1月17日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「瀬良」


「……ああ」


「愛してる」


「……」


無言で見つめ合うその相手は、いつもの変態演劇部部長ではない──西山だ。


俺は西山の「告白」に返事をする代わりに、ただただ、目の前にあるその顔をじっと見つめていた。西山もそうだった。


互いに一歩も引かない睨み合いが数十秒続く。

すると、脇でその様子を見ていた森谷が告げた。


「引き分け!」


「「あ〜……!」」


瞬間、張り詰めていた緊張の糸がぱっと解けた。

俺も西山も、脱力して椅子の背にもたれる。


「あー……クッソ……瀬良はなかなか手強いな」


「まあな」


「はは。まあ、瀬良は『嫁』にでも言われなきゃ、反応しねーよな」


「うるせえよ」


「何だよ、嫁って」


森谷が首を傾げているので、俺は「次、お前の番だろ」と森谷を急かして誤魔化した。……こいつに教えるとダルいからな。


俺は椅子から立ち上がり、代わりに森谷がそこに座る。


今度は、森谷が西山の方を向いて「愛してる」と言った。西山が渋い顔でそれを受け止める。俺は二人のそんな様子を見守った。


──俺達は今、あるゲームをしている。


『愛してるゲーム?』


『そう。知ってるか?最近流行ってるらしいんだが』


昼休み。西山と森谷と何気なく駄弁っている時だった。西山は、そのゲームに俺と森谷を誘ってきた。


『お互いに「愛してる」って言いあって、先に恥ずかしがったり、笑ったりした方が負けってゲームだ。まあ、睨めっこみたいなもんだな』


『へえ、面白そうなゲームだな』


森谷が興味を示す。西山がニヤリと笑った。


『だろ。ちょっとやってみないか?』


『いいな。暇だしやろうぜ。瀬良も』


俺は正直、そのゲームに微塵も興味がなかったが、こう二対一になってしまっては一人だけ乗らないのもアレだ。


俺は渋々、西山の誘いに乗った。


──まあ、このゲーム、俺が負けるわけがないしな。


「愛してる」


「……っう、ぷっ……はははは」


俺の「告白」に森谷が耐えきれず、吹き出す。


「瀬良やべえ〜!真顔めっちゃウケる、はははははっ!」


……ちょっとムカつくな。まあいい、俺の勝ちだ。


「瀬良はこのゲーム強いな。やる方も受ける方もどっちも全然動じねえ。やったことあるのか?」


「いや……」


だって、俺これ、毎日やってるからな。しかも、命がかかってるマジのやつだ。もはや、それで生計を立ててると言っていい。俺はプロだぞ。


……なんて、もちろんそんなこと言えるわけもなく、適当に「こんなん大したことねえよ」と流す。


「なんか妙な風格さえあるぜ……」


「よ、瀬良名人」


「黙れ」


そこへ、クラスメイトの一人がやってきて、俺に「呼ばれてるぞ」と声をかけてきた。


廊下へ出てみると、俺を呼んでいたのは瞬だった。


「おう」


「あ、康太。あのね……ちょっと頼みたいことがあって──」


「おう」


……なんてことない、いつもの瞬だ。

朝会った時も瞬は普通で、昨日の帰りみたいな刺々しい雰囲気はなかった。だから、俺も昨日のことは適当に忘れることにしている。


「──で、お願いしていい?」


「ああ、帰りな。分かった」


「お、やっぱり立花だ」


ふいに、俺の背後から西山が顔を出す。うっすら、嫌な予感がした。


「西山。どうしたの?」


「ああ。今、ちょっと面白いゲームをしてたんだが、瀬良がめちゃくちゃ強くてよ。立花なら俺達の敵、とってくれるんじゃねーかなって。どうだ?」


ほらな。こうなると思った。それに素直な瞬ならきっと──。


「へえ、何それ。楽しそうだね」


ほらな(二回目)。


「おい、瞬……こんなの」


言いかけて、俺は思いつく──そうだ。


これは、使える。


瞬をこのゲームに参加させれば、ゲームの流れで自然と「条件」をクリアすることができる。文言の方は適当に変えてしまえばいいのだ。

くだらねえゲームだと思っていたが、案外悪くない。よし。


俺は瞬の肩を叩く。


「勝負だ──瞬。このゲームで俺を倒してみろ」


「よ、よく分かんないけど……よし」


俺の雰囲気に圧されたのか、瞬の瞳に炎が宿ったような気がする。西山が口角を上げた。


俺は瞬を戦いの場へと誘った。





「じゃあ、俺が康太に『愛してる』って言えばいいんだね?」


「ああ。やる方だと、瀬良は眉一つ動かさないし、強すぎるからな。立花がひたすら、瀬良に告白しまくって倒してくれ」


「何でだよ」


俺は頭を抱えた。俺が言う方にならないと意味ないだろ。


「瞬にも受ける側をやらせろよ。不平等だろ」


「俺、睨めっこ弱いし、きっと負けちゃうよ。やるなら言う方がまだいいかな……」


「だってよ、瀬良名人。ハンデくらいやれよ」


「くっ……」


俺は唇を噛み締めた。確かに、瞬は睨めっこが死ぬほど弱い。弱すぎてゲームが成立しない可能性すらあるが……。


