4月6日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
【4/5 デイリークエスト達成報酬】
・立花瞬に【花粉耐性C】を付与しました。
☆
「すごい!全然目が痒くない!」
目が覚めて一番、今までにない──というか、ある日を境に遠ざかっていた「当たり前」が戻ってきたのを感じる。
これが「花粉耐性C」か……「Cってどのくらい効果あるの?」って正直思ったけど、今までに比べたら全然良い!俺は両腕を天に突き上げてガッツポーズをした。やった!
「うーん、快適快適」
調子に乗って、腕をぐるぐる回す。くしゃみが時々ちょっと出るくらいで、あとは目も痒くないし、鼻も出ない。やっぱり昨日、頑張った甲斐があった──。
「なんや、もっと喜ぶかなあ思ってんけど」
「うん……」
いつの間にか現れていた澄矢さんが、急に俯いた俺に声を掛けてくる。花粉症が和らいだのは嬉しいけど……。
「でも、康太に引かれたり、嫌われたりしてまで欲しいボーナスじゃないなって……」
昨日の俺は正直、好奇心に負けてしまったところがあって、いきなりあんなことをされたら康太がどう思うかまで、考えられなかった……。
口はちょっと悪いかもしれないけど、康太って結構寛容で、俺が「ちょっと言い過ぎちゃったかな」って思った時も、受け止めてくれるし、余程のことがない限り、感情的に怒ったりしない。
昨日も、怒ってはなかったけど、ドン引いてたし……会って、謝った方がいいよね。
「真面目やなあ、瞬ちゃん」
「康太とはもうずっと一緒にいるけど、これからも一緒にいたいから」
「……なるほどなあ」
澄矢さんが微妙な顔でうんうん頷いてる。なんだか、俺が知らない俺のことまで知ってるような気がして、少し怖くなった。
「ま、せっかく花粉耐性付いたんやし。仲直りついでに、大分散ってもうたけど、お花見でも行ったらええやん。康太くん連れて。ただ謝り行くよりその方が楽しいやろ」
「……そうかな」
「せやで」と澄矢さんが俺の肩に手を回してきた。振り払いたかったけど、俺から澄矢さんに触れることはできなかった。でもまあ……不思議とパワーは湧いた。
「よし」
俺は、頬を軽く叩いて気合いを入れ、ベッドから出た。
「な、【デイリークエスト】悪くなかったやろ。今日も──」
「今日はいいです」
☆
「やっぱ、もう大分散ってんな」
「そうだね」
身支度とか色々整えて、一時間後。俺は康太を誘って、桜が並ぶ土手沿いを歩いていた。
昨日は雨も降っちゃったから、地面には桜の花びらがたくさん落ちていて、あんなに満開だった桜も大分寂しくなってしまった。それでも、時折吹く風で花びらがぶわあっとあたりを舞うのは、美しかった。
「今日は花粉飛んでねえのか?」
並んでゆっくり歩いていると、康太がそう訊いてくる。俺は康太にピースして見せてから言った。
「なんと、俺……花粉を克服しました!」
「なんか騙されたりしてねえか?」
「してないよ!」
たぶん。康太はそんな俺を怪訝な顔で見つめる。
「壺とか買わされてねえだろうな。高い水とか。これで花粉症が治ります!とか言われて」
「そ、そんなことないよ!強いて言えば康太のおかげかなー……なんて」
俺は笑いながらそう言いつつ、心の中で「言わなきゃ」と決める。それはもちろん、【条件】のほうなんかじゃなくて……。
「あの、康太……昨日は、いきなり変なことしてごめんね。筋肉とか……意味が分からな──」
「ああ、そうだ。見ろよ、瞬。これちょっと買ってみたんだけどよ……」
「え?」
いきなり話を遮られたかと思えば、康太は手に持っていたボトルを俺に見せてきた。
そう言えば、「散歩に行こう」って誘った時、「ちょっと待ってろ」とか言って何か持ってきてたな……何だろ。
康太が持っていたボトルは半透明で、中には茶色っぽいココアみたいなどろっとした液体が入っていた。これは……?
「プロテインなんだけど」
「ぷ、プロテイン?なんで?」
「いやだって、ほら……俺、結構いい感じなのかなって……」
言いながら、康太はTシャツの袖を捲りあげて、腕を見せてくる。ものすごく筋肉質ってわけではないけど、男らしくそこそこに固い感じの腕。少なくとも、俺よりはずっと逞しいけど……。
──昨日、褒めておいてなんだけど、普通というか……。
でも、康太はやたら腕を曲げたり伸ばしたりして見せてるし、その横顔はちょっと嬉しそうな感じだ。もしかして……。
「ちょっとびっくりして、微妙な反応しちまったけど……あんなこと言われたの初めてだし、俺ってそうなのかなって。瞬があそこまでして言うくらいだからそうなんだろ?なんか、照れるよな……」
満更でもない感じだ、これ──!
「えっと……もしかしてそれでプロテイン……?」
「まあ、な……つい」
俺は深い責任を感じた。なんてことだ……プロテインって決して安くないのに。すっかり康太をその気にさせてしまった……こうなると今更謝ることもできない。謝ったら、むしろ康太に対して失礼になる。これは、言わぬが花かな……。
でも。
「ふふ……」
「何だよ?笑ったりして」
「ううん……なんか、康太可愛いなあって思って」
つい、ぽろっとそう言ってしまった。すると、康太が眉を寄せる。
「今度は可愛いかよ。昨日から変なとこばっかり褒めるよな……」
「いいじゃん。俺、康太のそういうところ好きだよ」
──あ、何か自然に言えた。
でも、康太ってこういうの聞いてないんだよな……そう思いながら隣を見ると、康太は「ふうん」と言って、川の方に視線を遣った……よかった、聞いてたみたい。
「わっ」
その時、前から自転車が結構なスピードでやってきた。思わず声を上げると、すかさず康太は俺の腕を引いてくれて、おかげで自転車を避けられた……ちょっと危なかったな。
「ごめん、ありがとう──」
そう言って、康太を振り返って初めて──俺は康太の腕の中にすっぽり収まるような格好になっていたのだと気付く。
「ああいうのもいるから気をつけろよ」と康太は俺を離したけど……俺はまだ、康太が離れた気がしなかった。
──普通とか言ったけど。
俺は、自分が言ったことも、あながち出まかせなんかじゃなかった……と思った。
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