2月27日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「本州中央部を南北に縦断する地溝帯のこと」


「フォッサマグナ」


「地殻とその下にあるマントルの最上部、数十キロからなる岩盤のこと」


「プレート」


「弱酸性の地下水や雨水が石灰岩を侵食することで形成される、大小の凹地や地下の洞窟などを指す」


「カルスト地形」


「地球上で最も古い陸地。地震や火山活動がほとんど起こらない」


「……」


俺は頭の中でページを捲るように、この数週間やってきたことを思い出す。

絶対にやったはずだからな。すぐに思い出せる……そうだ。


「安定……」


「……」


「安定……いや、違うか?安楽……安定……」


「……」


「安楽……てい……」


「焼肉屋か」


呆れ顔でツッコむ瞬に「安定陸塊ね」と訂正される。クソ……地理はやっぱ苦手だな。


「もう、あんなに一緒にやったのに忘れちゃったの?」


「忘れてねえよ、ちょっと頭の奥の方に入ってただけだ」


「靴下じゃないんだから……」


瞬がため息を吐きつつ、ふっと笑う。


俺と瞬は、いつもより早く学校に登校していた。おかげで今、教室には俺と瞬以外、まだ誰もいない。

これは俺達がテストの時によくする……まあ恒例行事みたいなもんだった。


ちょっと早く学校に行って、お互いに問題を出し合って最終確認をする……正直、俺自身はそんなのめんどくさいし、やりたくないんだがな。これは、瞬のためだ。問題に答えるときはもちろん、問題を出すことでも、自分の確認になるらしい。俺はそれに付き合ってるだけだ。


とはいえ、今回はいつもの定期テストとは違う。学年末テストだ。俺もそれなりに気合いを入れないといけないので、この「恒例行事」も真面目にやっているところだ。


「ていうか康太、カタカナ語しか覚えてなくない?さっきも『弧状列島』で詰まってたし」


「技みたいで覚えやすいからな。強そうだし」


「用語に強そうとかないでしょ」


「じゃあ聞くけどよ、トラフとアグロフォレストリーだったら、アグロフォレストリーの方が強そうだろ」


「文字数じゃないのそれ?」


はあ、ロマンがない奴め。優等生は遊びがなくてダメだな。


「何か、失礼なことを言われてる気がする……」


「気のせいだ。ほら、瞬も何か強そうな用語を言ってみろよ。優等生だろ、俺より強そうなの出してみろよ」


「そんなことのために覚えてるんじゃないよ」


「できねえのか?」


「うぅ……」


──くだらない。


頭では分かってるんだろうが、俺の安い挑発でも燃えてしまう程、瞬の「負けず嫌い」の導火線は短い。


結局、瞬は腕を組んで真剣に、たっぷり一分くらい悩んでからこう言った。


「スプロール現象」


【スプロール現象】

都市が急速に発展することにより、市街地が無秩序に広がっていく現象のこと。

「スプロール」とは「無計画に広がる、ぶざまに広がる」の意。



俺はすぐに返す。


「プレートテクトニクス」


【プレートテクトニクス】

1960年代後半以降に確立された、地球科学の学説。プレートの動きによって大陸移動が引き起こされるなどと説明されている。



「う、強いな……」


「分かってきたか?」


「何となくね」


真剣な顔で宙を見つめて、次の言葉を絞り出そうとしている瞬は、すっかりこのバトルに夢中だ。


今のはチュートリアルみたいなものだったので、俺は瞬に先攻を譲り、もう一度バトルを始めることにした。


まずは瞬のターンだ。


「ブリックス」


【ブリックス(BRICS)】

経済成長の著しいブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国の5か国の頭文字を取ってそう呼ぶ。



短いけど強い、悪くないチョイスだ。対する俺は「こいつ」を出す。


「フロストベルト」


【フロストベルト】

アメリカ合衆国北部の伝統的な工業地域のこと。工業の衰退により、ラスト(さびついた)ベルトとも呼ばれる。



「うーん……互角かな」


「ああ……いい勝負だ」


二人きりの教室で静かにバトルは白熱していく。その後も一進一退の攻防が続いた。


「プランテーション」


「モータリゼーション」


「メガロポリス」


「リモートセンシング」


「コロプレスマップ」


「グリニッジ標準時」


「モノカルチャー経済」


「フィードロット」


「ワジ」


「緑の革命」


「おお……」


瞬が持ち出した、唐突なその用語は俺の中の少年心を刺激した。

なお、意味は全く分からないので、後で教科書をもう一回読んでみることにする。


「ていうか……」


何故か息を切らしている瞬が言った。


「俺達、何してるの……?」


「……」


俺は何も言えず、俯く。まあ、俺だって薄々気付いてはいたよ。くだらないって。


すっかり、正気に返ってしまった瞬は、ぷくっと頬を膨らませて言った。


「もう、折角最後の確認しようとしたのに!康太のせいで変なゲームで時間使っちゃったよ」


「瞬だって楽しんでたじゃねえか。それに一応、タメになったろ」


「まあ、確かに……そうだけど……」


よし。俺はもう一押しとばかりに、瞬に言った。


「それに俺は、優等生のくせに、こういう馬鹿なことに付き合ってくれる瞬が好きだぜ。ありがとうな」


「……」


ぷい、と視線を逸らした瞬が「馬鹿なことって自覚あるなら付き合わすなよな……」と呟いた。

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