「瀬良が嫌だって言うなら、俺が変わってやっても……」


「早くやろう、瞬」


森谷を遮るように、俺は瞬を急かす。……こうなったらさっさとゲームを終わらせて、瞬をこのクラスから逃そう。その方がいい。


正面に座る瞬に向き合う。瞬も背筋を伸ばして、俺を見据えた。


「よし、二人とも準備はいいか?よーい……」


はじめ、と西山が合図する。


「康太」


「おう」


瞬が息を吸う。大袈裟なやつだな。こんなのさっと言っちまえばいいのに。さっと。


「人のこと言えんやろ」


いつのまにか、ギャラリーが一人増えていた。視線を向けるまでもなくクソ矢だ。うるせえ。


「康太……」


「おう、どうした」


「言う方がまだいい」とか言ったくせに、瞬は口を開いたり閉じたり、いつまでもモジモジしている。……正直、もうアウトじゃねえかって気もするが、まあ、大目に見るか。


「なんか妙に緊張するな……」


瞬の様子に、へらへら笑って見ていた西山まで苦笑いだ。「はあ……はあ……立花……」森谷は言わずもがなだった。


「瞬、早く言わないとタイムオーバーで負けにするぞ」


「ええ、あ、待って!言う、言うけど……」


「早くしろ」


「う……」


散々視線をうろうろさせた挙句、意を決して、ついに瞬が立ち上がる。


「康太!」


瞬は俺の両肩に手を置いて、息を思い切り吸ってから言った。



「愛してるよっ!!」



──教室中に響き渡る声で。


「おー……」


西山が何故か拍手する。


クラスの視線を一身に受けた瞬は、湯気が出るんじゃないかってくらい、顔を真っ赤にしてその場にへたり込んだ。


……勝負、あったな。





「ああー……もう、すっごく恥ずかしかった……」


帰り道。エコバッグを提げた瞬がため息を吐く。その隣で、俺も色違いのエコバッグを提げて歩いていた。


今日は火曜日。近所のスーパーが、火曜市とやらで、日用品やら何やらが安くなる日らしい。

だから、俺は昼間、瞬に頼まれた通り、こうして買い物に付き合っていた。一人一個までとか、個数限モノがあるからな。


「瞬は本当、ああいうの弱いな」


「康太が強すぎるんだよ……あれ、でもそれってコソ練の成果なのかな」


「まあ、そうかもな」


あんまり、役には立たないが。

ああ、でも折角なら何か賭けて勝負すればよかったか。そうすりゃ、森谷あたりをカモれたかもしれない。もったいないことしたな。


「康太……何か、すごく悪いこと考えてない?」


「生存戦略と言え」


「そうかな……?」


瞬が首を捻る。それから、ぱっと思いついたように言った。


「俺も康太に毎日『愛してる』とか言ってみようかな。そしたら、睨めっこも強くなる?」


「やめとけ。マジで」


俺は首をぶんぶん振って、全力で瞬を止めた。

なんだその、ハイコストノーリターン。やらなくて済むなら、こんなの絶対やらない方がいい。


「あんなゲームに瞬がマジになることねえよ」


「えー……でも煽ったのは康太なのに」


それもそうだった。

……というか、俺、煽ってまで瞬を誘ったのに、結局、「条件」クリアできてねえし。


──今、やるか。


「瞬」


「何?」


「……」


すっかり慣れた……と思う、その言葉を瞬に言おうとして、ふと思う。


──西山も森谷も、即笑ってたのに、瞬はよく毎日……普通にしてるよな。


噛んだり、力んだりした時は、さすがに笑ってたが、それ以外の時はまあ……普通に恥ずかしがってたり、でも、さらりと流してたり。


どんなに口実つけられたところで、どう考えたっておかしいのに、よくもまあ、こんなことに毎日付き合ってられる。


──俺もキツいけど、瞬だってこんなの毎日キツいよな。


ゲームとはいえ、西山や森谷に告白されるのは、俺もまあまあキツかった。

俺と瞬の付き合いはあいつらよりもずっと長いし、瞬の側からしたら、毎日もっとキツい……のかもしれない。


「……ありがとう」


「え?何急に」


「いや……なんか言いたくなって」


気がつくと、俺はそんなことを口にしていた。他に言わなきゃなんねえことはあったけど、それより先に、今は言いたかった。……ちょっと恥ずかしくなって、頭を掻く。


それを見て、瞬がふっと笑って言った。


「俺こそ、ありがとう。買い物付き合ってくれて」


「いや、何でもねえよ。こんなの」


「じゃあ俺だって何でもないよ」


一瞬、胸がどきりとした。瞬が見透かしたようなことを言ったから。……だけど、俺は生きていたので、たぶん大丈夫なんだろう。


そんなことも知らず、瞬は続ける。


「康太のこと、信じてるから」


「瞬」


俺は心の底から、ぐっと何かに押し上げられるように、言った。



「好きだ」



瞬は、にっと笑ってから「はいはい」と頷いた。

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