5月18日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「暑……」


「暑いね……」


四時間目の終わり。ぞろぞろと校庭から教室へと戻りながら、青い空と、憎らしいくらい眩しい太陽を仰いで嘆く。時々吹く涼やかな風が、体育で流した汗を冷やしてくれると、気持ち良いけど──それにしても暑い、暑すぎる。


昨日から続くこの異常なまでの暑さに、油断してると具合が悪くなっちゃいそうだ。ましてや、病み上がりの康太なんて、もっと心配で……。


「康太は大丈夫?無理しないでね」


隣を歩く康太にそう言うと、康太は「大丈夫」と力なく頷いた……本当に大丈夫かな。そう思っていると、康太が「なあ」と俺に言った。


「教室戻る前にそこの水道寄っていいか?喉乾いた」


「いいよ。俺も水飲んでこうかな……」


校庭から昇降口に向かう途中に、水飲み場がある。俺と康太は昇降口に向かう集団から離れ、そっちへ向かった。


「ああー……生き返る……」


水飲み場に着くと、康太は蛇口を上向きにして、頭から水を被るくらいの勢いで水を飲んだ。俺も康太と並んで、蛇口を捻り、水を飲むけど──康太は、体操着が濡れるのもお構いなしに、ついでに顔もばしゃばしゃ洗っていた。


「康太……また風邪引いちゃうよ」


「大丈夫だろ、どうせ着替えるし」


「そうだけど」


きゅ。


康太が蛇口を締めて、顔を上げる。それから、大きなワンちゃんがするみたいに、ぶるぶると頭を振って、水を切った。それは隣にいる俺にも降りかかってきたのに、俺は厭うよりも先に、康太に目を奪われていた。康太の周りで弾けた水飛沫が、光を浴びてきらきらする──その眩しさに。


──康太……。


「瞬」


「え、わっ!?」


だけど、そんなちょっとの情感が命取りだった。気が付くと俺は康太に水をかけられていた。手のひらに握っていた水を顔の前でぱっと解き放ったのだ。冷たい水飛沫が顔にかかって、反射的に俺はぎゅっと目を閉じた。頭を振って、水気を払ってから、康太を睨む。


「もう、何するの!」


「瞬がぼんやりしてるからだろ」


「このー……」


康太のにやにや顔で闘志に火が付いた俺は、負けじと、蛇口を捻って水を掴み、康太の顔にかけてやる。


「おい、何すんだよ!病み上がりだぞ」


「さっき大丈夫って言ったでしょ」


「クソ瞬……」


悔しがる康太に「一矢報いたな」と笑ってたら、すぐにまた水を引っかけられる。今度は体育着にまで、結構かかってしまって、大変だ!と思ったけど、それ以上に、冷たくて気持ち良くて……楽しくなってきた。

そう思ったら、もう何でも良くなっちゃって──俺と康太は、しばらく夢中で水をかけあって遊んだ。


「……」


「……」


ひとしきりはしゃいだところで、ふと、足元にできた水溜まりを見て冷静になる。


「これさ……」


「マズいよね」


気が付くと、俺達は全身びっしょびしょだった。体操着の裾がちょっと絞れるくらいだ。これじゃ、教室に帰れない。


「ちょっと……日光浴してから帰ろうぜ」


「そうだね……」


俺と康太は水飲み場から離れて、手近な段差に腰を下ろす。ちょっとでも早く乾くように、日向に両足を投げ出すと、ちょっとの間忘れてた暑さをすぐに思い出した。乾くを通り越して、こんがり焼けちゃいそうだ。何やってんだろ……本当。


「瞬って」


「何?」


暑さもあって、しばらくそうやってぼんやりしていると、ふいに康太が口を開いた。


「足小さいな」


何だと思ったら、今更そんなことか。


「そうでもないよ、たぶん。康太とそんなに変わらなくない?」


「いや、変わるって、ほら」


康太が伸ばした左足を俺の右足にこつん、と当ててくる。確かにこうやって並べると、俺の方がちょっと小さいかもしれないけど……俺は、悔し紛れに康太の左足を右足で弾き返して、言った。


「ちょっとだけだよ」


「靴のサイズいくつだ?」


「……25」


「27」


「どうでもいいよ」


勝ち誇ってる康太にそう言って笑うと、「まあな」と康太も笑った。


風が校庭をさあっと吹き抜けた。涼しくて気持ち良くて、目を細めると、康太が言った。


「なんか眠くなってきたな……」


ふわあ、と康太が大口を開けて欠伸をする。綺麗な康太の顔が、人並みになる瞬間だ。俺はその横顔を見つめながら、ぼんやり考えた。


──膝枕してあげようか、なんて言ったら、乗るかな……。


いい加減、おかしなことを考えていると思う。暑さのせいかな。でも、そんなおかしなことでも、この異常な暑さの下でなら、理性が「常識」との境目をひょいと超えて、起きてしまうかもしれない。


そんな期待に背中を押されて、俺は言ってみた。


「膝枕……する?」


「え」


康太が眉を寄せる。その表情で俺は、我に返った。慌てて「なんてね」と付け足したけど、俺を見つめる康太の「間」が怖い。乗らないならいっそ、「何言ってんだ」とか何か言ってほしい……背中に汗が伝うのを感じていると、康太は言った。


「じゃあ……ありがたく……」


康太がおもむろに身体を横にして、俺の右太ももあたりに頭をそっと載せてきた。まさかの行動にびっくりしたけど、ふと冷静になると「ありがたく……」って言い方が、なんだか可笑しくなって、俺は笑った。康太が俺を見上げる。


「な、何だよ。瞬が言ったんだろ」


「だって変なこと言うから……俺、康太がたまに何か変な言い方になるの、好き……」


声を上げて笑ってたら、康太は「お互い様だろ」と拗ねたように言った。


その時、昇降口の方からバスケットボールを弾ませながら出てくる三人組が見えた。「やべえ」と康太が起き上がると、少し残念な気持ちになったけど……服も大分乾いたので、ちょうどよかったかもしれない。


空に向かって、ぐっと伸びをしてから「行こう」と言った康太に、俺も「うん」と言ってついて行った。

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