404 Not Found ①
──七年前。
──キーン、コーンカーンコーン……。
朝の会がはじまる、五分前のかねが鳴った。クラスのやつらとしゃべっていたのをやめて、席に座ると、うしろのドアががらがらと開いて、しゅんが入ってきた。
教室の後ろを通って、ぱたぱたと自分の席に戻ろうとするしゅんを見て──おれは、ちょっとした「いたずら」を思いつく。
「……」
「わあっ!?」
──ほら見ろ。だいせいこうだ。
おれの席の横を通ろうとしたしゅんの前に、ちょんと片足をのばしたら、しゅんはまぬけな声を上げて、つまづきそうになったんだ。おれは、それがおもしろくて、げらげら笑った。
「なにすんだよ!」
すると、なんとか体勢を立て直したしゅんが、ほっぺをふくらませて、おれをにらんだ。そんな顔をしたって、しゅんは、ちっともこわくない。おれは、しゅんにべろを出してから、「もっと気をつけて歩けよ」と言った。
しゅんは、くやしそうな顔で、「こうたのばか!」と、おれのせなかを手のひらでぺちん、とたたいてから、ずんずん歩いて、自分の席に戻っていった。朝からゆかいだ。しゅんのくやしそうな顔は、何回見てもおもしろい。
そのうちに、先生が教室に入って来て、朝の会がはじまった。
健康かんさつのと中、三号車の一番前の席に座るしゅんを、ちらりと見ると、しゅんもおれを見ていた。しゅんはおれと目が合うと、小さく舌をべっと出した。なまいきなやつだ。朝の会が終わったら、どんな風にからかってやろうか、とおれはひそかにたくらんだ。
「おい」
「なに、こうた」
朝の会が終わったら、おれはいちばんに、しゅんのところへ行った。
てっきり、しゅんは、まださっきのことをくやしがってるんだろう、と思ったけど、しゅんはおれを見ると、ぱっと笑顔になった。なんだよ、変なやつ。
だけど、気にせず、おれはさっき、心の中で考えた「しゅんをからかう作戦」を実行するだけだ。そう思って、口を開きかけたのに、それをじゃまするみたいに、先にしゅんが「あ、そうだ」と言った。
「昨日はありがとう。こうた」
「は?」
──ありがとう?
一体何のことだ──と首をひねっていると、しゅんは「とぼけなくていいんだよ」とこう続けた。
「昨日、おれが……生活科室に入れなくて、みなと先生のお別れ会に行けなかった時、こうたがせなかをおしてくれたでしょ」
「は?な、なんだよ……それ」
わけがわからなくて、おれは、しゅんからぷい、と顔をそむける。しゅんは、そんなおれに笑いながら「ばればれだよ」と言った。
「だって、おれがうしろをふりかえったとき、こうたの頭が見えたもん。それに、ポケットにおりがみを入れてくれたのも、こうたでしょ?おりがみのことは、こうたしか知らないから」
「し、知らねえよ……」
しゅんが、おれの顔をのぞきこもうとしてくるのを必死によける。知らないったら、知らない。そんなこと……おれが、昨日、めそめそしてたしゅんのことが気になって、生活科室まで見に行ったことなんて、なかったし。
それなのに、しゅんは「えー」と言って、引き下がらない。
「そんなの、うそだよ。あれはぜったい、こうただったよ。こうたなんでしょ」
「うるせえな……!ち、ちげえって言ってるだろ」
しつこいやつだ。おれは、しゅんのことがうっとうしくなって、しゅんの胸のあたりを手で押した。
しゅんは、「わっ」と言って、ふらっとしたが、なんとかふんばった。また、くやしそうな顔でもするかと思ったが、しゅんは今度は「えへへ」と笑って言った。
「いいよ。おれは知ってるもん。こうたが来てくれたんだって……ありがとう」
「……」
……おもしろくない。
せっかく、しゅんをからかってやろうと思ったのに、なんだかそれどころじゃない。胸が……イラつく。
おれはだまって、しゅんから、はなれようとした。だけど、そんなおれに、しゅんは「あ、そうだ」とのんきな声で言った。
「こうた」
「……なんだよ」
「おれ、こうたのこと、大好きだよ」
「は、はあ!?」
とつぜん、なんてこと言うんだよ!
