだけかもしれねえ。お前らはもう付き合いが長いから、なんとなくお互いが分かり合ってるような気がしちまうんだろうけどよ。それでも、ちゃんと口にして確認するって大事だぜ。右ヨシ、左ヨシって指さし確認だ』
俺は父さんを見据えて言った。
「それならちゃんと話し合ってる。瞬も、そういう気持ちはあるけど、それとは別に……簡単に身体を開けない怖さもある。だから、一歩ずつになるかもしれないけど、一緒に乗り越えてほしいって。だから、俺も、瞬と一緒に歩いていくつもりで──」
「それは、今の話か?」
「……は?」
突然、そんなことを言われて、俺は戸惑う。そんな俺に、父さんはさらに言った。
「確認ってのは、最初だけ必要なんじゃねえ。事に当たっては、その都度、何度も何度もするもんなんだよ。それこそ、一歩進むごとにだ。お前はそれ、ちゃんとしてるか?」
「そんなの……俺はいつも、その、瞬とそういうことをする時は……無理なことはしない。俺が、瞬に先を焦らせないように……瞬にも『無理はするな』って伝えてる」
「……そうじゃねえよ」
親父は、やれやれと首を振ると、俺の肩に手を置いて、じっと俺を見据えて言った。
「……起きてることを誤魔化して、これでいいってことにして進むのを、確認とは言わねえだろ」
「……どういうことだ」
俺が訊くと、父さんは「あのな」と続けた。
「お前は……瞬ちゃんに焦らせないようにって、そればっかりになって、肝心の自分のことを誤魔化しちまってる。それじゃお互いの確認になんねえ。瞬ちゃんだって、お前が事あるごとに『焦らなくていいから』の一点張りじゃ、進みたくても、その気持ちを伝えづらいだろ」
「瞬の……気持ち」
「お前は、見逃してねえか。瞬ちゃんの、気持ちのサイン」
「……」
──正直なところ、心当たりはある。
俯いて黙る俺に、父さんは肩をぽん、と叩いて言った。
「乗り越えるってのは、康太が、瞬ちゃんが抱えてることを一緒にってだけじゃないぜ。瞬ちゃんも、お前が抱えてることに寄り添いたいって思ってる。康太にとって、瞬ちゃんはそれをさらけ出せて、受け止めてくれる相手だろ」
「……そうだ」
──父さんに言われて、俺はようやく気が付いた。
そうか、本当は……俺……。
膝の上で拳を握る。父さんは俺の背中を優しく擦って「康太」と言った。
「……戻って、瞬ちゃんに話せ。その後は、自分達で決めろ。この先は、誰の強制でもない。お前達が自分で決めて、前に進むんだ」
「……そうする」
俺はベンチから立ち上がる。振り返ると、父さんは、にっと歯を見せて笑った。
「男、見せて来い」
「……今どきは、もう、そういうこと言わねえんだよ」
「しょうがねえだろ。俺、古いまま死んじまったんだ。他に、息子を鼓舞できるような今どきの言い方を知らねえ」
「……気持ちは伝わってる」
「ああ、行ってこい。またな。今度こそ、目一杯生きた後、会おうぜ」
俺は頷いた。そして前を向いて、進む──。
「あ、ちょっと待て康太!ほら、俺一応サンタだろ。だからお前にプレゼント持って来たんだよ!瞬ちゃんの部屋の枕元に、お前らへのプレゼント置いてきたから!見てくれよな。大丈夫だって、お前らが喜びそうなもん、ちゃんと選んできたから。ばっちりだぜ。ちゃんとリサーチして用意したからな。絶対喜ぶ自信が──」
「いやうるせえよ」
最後までやかましい父親に呆れ笑いしつつ、俺は今度こそ、瞬の元へと急いだ。
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