4月4日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「はぁ……」
アラームが鳴るより早く目が覚めた朝。薄暗い部屋の天井をぼんやり眺めていると、自然とため息が出た。
──今日も始まったなあ……。
枕元のスマホは、まだ「4:50」だし、早起きしたところで別に予定もない。
あるのは……あの【条件】だけ。
「あー……もう」
思い出すと、顔から火が出そうな程恥ずかしい。俺は何かから隠れたくて、頭まで布団を被った。
──どうしてあんなところで転んじゃったんだろう!
昨日のことだ。父さんと母さんを見送りに行った帰り、偶然康太に会えたから、俺は【条件】を達成しようと、頑張ったんだけど……突然、誰かに背中を押されたみたいに前に倒れちゃって、康太に抱きついてしまったのだ。しかも、うっかりそのまま「好き」って言っちゃったし。
「さすがにちょっと変だなって思うよねー……」
布団を被ったまま、ベッドの上をごろんと転がる。じゃれたり、ちょっとした冗談みたいに、抱きつくことは、今までもなくもなかったけど……昨日のは、いきなりすぎるよね?康太もいつもよりびっくりしてたみたいだし……。
「そうでもないと思うけどなあ」
「うわっ!」
俺は思わず、布団の中から飛び出る。この心の中を読んだような返答……もちろん、澄矢さんだった。
瞬きの間に現れた澄矢さんはベッドの縁に腰掛けて足をぶらぶらさせている……もしかして。
「昨日、俺を押したの、澄矢さんでしょ!どうしてあんなことするの?」
「言うたやん。協力するでって。どうやった?ずーっと康太くんにああしたいと思ってたやろ」
「思ってないよ!」
声を大にして否定すると、澄矢さんは「そうか?」と首を捻る。それから、ぽんと手を打って言った。
「ああ、ぎゅーされたい方やったな」
「違うよ!」
「嘘はあかんよ。だって瞬ちゃん、ちょーっと寂しい夜とか、康太くんに貰ったワンちゃんのポーチと一緒に寝て……」
「わーーーーーーーーっ!!」
この場には他に誰もいないのに、つい大声を出して誤魔化してしまう。違うからね!ちょっと、布団が寒いなあって思って、持ってきただけだし、ワンちゃんだったのはたまたまだもん。
「ていうか何でそんなことまで知ってるの……ふしぎパワー怖すぎ……」
「仕事するにしたって、まずは相手のこと知らなあかんやろ?瞬ちゃんと……ついでに康太くんのことは、生まれてから今までのことぜーんぶ調べたからな。知らんことの方が少ないわ」
「そ、そうなんだ……」
これ以上、澄矢さんが何を知ってるのか訊くのはやめようと思った。自分がキツイだけだし。
「やから、瞬ちゃんがほんまに求めてることやって、分かるで。ほな、今日も【条件】頑張らんとな」
「それはそうだけど……」
俺はまた、ため息を吐く。今日はどうやって言えばいいんだろう……昨日みたいにあんまり不自然だと、康太に変な疑いをかけられるかもしれないし……。
「大丈夫やって。あいつ、瞬ちゃんに抱きつかれたくらいじゃ、ちょっとびっくりしてそれで終わりやで。瞬ちゃんが心配しとる程、何も変わっておらんよ」
「……」
──それはそれで、何か……。
俺は頭を振って、考えかけたことを追い出す。ダメだ。もう余計なことは考えないで、やるだけやろう!
