1月10日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「おはよう、康太」
「……おはよう」
欠伸を噛み殺しながら瞬と並んで歩く、午前七時四十五分。二週間ぶりにこのルーティンが戻ってきた。
今日から三学期だ。
俺と瞬は、マンションから歩いて二十分くらいのところにある、同じ高校に通っている。
特に待ち合わせしてるわけじゃねえが、二人とも、朝は大体このくらいの時間に家を出て、そこからなんとなく一緒に登校するのが日常だ。
「あ、康太。マフラーしてこなかったの?コートも着てないし。寒いよ。風邪引くよ?」
上着は制服のブレザーを羽織っているだけの俺とは対照的に、コートやマフラー、手袋で完全防寒スタイルな瞬に咎められる。これも冬の日の定番だ。内心、うるせえなと思いつつ、俺は言った。
「いらねえよ、邪魔だし。俺は風邪なんてもう何年も引いてねえし」
「それフラグだよ。康太は今年こそ、風邪引くかもね」
「じゃあ瞬、看病しろよ」
「えー……あ、ちょっと待ってネクタイ曲がってる」
次から次へと細かい奴だ。まあ、逆らうと余計に面倒なので、されるがままにネクタイを直してもらっていると、背後から声をかけられる。
「よっ。お前らは相変わらずだな」
「西山」
「あ。おはよう、西山」
後ろから来たその男に、口々に挨拶をする。
「冬休み中についに結婚したのか?お前ら」
「はあ?してねえよ」
「なんだ。立花が嫁ムーブしてるから、てっきり『済ました』のかと」
こうやって下品な冗談で俺と瞬を揶揄ってくるのだ。全くいい迷惑だ。新学期早々厄介な奴に会ってしまった。
「済ました……?」
「引っかかるな、瞬。忘れろ」
「嫁なのは否定しないんだな」
「え、あ……ち、違うよ!」
今さら否定する瞬に、西山が愉快そうに笑う。「基本良い奴だから」という前提がなかったら、マンション裏の川にぶち込んでたと思う。
「あんま睨むなって、瀬良。冗談だよ。で?この休みは二人でどっか行ったりしなかったのか?」
「初詣に行ったよ。康太が合格しますようにって」
瞬が両手を合わせて、お参りのジェスチャーをして見せる。両手に嵌めた手袋が合わさって、ぽすっと鳴った。
西山が感心したように頷く。
「立花は健気だなー……自分のこともちゃんとお願いしたか?」
「えっと……ちょっとだけ」
「何だよ。瞬の合格祈願だったんだから、もっと祈っとけよ。折角のパワースポットとやらなのにもったいねえな」
「だって康太の方が心配だし……」
「俺はいいんだよ、就職だし」
「へえ、パワースポットか……」
そこで西山が反応する。「どうかしたのか」と聞くと、西山は言った。
「パワースポットっていうと、お前らが行ったのって、この近くの神社だろ?何か急に流行りだしたっていう」
「ああ……そうだけど。何かご利益あんだろ、学力とかの」
信用できないけどな。
心の中でそっと付け足す。できれば、今もどこかにいるはずのクソ金髪神もどきに届くように。
すると、西山が微妙な顔をする。
「あー、まあそうだな。そういうことにするか、立花」
「……」
瞬は何も言わず、気まずそうにしている。
「なんだよ瞬、あの神社になんかあんのか?」
「瀬良は神社とか嫌いなんじゃなかったか?それとも、嫁の趣味だからやっぱり気になんのか?」
「ふざけんな。一ミリも興味ねえよ、あんなクソ神社」
茶化す西山に、間髪入れず答えた。確かに、あの日の瞬の神社に対する熱の入れようは気になるが、それよりもクソ神社に対する苛立ちの方がはるかに勝る。あんなとこ、瞬に誘われなきゃ絶対行かねえ。
そもそも、あの日、あの神社に行ったせいで、ふざけた「条件」までつけられたんだ。
別に瞬のせいだとは思ってねえが、やっぱりあの神社はムカつく。
「うまーく守られたことに気付いてへんなあ、お前」
両肩にずっしりとした重みと「奴」の気配を感じる。見上げると、案の定、クソ矢が俺の肩に座っていた。俺がクソ矢を肩車しているような格好だ。おい。
降りろよ。
「だるいわ、このまま学校まで乗せてけ」
俺は乗り物じゃねえぞ。
数歩先を歩く西山と瞬の後ろで、クソ矢を振り落とそうと上半身を激しく揺らす。……気のせいか、通行人の視線が刺さった。
「大人しくしてた方がええんちゃう。新学期早々、頭のイカれた奴扱いされる前に」
「クッソ……」
呻く俺の頭上をけらけら笑う声が響く。今日は朝から厄介な奴にばかり会うな。
──まあ、これからもっと面倒くせえ奴に会わないといけねえけど……。
「奴」の顔を思うと、嫌でも眉に皺が寄る。できるなら、今日は会わず、また明日以降にしたい。なんかもう疲れた。
というか、どうせ向こうから接触してくんだから、わざわざ自分から出向きたくない。うん、今日はやめとこう。それがいい。
「ええんか、それで」
「康太、早く行かないと遅刻しちゃうよ」
「おう……」
気がつくと、瞬が俺の目の前にいた。西山が数メートル先の横断歩道の前で待ってる。ニヤついてんだろうな、全く。
横断歩道を渡った向こうには、学校が見える。
よう、二週間ぶりだな。これからまた毎日通うことになる校舎に、心の中で手を上げて、俺は重い足を前に踏み出した。
☆
「おい、しゅ……」
「瀬良、何してんだこんなところで」
ダルすぎる始業式と学年集会とホームルームだのなんだのだけの三学期初日を終えた昼過ぎ。
とっとと家に帰ろうと、隣のクラス──二年三組の瞬を迎えに行った時だった。
「森谷か……」
現・二年二組在籍、元・三組の森谷に話しかけられた。
「何って、瞬に用があって来ただけだ」
「立花なら女子と歩いてくの見たぞ」
「はあ?!」
思わず声を荒げる。嘘だろ……瞬が俺を置いて帰ったっていうのか……?俺以外の奴と……?
