5月19日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





──まさか、また使う時が来るなんてね……。


部屋のウォークインクローゼットの、ずっと奥──そこに鎮座する、ガムテープでぎちぎちに封をした「開けるなキケン」と書かれた紙袋を前に、俺はため息を吐いた。


もう二度と「これ」に袖を通すことはないと──そう思っていたはずの「これ」がまた必要になった理由は、昨日に遡る。



『瞬、ちょっといいか』


『うん。何?』


昼休み──『購買に行く』と言って教室を出て行った康太が、戻ってくるなり深刻そうな顔で、俺を人気のない廊下の端の方に呼ぶから何だと思ったら。


『前に、部対抗リレーで着る服を決めてくれって言ったよな』


『う、うん……』


俺が微妙な反応を返すと、康太が目を見開く。


『おい……その反応、まさか忘れてたんじゃねえだろうな』


『そ、そんなわけないよ!』


あんなこと忘れられるわけない。幼馴染に自分が着る女装を決めてくれなんて、自分でも随分無茶なことを頼んだと思う。康太を変なことで悩ませたかも……って、後になって大分反省したし。


だけど、康太は真剣に考えてくれたみたいで、俺にこう言った。


『色々見てみたんだけどよ……瞬、俺に頼む時、前に俺が瞬の女装を……その、”可愛い”って言ったのが、自信になったからって、言ってただろ』


『うん』


『それなら、あの時と同じ格好をしたらいいんじゃねえかって思って。あれ……結局、誰にも見せないで終わっちまっただろ』


康太が森谷と実春さんには勝手に見せてたけどね。


でも、それは言わない。もう過ぎたことだし。俺が黙って頷くと、康太は続ける。


『瞬も一回、着るつもりだったやつだし、まだ着やすいんじゃねえかとも思って……衣装も新しく買わなくて済むし、どうだ?』


『うん……分かった』


康太の提案に俺は乗った。確かに……あれならまだ抵抗がないし、衣装も一式あるから準備がしやすい。康太に頼まなかったら思いつかなかった案に、俺は、やっぱり康太に言って良かったと思った。


『じゃあ……これやるよ』


『……ポテから?』


そして、康太は俺にポテからを差し出してきた。『何で?』と訊いたら『応援』と言ってた。俺はありがたくそれを貰って……でも、康太の『応援』はそれだけじゃなかった。


『……もったいないだろ』


『もったいないって?』


『あんなに可愛かったのに』


『え?』と言う前に、康太が『戻ろう』と言った。でも……そんなこと訊き返さなくても、ちゃんと聞いてた。だからこそ、俺は俄然やる気になって──。



「……よし」


意を決して、ガムテープを剥がし、袋の中から「それ」を取り出す。

久しぶりのご対面になった「それ」──白地に水色の襟、襟と同じ色の膝丈のスカート、えんじ色のリボンが付いた「セーラー服」をまじまじと見つめる。


──これを、もう一度……。


ちょっとドキドキするけど、康太が背中を押してくれたんだ。あんなことでも、真面目に考えてくれた康太のためにも、ここは思い切って……。


俺は制服を脱ぎ、どこのものでもない「コスプレ用」のセーラー服に着替えた。


前に着た時は使わなかったけど、肩幅を柔らかく見せるためにいいと聞いて、実は用意していた、ベージュのカーディガンも今回は羽織ってみる。白いスクールソックスまで履いてから、俺は姿見の前でくるりと一回転してみた。


──可愛いかなあ……?


色々とそれっぽいポーズを取ってはみるけど、やっぱり自分ではぴんと来ない。ていうか、俺……ポーズのバリエーション少ないな……精々、ピースの位置を変えるくらいしか、違いがない。そういえば、写真でもいつも同じポーズばっかりだもんなあ……。


しばらくやってみたけど……結局、俺だけではどうにもならなくて。


──やっぱり、思い切って……行ってみるしかないよね。


鏡に映る自分に頷いて、俺は部屋を出る。それから、ちょっと大げさに足音を立てて、居間に向かい──。


「おう、瞬。遅かっ──」


ドアを開けて、居間の机でノートを広げている康太の前に現れた。


「……」


「……」


しばらくお互いに見つめ合う。


「……何してんの?」


……康太の言うことはもっともだった。


放課後、今日は康太と俺の家でテスト勉強をすることになったんだけど、俺はその途中、康太に「ちょっとお手洗い行ってくるね」と席を外したのだ。それが戻ってきたら、幼馴染が「セーラー服」になってたんだから、康太はさぞ、びっくりしたことだろう。俺も、自分でもちょっとどうかなと思ってる。でも──。


「れ、練習……」


俺がそう言うと、康太は目を丸くしたまま言った。


「え、今?」


「い、今……」


だって、康太がこうやって家の中まで入って来るのは、ちょっと久しぶりなのだ。前はテスト勉強とか、何でもなくてもしょっちゅう来てたけど……最近は、精々玄関くらいまでだったし。

そのことに、多少舞い上がってる自分にも、昨日言われたことで、ちょっと……いや、だいぶ、その気になってる自分にも、俺は気付いていた。


──つまるところ、俺はまた康太の「あれ」が欲しくて。


「そ、そうか……」


恥ずかしさも忍んで、こんな風に康太を困らせる自分に呆れるけど、俺は訊いた。


「どう……?」


「どうって、まあ……可愛いんじゃねえかと思うけど」


言わせたと思った。

ほんの少しの罪悪感と、でも欲しかったものが手に入ったので、俺も康太に「今日の分」を言った。

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