9月24日(日) ②
「どっちが、どっちって……」
俺の問いかけに、瞬が目をぱちくりさせる。十秒ほどそうすると、瞬は俯いてもじもじしながら言った。
「……その、う、上になる方が、どっちかってこと……?」
「お、おう……」
瞬が蚊の鳴くような声で、恥ずかしそうにするから、俺にまでそれがうつって、恥ずかしくなる。
だけど、ここで躊躇っても仕方がない。瞬から視線を逸らしながらも、俺は思い切って、瞬に訊いた。
「しゅ、瞬は……どっちがいいとか、あるのか……?」
「え?そ、そんなの、俺は……康太こそ、どっちがいいとか、あるの?」
「お、俺は、まあ……」
自分の中で、どうしたいとか、そういうのはよく分からないから、それならせめて瞬の望むように……と思って訊いたんだが。
逆に質問されて、答えに詰まる。
──どっちが、どっちになるか。
これが決まらないと、まず先に進むことはできない……厄介な問題だ。男女なら迷うこともないのだろうが、俺達は男同士だ。
ある意味──どっち側にもなれる。だから、自分達で決めなければならない。
とはいえ、なんとなくだが……俺の中に「どっちがどっちだろう」という予感はある。
なんたって……。
「……どっちがいいってわけじゃねえけど。俺の方が瞬より背もあるし、体格も勝るだろ。だから……まあ、俺の方が、上になるのかとは思ってる」
そうだね──と、瞬が頷いて……なんて反応を待っていた。しかし、そうはならなかった。
俺の発言は瞬の「負けず嫌い」に火を点けてしまったのだろうか──瞬はほんの少し、むっと眉を寄せつつ、言った。
「それはそうだけど……お、俺だって、男だよ。好きな人を、リードしたいって気持ちは、ある……」
長年付き合ってきた幼馴染の、ちょっと意外なくらい雄々しい発言に、俺は胸がどきっとした。……いや、「きゅん」としたって言う方が近いかもしれない。つい、このまま瞬に身を委ねて……と考えたが、すぐに思い直す。
俺は首を振って言った。
「いや、それを言われたら、俺だって……体格云々ってより、まずプライドがある。だから、俺が……上になる」
「それは俺だって……」
お互いに、このままでは埒が明かない……という雰囲気が漂う。いつまでも、こう足踏みはしていられない。
どうするか──と頭を悩ませていると、ふいに、瞬が口を開いた。
「……は」
「ん?」
小さな声でおずおずと切り出した瞬は、少し躊躇ってから……覚悟を決めたのか、俺を真っ直ぐに見据えて、今度ははっきりと、こう言った。
「両性具有のヒラムシは、お互いの性器を……見せつけあって、それで、負けた方が、雌として卵を産むんだって」
「……」
──つまり……どういうことだ?
唐突な瞬の発言に、思わず、頭の中で宇宙が広がりそうになっていると、瞬は慌てて「ご、ごめん」と手をわたわたさせながら言った。
「……う、意味分からないよね?ごめん。忘れて……ちょっとこの前、テレビで見たことがよぎっただけだから……」
「い、いや……その、なんていうか」
瞬の言いたかったことは分かる。要するに、ヒラムシの生態を俺達に置き換えて……俺と瞬で「男」を競うってことだ。
その結果、負けた方が「下」になると。なるほど、分かりやすい。それなら──。
「……いつまでもこのまま、ぐだぐだしてるわけにはいかねえだろ。その案、乗った」
「え、え……?」
自分で言っておきながら……とはいえ、戸惑う瞬の不安は分かる。俺は瞬の肩にそっと手を置いて「大丈夫だ」と言って続けた。
「……競うだけなら、なにも、見せ合わなくてもいいだろ。ここは……自己申告でいこうぜ」
「じ、自己申告?」
俺は頷く。
「ああ……お互いの、プライドの大きさを、嘘偽りなく申告しよう。それでもう、潔く決めようぜ」
「……っ」
緊張からか、瞬が唾を飲む。それから、膝の上できゅっと握った拳と、俺との間で視線を彷徨わせていたが、やがて、瞬はこくりと頷いて言った。
「……わ、分かった」
俺も瞬に頷いて返す。俺を見つめる瞬の瞳は、不安や羞恥、掬っても簡単には選り分けられないような色々な感情で揺れていた。
それならここは──。
「……じゃあ、俺から言う」
「康太……うん」
瞬の返事を合図に、身を硬くして、俺を上目遣いに見つめる瞬の耳元に顔を寄せる。この部屋には、今は俺と瞬の二人きり(だと思いたい)だが、俺は何となく……手で筒を作った。そして、瞬に耳打ちする。
「──……センチくらい……」
「──っ!?」
その瞬間──瞬はばっと俺から離れると、何故か目を丸くして、俺を見つめる。そして、俺の頭から爪先までの間を何往復も視線をうろうろさせた。その末に──瞬は突然、ベッドに仰向けに寝転び、俺に言った。
「俺が下になろう……」
「スイミーか」
赤い魚の群れの中心に飛び込んでいく、あの黒い魚のように言った瞬に、思わずツッコむ。ていうか……。
「瞬……なんか、ズルくないか?俺にだけ言わせて」
「だ、だって……もういいかなって……」
「リードしたいとか言ってたのはどうしたんだよ」
「おこがましかったです……」
そう言って、虚空を見つめる瞬の目は「無」になっていた。完全に戦意を失っている。俺は「しょうがねえな」と頭を掻いてから、仰向けに寝転ぶ瞬の上に跨った。
「こ、康太」
シーツに両手をついて、瞬をベッドの上に押し倒すような格好になると、俺の腕の間で、瞬が身じろぎする。胸の前で組んでいる手が震えているように見えたので、俺はその手に、自分の片手を重ねて言った。
「……大丈夫だ」
「うん……俺も、そう思ってるけど……ごめん、緊張しちゃって……」
俺が重ねた手を見つめながら、瞬がそう零す。手だけじゃなくて、声も少し震えていた。
俺はそんな瞬に、何て言葉を掛けようか迷ったが……気の利いたことは浮かばなかった。俺の方も緊張してるからだ。
それでも何か……と思い、俺は、瞬の手に重ねていた手で、今度は瞬の頭を撫でた。視界の隅に一瞬チラついた【10pt】という表示は追い出す。しばらくそうしていると、瞬はやっと強張っていた表情を少し緩めて、言った。
「……ありがとう」
「……もう、大丈夫か?」
俺が訊くと、瞬は頷いた。それは、この先に進む準備が整ったという合図だった。
俺と瞬は、じっと見つめあった。まず、どうするんだっけ……と互いに考えているのが、口にしなくても分かった。
その時ふと、俺の頭の中で言葉が響く。
──『瀬良の中の猿的な部分が、何とかするんじゃねえかってことだ』
猿的な部分。
「……康太」
それが働いたのかどうか──俺を見つめてそう呼んだ瞬の声が、俺を求めているように聞こえた瞬間。
何かに突き動かされるように、俺は瞬の唇を奪っていた。
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