おれは、他のだれかに聞かれてたりしないか、まわりをぐるぐる見た。だけど、みんな、それぞれしゃべってたりしてるから、たぶん、だいじょうぶだ。だれも、おれらのことなんか見てない。
おれは、ぽやん、とおれを見ていた瞬のほっぺを、おもいっきりつねって言った。
「い、いきなり変なこと言うなよ!ばか!」
「ひっ、ひはいお……ほうは……!ら、らっへ……」
ほっぺをひっぱられてるせいで、何を言ってるか分からなくて、よけいにムカつく。手を離してやると、しゅんはほっぺをおさえながら、「だって」と言った。
「大好きはまほうなんだって、昨日、みなと先生が言ってたんだ。大好きな人には、ちゃんと大好きって言ってあげてねって。しゅんちゃんの大好きはまほうの力があるって」
「……」
「こうたは、いつもいじわるするけど、本当はやさしいって知ってるよ。おれ……だから、こうたが大好きだよ」
──ムカつく、ムカつく……。
いきなり、こんなことを言い出したしゅんも、しゅんに変なことを教えた「みなと」も。
おれはしゅんに、それ以上、何も言わず、くるりとせを向けて、自分の席にもどった。
☆
それからも、しゅんは、何かあると、すぐにおれに「大好き」だと言うようになった。
ずるをして給食のおかわりじゃんけんで、しゅんをこてんぱんに負かしても、そうじの時、順番をごまかして、しゅんにばっかりぞうきん係をやらせてみても、しゅんに借りた教科書のはじっこに「うんち」を書いてみても、しゅんは俺に「大好き」だと言った。
『こうたは、いつも、おれにいじわるなことばっかりするのに、朝も帰りも、ぜったいにおれのこと、まってくれるよね』
『こうたは、おれが職員室に行く時、いつもついてきてくれるよね』
『こうたは、ドッジボールの時、いつも、おれには当てないね』
……しゅんは、本当にしつこかった。細かいことを、ちまちまちまちま見つけては、いちいち、おれにそれを言って「大好き」だと言う。「みなと」になんて言われたのか知らねえけど、本当に本当に……しつこかった。
それに、場所も考えないからこまる。教室でもろう下でも、帰り道でも、とにかく、みんながいるとか、関係なく言う。おかげで、クラスのやつらに「こうた、しゅんとけっこんすれば」とか、からかわれるのが、本当にムカつく。当のしゅんは、のほほんとしてるから、よけいに。
だから、おれは最近、しゅんを無視している。そうすれば、変なことも言われなくなるし、ムカつくこともなくなる……まあ、ちょっとの間だけだ。クラスのやつらが気にしなくなるまでの、ほんのちょっとの間。しゅんも、分かってるだろ……あんなに、「大好き」とか、言ってたんだから。
──でも……。
だけどそのうちに、しゅんは、おれに話しかけてくることも少なくなった。
朝も帰りも、他のやつとさっさと行くようになったし、そうじの時間だって、同じ班なのにほとんど話さない。前みたいに、ムカつくことはないけど──今の毎日は……。
「つまんねえ……」
何時間目かも忘れた、こくごの時間。先生の声も適当に聞き流しながら、おれは、机にべたっと伏せて、呟いた。
しゅんと口をきかなくなって、どのくらいがたっただろう。体で感じる時間だと、もうずっと、何年もそうだったような気がするけど、実際にはたぶん、一週間くらいだ。まだ、おれとしゅんがふつうにしてた時間の方がずっと長い。長いけど……。
──どのくらい、こうしてるんだろうな……。
自分からはじめたことのくせに、最近は、つい、そんなことを考える。
だけど考えれば考えるほど、いまさら、どうやってまた元にもどればいいのか分からない。今までどんな風にしゅんとしゃべってたのか、うまく思い出せない。バリアでも張ってあるみたいに、おれの体は、しゅんのそばに近づけない。どうしたらいいか分からない。クソ……。
──でも、別に俺は……。
しゅんみたいな、まぬけなおさななじみ、いなくたって……いなくたって。
その先を言えないおれに、おれはどうやっても気付いてしまう。おれは机にほっぺをくっつけて、息をはいた。
そのうちに、前の席のやつからプリントが回ってきた。タイトルは──「手紙の書き方」。
──手紙?
