2月22日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



 △____△

(本日、猫の日)


○2月22日に限り、上記条件に加えて、下記の条件を適用する。


○瀬良康太が立花瞬に「好き」と言う際は、必ず語尾に「にゃん」を付けること。これを怠った場合は、実行と認めない。





「ふざけんなよ」


目覚めて一番、提示されたルールに思わずツッコむ。クソ矢は首を振って言った。


「ええやん。猫ちゃんかわええやんか。最近のお前らはちょーっと刺激が薄いし、こういうんは積極的に乗らな」


「そういうことじゃねえだろ!こっちは命懸けなんだぞ……クソ、やってられっかよ!」


何が「語尾ににゃんを付けること」だ。そんなもんできるわけない。自分がやっているところを想像しただけで吐き気がする。一億歩譲ってこういうのは瞬の担当だろ。


「ほんまは『神足通』の応用で瞬ちゃんに猫耳でも生やしたろうかなって思ったんやけど。『オブザーバー』の皆さんには伝わりづらいやろうから、お前に条件増やすことにしたんやで。気ぃ利くなあ、儂」


「自画自賛してんじゃねえ……てかなんだよ、オブザーバーって」


「お前にはどうでもええことや」


とにかく、とクソ矢が言った。


「ごちゃごちゃ言うとるけど、お前、結局やるんやろ?ほんなら早よやれや」


「断る!今回ばかりは無理だ。気持ち悪すぎる。条件の撤回を要求する」


「それこそ無理や。それにお前、この前、『何があっても死ぬ方は選ばん』て言うたやん」


「くっ……確かにそうだけどよ」


こんなことがあるとは思わねえだろ。


だが、一時の恥と命を秤にかけたら、それは当然、命の方が大事なわけで。


──やるしかねえか。


「クソ……覚えてろよ」


愉快そうに笑うクソ矢にそう吐いて、俺は学校へ行く支度をする。


「タマ次郎」


いつも通り、部屋の隅で寝ているタマ次郎を呼ぶと、白いふわふわが弾丸のように俺の下へと飛んできて──。


「にゃあ」


「!?」


足元で鳴くその生き物はタマ次郎ではなく白い子猫だった。種類は分かんねえけど、なんか、毛量の多い猫だ。タマ次郎よりもふわふわで長い尻尾をぷらぷら揺らしている。どうしたんだ、こいつは。


「ああ、そういえばそいつ。猫の日やから、今日は猫の姿にしたったわ。でも中身は紛れもなく『タマ次郎』やで。なんや、名前も元々猫っぽかったし、これはこれでええな」


「マスコットのアイデンティティを軽々しく揺るがすなよ!」


いや、タマ次郎は別にマスコットってわけじゃねえけど……いいのか?


「みゃう」


ごろごろと、一応猫らしく床に転がる「タマ次郎」を、俺は少し気の毒だと思った。





「で、用って何?」


昼休み。俺は瞬を校舎裏に呼び出していた。目的はもちろん、「条件」の実行だ。


──今日は、いつも以上に人目に付きたくないからな。


通学中は無理だし、校舎の中でなんて、もってのほかだ。家に帰った後、わざわざ瞬の家に出向いて言うのは何か嫌だし、俺の家に瞬を誘って言うのも嫌だ。何かいかがわしい。


そう考えると、この時間に人気のない校舎の裏に瞬を呼び出すしかないだろう。本当は、今日みたいな暖かい日に瞬を無駄に外に連れ出すのは避けたかったんだがな……。


「っくしゅ。ごめん、何かあるなら早くして……花粉がしんどい」


「ああ、悪い。すぐ終わるから……」


猿島おすすめの立体マスクを着けた瞬が、その下で鼻を啜る。目も赤いし、可哀想だから早くしよう。


「瞬、その……俺」


「うん……っくしゅ」


早く。早く……頭の奥で自分を急かすが、いざとなるとやはり抵抗がある。まるで猫に紙袋だ。

くっ……俺はこれを言わねえと死ぬんだぞ?やるしかねえだろ、なあ。


「俺は、その、瞬が……好きというか。好き……」


「うん……」


「好き、だ、にゃ「ぶぇっくしょん!」」


「……あー」


瞬がずびっと鼻を大きく啜った。それから首を傾げる。


「ごめん。今何か言った?」


「……」


俺は目の前が真っ暗になりそうだった。嘘だろ……こんなことあっていいのか?


もうこれ以上なく、自分を奮い立たせたのに?もう一回言わないとダメ?


「……っ」


「ど、どうしたの康太?!今までの人生の中で一番辛そうなんだけど……」


瞬が俺の背中をさすってくれる。ダメだ、正直泣きそう。無理、しんどい。

俺はその場で崩れ落ちた。すぐさま、瞬が俺を抱えてくれたが、もう立ち直れそうにない。


俺を不安そうに見つめる瞬の腕の中で、俺は息も絶え絶えに言った。


「瞬……今までありがとう。お前に出会えて、幼馴染になれてよかった。友達はいつからだってなれるけど、幼馴染は運命だろ?俺は……瞬とそういう縁で繋がったこと、誇りに思ってるぜ……」


「え、ちょ、ちょっと!どうしたの康太?まるで死んじゃうみたいだよ……」


「お前のことは本当に好きだった……こんな俺に付き合ってくれてありがとな……世界で一番幸せになれよ、しゅ、ぐふっ!?」


「こ、康太!?」


その時、俺の腹を何者かが思いきり蹴りやがった。姿は消えたが、たぶんクソ矢だ。

そう簡単に終わらせてたまるかってことだろうな……チッ。


──けど、おかげで目が覚めた。


痛みで頭は冴え、さっきまでの絶望的な気分も吹き飛ぶ。

やるしかねえ、やるしかねえ……そう自分を鼓舞して俺は立ち上がる。


「康太?」


いきなり立ち上がった俺に瞬が戸惑っている。俺は、そんな瞬の──今度は絶対、かき消されないように──耳元でこう囁いた。



「俺は、瞬が好きだ……にゃん」



「え」



あとはもう一目散だった。

たぶん、どこかの主婦が追いかけてたどら猫よりも速く、俺はその場を走り去った。




「何だったんだろう」


ていうか、「にゃん」て。「にゃん」って言ったよね?康太。


死にかけたり、急に元気になったかと思えば、いきなりあんなこと言うし。どうしちゃったんだろう。


「最近、テスト勉強をしすぎておかしくなっちゃったのかな……」


康太にしては随分勉強してる……というかさせてるから、そのせいかもしれない。


今日はちょっと勉強は休ませた方がいいかな、と思いながら、俺は、いつのまにか猫の額よりも小さくなっていた康太の背中を追った。

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