「その意気や。よし、じゃあ儂も」
「澄矢さんは余計なことしないで」
「……はい」
ベッドから立ち上がりかけた澄矢さんを手で制して、代わりに俺が立つ。
ちょうど、目覚ましが「ぴぴぴ」と鳴った。朝の5:00。と言っても、康太はまだ起きてないだろうし……康太のとこに行くなら昼かなあ。
「起きとるで」
「え?」
床にすとん、と降りた澄矢さんが、腰に手を当てて得意げに言った。
「今すぐ言った方がええと思って、儂が起こしたったわ。頭にむちゃくちゃな悪夢送り付けてやったから、今頃寝汗だらだらやろうし。気分転換に外とか出るかもな」
「ちょっと!やめてよ……康太が可哀想だよ!」
「そう思うんやったら、早よ出てやってな」
「ん」と澄矢さんが、スマホを顎でしゃくる。振り返ると、枕元のスマホがぶるぶる震えていた。着信だ。
──康太だ。
「……どうしたの?」
俺はスマホを手に取り、電話に出る。すると、スマホの向こうから、康太が『おう』と言った。
──康太、声掠れてる……。
「何かあった?」
そう尋ねると、康太は『ああ……』と憔悴しきった声で言った。
『すっげえ気持ち悪い夢見たんだよ……バターを羽根に塗ったカラスがくちばしから明太子を吐きながら町を飛び回ってるんだ……空は裂けてて、割れ目からミミズの雨が降ってきて、選挙カーに乗ったコオロギが拡声器で【こんにゃくに光を!】って叫んでる。それを何百匹もの虹色のカマキリが両手を上げて囲んでる……そんな夢だ』
「康太って大丈夫なの?」
あらゆる意味で俺は康太が心配になった。いや……澄矢さんのせいだよね?
「まだ、気分悪い?」
『いや、顔洗って、瞬の声聞いてたらマシになってきた……悪い。こんな時間に電話して』
「いいよ」
『助かる……』
相当、夢が後を引いてるのか、康太はそれ以上何も話さなかった。ただ、俺と電話越しに繋がってるってことだけで安心できてるのかな……そう思うと俺は居ても立っても居られなくなって。
「……康太、ちょっと待っててね」
『……何だ?』
俺は寝間着にカーディガンを羽織って、いそいそと部屋を出る。マンションの廊下を足音を立てないように歩いて、階段を降りて──康太の家の前に立つ。
「康太」
電話越しにそう呼ぶと、それで察したのか、ドアの向こうから小さな足音がする。やがて、ドアがゆっくり開くと、中から出てきた康太と目が合った。
「瞬……」
「へへ、来ちゃった……って」
俺は康太を見てぎょっとする。康太は上半身裸で、下はパンツ一枚だったのだ。
「な、なんで……そんな格好してるの……!?」
精一杯声を押さえつつそう叫ぶと、康太は肩に掛けていたタオルで頭を拭きながら「しょうがねえだろ……さっきまでシャワー浴びてたし」と言った。にしてもだよ!
「早く着替えて……って」
「じゃあ、家入れよ」
康太に手を掴まれて、半ば強引に家の中に引き入れられる。背後でドアが、がちゃんと閉まった。
──うわ……。
薄暗い部屋の中で、カーテン越しに差すぼんやりと白んだ外の光が、康太の濡れた身体を照らしている。
狭い玄関に二人で立ってるからなんか近いし……どぎまぎしてしまう。
俺は視線を逸らしつつ言った。
「か、風邪引くよ」
「朝にしては暖かいし大丈夫だって。それにこの方が気持ちいい」
「俺が嫌だよ……もう、何か心配して損した」
電話越しの声が元気なかったし、ひどい夢を見たのはまあ、俺のせいみたいなものだから、可哀想だと思ったのに……康太は康太だった。全く。
すると、呆れている俺に康太が言った。
「てか……瞬来ると思わなかったし」
「だって……なんか辛そうだったし、康太だったら、俺がこんなことしたらきっと、来てくれるだろうなって思って……それで」
そう言いながら、なんかもう、すぐそばにいる康太が直視できなかった。寄り添いたいのに、離れたかった。だから、俺はもうこれだけは……早く言ってしまおうと、口に出した。
「そういう……康太の優しいところが、好きだから、俺も何か返したいって思って……だから」
「え?」
──聞こえてないの?!
俺はそんな康太にむしゃくしゃして──だから、今度は耳元で言ってやった。
「康太が、好きってことだよ……馬鹿、嫌い」
「どっちなんだよ」と康太が呟いた。
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