ふと、黒板をみると、でかい字で「身近な人に手紙を書いて送ろう」と書いてある。ああ、そうか。これが、今日のじゅぎょうなのか……と今さら知る。
プリントの左半分には、タイトルの通り、「手紙の書き方」。もう半分は便せんみたいになってて、要するに、ここに、身近な人への手紙を書けってことらしい。
『手紙を書くということは、とにかく時間がかかるものです。しかし、それは自分の心としっかり向き合うチャンスでもあります。じっくり考えて、送る相手へ届けたい気持ちを、しっかりと筆にのせましょう。』
──自分の、心……。
届けたい気持ち。
おれは、ぼんやりと思った。
──ここに書けば、しゅんに……伝えられるのか?
おれの体が、しゅんの周りに張ってあるバリアをくぐれなくても、手紙ならたぶん、しゅんに……届く。届けられる。
──だって、おれだって……本当は……。
みんながえんぴつを握って、手紙を書きだす。おれも、体を起こして、ふでばこから、えんぴつを取り出した。いつも使う、ドラゴンの絵がついた短くなったえんぴつじゃない。まだ、二、三回しか使ってない、俺が持ってるやつの中で、一番ちゃんとした青いえんぴつだ。こいつで書く。
えんぴつをにぎりしめて、手紙に向かう。言いたいことは、ひとつだ。しゅんが……しつこいくらい言ってたみたいに、かんたんなこと。
時々、まわりを気にしながら、スパイがひみつの仕事でもするみたいに、おれはこそこそと、その手紙を書く。
──できた。
そう思った時だった。
「うわ、こうた。しゅんに書くのかよ」
いきなり現れたやつが、よこから、おれの手紙をのぞきこんで言った。
おれは、むっとして、のぞきこんできたそいつに言った。
「な、なんだよ!勝手に見んなよ!」
「だって、こうた、なんかこそこそ書いててキモかったから」
「何、こうた。何書いてんだよ」
「しゅんなんてそこにいるんだから、直接言えばいいのに」
そうこうしているうちに、机のまわりに、わらわらとクラスのやつらが集まってくる。おれは、手紙を手でかくしながら言った。
「う、うるせえな!何だっていいだろ!こっち来んなよ」
「見せられないようなこと書いてんのかよ」
「いいだろ、ちょっとくらい」
「うるせえ!」
手紙をうばい取ろうと近づいてきたやつのうちの一人を、突き飛ばす。そいつが転んで、床に尻もちをついたので、教室がさわがしくなりはじめる……やべえな。
「ちょっと、そこ。何やってるの」
すぐに、先生がおれ達の方へ向かってくる。クソ、だって悪いのは、人の手紙をのぞき見しようとしたこいつらなのに……何て言いわけしようかと考えていた、その時だった。
「すきあり!」
「あ、おい!」
先生に気をとられていたすきに、そばにいたやつに手紙をうばわれる!
おれは、体がかっと熱くなって、そいつに飛びかかろうとした。だけど、やつは、デブのくせに、おれをひらりとかわして、手紙を読み上げたのだ。
「えー……しゅんへ。さいきん、あんまりはなしてないな。だけど、おれは……本当はしゅんがすきで……」
「すきだって!」
手紙を読み上げたデブのまわりで、クラスの奴らが笑い出す。そのしゅんかん、おれの中で何かがぶち切れて、おれは、デブがもっていた手紙を無理やりうばい取って、びりびりに破った。それから、何もかもをかき消すように、教室中にひびく大声でこう言った。
「しゅんのことなんか、ぜんぜん、すきじゃねえよ!こんなの……おれの気持ちでもなんでもねえ!」
教室がしん、と静かになる。はいた息がふるえて、熱い血がまだ体をぐるぐるする中で、ふと、目が合った瞬の顔は、今にも泣きだしそうに見えた。
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