4月7日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「ふん……っ!ふん……っ!」
静かだった部屋に力むような康太の声が響く。
康太の家で春休みの課題を一緒にやっている時だった。俺が自分の分を進めている間、課題に飽きた康太が突然、腕立て伏せを始めたのだ。
あの寝るか漫画を読むくらいしか趣味らしい趣味もなかった康太が、だ。一体どういうつもりなんだろう──なんて、理由は「アレ」しかない。
『康太って……結構……その、いい筋肉だなあって……俺、康太の腕まわりとか、好きだよ……』
『ちょっとびっくりして、微妙な反応しちまったけど……あんなこと言われたの初めてだし、俺ってそうなのかなって。瞬があそこまでして言うくらいだからそうなんだろ?なんか、照れるよな……』
──相当嬉しかったんだなあ……。
康太の筋肉ブーム……というか、筋肉自意識は絶賛上昇中だった……俺のせいで。
そう思うと、正直ちょっとうるさいけど、文句は言えない。
──まあ、ムキムキって程じゃないけど、俺よりはいい身体、してたし……。
俺は机に開いた問題集から、自分の胸板に視線を遣る。厚みなんかちっともない、真っ平な胸。二の腕も、自分で触ってもぷよっとしてるし……俺もちょっとは、康太みたいに筋トレとかした方がいいのかな?
「はー……今日もやり切ったな……」
なんて考えていると、どうやら満足したらしい康太が床に大の字に伸びている。
たった数十回の腕立て伏せで何をやり切ったのかは分からないけど、康太がいいならいっか。
「お疲れ」
「おう。どうだ瞬。俺、また筋肉ついたか?」
寝転がる康太に声を掛けると、康太がキラキラした顔でシャツを捲って腕を見せてくる。うーん……何て言っていいか迷いつつ、俺は口を開く。
「こういうのは毎日の積み重ねが大事なんじゃない?」
「まあそうか……確かに。急にマッチョにはならないか」
「康太、マッチョになりたいの?」
「そりゃまあ、そうだな」と康太が鼻の頭を掻きながら言った。……知らなかった。まさか、たった二日くらいで、そこまで康太の筋肉自意識が高まってたなんて。
驚く俺に、康太は言った。
「だって、その方が瞬は好きだろ」
「え」
思いがけない一言に、俺の頭の中は、洗濯機みたいに色んな情報がごちゃごちゃ回った。
康太は俺に、好きになってほしくてマッチョになろうとしてて、俺はそんなマッチョが好きで、マッチョは康太が好きで、康太は俺が──?
「瞬好みのマッチョの俺が頼めば、瞬の課題も写し放題で、春休みにこんなクソみてえな課題やらなくて済むだろ」
「マッチョになる前に卒業しちゃうんじゃない?」
俺は……ちょっとがっかりしていた。そんなことだろうと思った。何だ……何か期待した自分が馬鹿みたいだ──期待?
何を?
でも、それ以上考えるのはやめた。考えても仕方ない気がして──代わりに俺は言った。
「大体、俺……別にマッチョな人が好きなわけじゃないよ」
「え……っ、そうなのか?」
何で、そんなに意外そうな顔なんだ……と思いつつ続ける。
「そうだよ……康太がすっごいムキムキになっても、俺は変わらないよ」
「変わらないって?」
無垢な顔でそう訊いてくる康太に、俺はもう、今日はここで言ってしまおうかどうか悩んで……言った。
「今のままでも、康太のことは、好きだよ」
「おう……」
訊いたくせに、どう受け取っていいか分からないらしい。とりあえず、うんうんと頷いている康太に俺は更に「真面目に課題をやったらもっと好き」と付け足した。それはさすがに「調子に乗るな」って言われたけどね。
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