「そらそういう時もあるんとちゃうの」
いつの間にか現れたクソ矢が、どうでもよさそうに言った。どうでもいいわけねえだろ。
俺にとって、瞬が見つからないってのは最早、文字通りの死活問題だ。
まさか、学校で瞬を捕まえて告白の真似事みたいなことをするわけにはいかねえ。
明日以降は真面目に考えた方がいいが、とりあえず今日は早帰りなんだし、さっさと瞬を連れ帰って、家でゆっくり実行すればいいか……なんて思ってたのだが。
「何かよく分かんねーけど……職員室の方に歩いてったから、まだ帰ってないんじゃね?」
「サンキュー森谷、またいい取引しようぜ」
森谷の情報に、すぐに気を取り直す。森谷に片手を上げ、職員室に向かって廊下を駆けた。
後ろから「もう俺を騙すなよ」という森谷の声が聞こえた。何言ってんだ、前回も勝手に騙されたのは森谷の方だろ。
職員室前に着くと、森谷の情報通り、ちょうど瞬と女子が職員室から出てくるところだった。
俺に気がついた瞬がすぐに「康太ー」と近寄って来る。
「どうしたの?もしかしてクラスまで来た?」
「まあな……瞬は?」
「
ね、と瞬が茅野さんの方を向くと、彼女は俺にぺこりと会釈した。俺もなんとなく会釈をする。瞬も何故か会釈した。なんだこれ。
「立花くん、ありがとう。私、もう行くね。またね」
すると、それだけ言って、茅野さんはそそくさとその場を去っていく。瞬はのんびりした声で「またねー」と、彼女の背に手を振った。……何故か悪いことをしたような気がした。
「……クラス委員?」
「うん。あれ、前も会わなかったっけ?」
「覚えてねえ……」
そう言って頭を掻くと、瞬が笑った。
二年生になってからもクラス委員に任命された瞬は、同じくクラス委員である彼女──茅野さんと時折、さっきみたいな雑務をこなしているらしい。
クラス委員は各クラス男女一名ずつ選出することになっていて、瞬は男子一同から推薦されてなったらしいが、茅野さんは自ら立候補したとか。
「すごいよねー……俺は頼まれなかったらやろうと思えないもん」
瞬は彼女のことをそう評したが、俺は頼まれて引き受ける瞬もすげえと思う。茅野さんも、男子が瞬だったから、立候補する気になれたのかもしれないし。
「俺も女子だったら、瞬目当てで立候補したかもしれねえな……」
「え、何……どういうこと?」
「瞬に仕事全部投げて、楽して内申稼ぐ」
「俺は男子だったら、絶対に康太とクラス委員は嫌だな」
「瞬は仮定しなくても男子だろ」
「あ……そうだった」
そんなくだらない話をしながら、帰路に着く。
長いようで短い冬休みは終わり、久しぶりの学校に特別な感慨はなかったが、心は妙に浮き足立っていた。
悪友、クラスメイト、カモ、厄介な連中……俺と瞬の周囲には、そういえば色んな奴らがいる。
この二週間くらいの間──特に新しい年が始まってからはすっかり忘れていたが、俺にまとわりついているのは、あの「条件」だけじゃないのだ。
だけど、それもみんな、命あってのことだ。
だからまずは今日を、明日を生きていくために、俺は言う。
「瞬」
「何?……あ」
マンションでの別れ際。
俺の様子で察した瞬は、背筋を伸ばすとこう言った。
「……お手柔らかに」
「普通にしてろって言っただろ」
「そうだった」
俺をじっと見つめる瞬の代わりに、前後左右をよく見て、人がいないことを確認する。誰もいない時にならっていうのが、一応、瞬と決めた「条件」だからな。よし。
「いつでもどうぞ……」
「だから普通にしてろ」
ふっと息を吐く。あまり溜めるとお互いに恥ずかしいというのが分かってきたので、ここまで来たら、すっと言った方が楽なのだ。すっと……すっと……。
「すっ……好き……っ」
「ぷっ……」
いつになく力んだ今日の「好き」に瞬が吹き出す。
それから間もなく、俺にだけ聞こえるあの電子正解音と、クソ金髪の笑い声が、マンションの廊下に響いた。
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