3月20日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「幼馴染 男 寝ている時 ハグ 無意識 心理」
「わっ!」
いきなり後ろから声を掛けられて、びっくりする。
振り返ると、ニヤニヤ顔の猿島がいた。
「お、おどかさないでよ……」
「だって瞬ちゃん、珍しく教室でスマホ弄ってるから。すっごいマジな顔だし、何見てんだろって」
「な、何でもないよ……」
俺は慌てて、スマホを机の中に仕舞う……もう無駄かもしれないけど。
猿島は空いていた後ろの席に座りながら言った。
「てか、検索が限定的すぎでしょ。これじゃもろ言ってるようなもんだって」
「う……そうだけど……」
やっぱり隠しても無駄だったか……俺がため息を吐くと、猿島がまた笑う。
「ま、とりあえず瞬ちゃんと瀬良は別にいつも通りって感じかー……よかったよかった」
「本当、ごめんね……心配かけて」
俺が謝ると、猿島は「別にもういいってー」と軽い調子で片手をひらひらさせる。
先週の木曜日──俺が康太と「サボり」に行った日。
机の中に入っていた「アレ」にショックを受けていた俺を心配して、猿島は声を掛けてくれたんだけど、俺は動揺していたせいで、ロクに何も言えずに逃げちゃったんだよね。
次の日、学校に行った時に、猿島と西山には特に迷惑かけちゃったし、少しだけ、事情を話したんだけど……。
「瞬ちゃんは瀬良がいるから大丈夫ってことで」
「あはは……まあ、うん。そうだね」
「否定しないねえ」
猿島が楽しそうに笑う。
康太と話して、何もかもあったこと全部……ってわけじゃないけど、色々とオープンにしたせいか、今のところ、もうああいう悪戯はされてない。康太はマメに教室に来てくれるし、クラスメイトの猿島も、こうしてよく話しかけてくれる──皆のおかげで、俺は気にしすぎないで済んでいるし、普通に学校へ行くことができた。ありがたいな。
「噂の方も先週ほど盛り上がってはないしねー……ネタはわんさか提供されてるんだろうけど?なんていうか、ここまでいくと最早、ゴシップっていうか、赤ちゃんパンダが立ったの座ったのっていうニュースと同じレベルだよねー」
「……見守りたいってこと?」
「そうそう」
それはそれでどうなんだろう……と思いつつ、ほっとする。まあ、収まってるならいいか。
「……で?瞬ちゃんは、そんな瀬良の何が気になってるわけ?」
「あー……えっと」
唐突に話を戻されて、戸惑う。うーん、これは逃がしてもらえそうな感じじゃないな。というか、もう見られちゃってるしね……。
観念した俺は声を潜めて、猿島に話した。
「その……詳しいことは省くけど、俺、昨日康太と寝ちゃって……」
「ちょっと省きすぎじゃない?」
「それで、寝てる間に気付いたら康太に抱かれてて……」
「ごめん。軽く訊こうとした俺が悪かった。その件は二人で解決して」
「ま、待ってよ猿島」
椅子から立ち上がりかけた猿島をなんとか引き留める。
何か大変な誤解されてる気がする……ので、俺は仕方なく一部始終を話した。
土日、康太と二人で映画を見ていたこと。
夢中になりすぎて、夜通し見てしまったせいで、朝、康太がシャワーを浴びてる間に、眠ってしまったこと。
昼前に目が覚めた時に、康太に抱きしめられていたこと。
康太はまだ眠っていて、俺を抱きしめていることに気付いてないみたいだったこと。
結局、起きてからも別に普通だったこと。そのせいで、俺はますます、混乱していること。
「……和歌山の動物園にはさあ、すっごい強い雄のパンダがいるんだよねえ」
それが猿島の感想だった……よく分かんないけど。
「ちなみに、瀬良はそれ、気付いてるの?」
「気付いてないと思う……たぶん寝てるうちに無意識だと思うから。前も似たようなことあったし」
「あー……」
猿島が遠い目をする。口には出さないけど「もういいです」って顔に書いてある……ような気がする。
「訊いといてなんだけど、マジで俺の手には負えないねー。パンダは可愛いけど、たまに見られればいいかなー」
「何そのパンダ推し」
猿島の感性はすごく独特で、俺にはちょっと難しい。
首を傾げる俺に、猿島は「ちょっと交代しようかなー」と手を振って教室を出て行ってしまった。……何だったんだろう。
☆
「何だよ、用って……何かあったか?」
「いや、えっと……」
教室を出て行った猿島が戻ってきて、俺を教室前の廊下に呼んだので、出て行ってみると、なんとそこには康太がいた。
「猿島?これは……」
「こういうのは先生に訊く前に本人に訊くのが一番でしょ」
「で、でも……」
いくら、オープンに、いつも通りに行こうって決めたからとはいえ、こんな廊下で「どうして昨日寝てる間にハグしてきたの?」なんて訊けるわけない。
というか、無意識なんだから意味なんてないだろう。康太に訊いたところでどうってわけでもないし……。
──俺だって、知ったところで、何になるっていうか……。
「おい、何かあるんだったら早くしろよ。もうすぐ次の授業になっちまうぞ」
康太に急かされたので、俺は首を振って答えた。
「な、何でもないよ。本当に。猿島がちょっと誤解して、康太を呼んじゃっただけだから」
「ちょっとー」
猿島が不服そうな顔をしたが、康太は「ふうん」と一応納得したみたいだ。よかった。
「瞬が言うならまあ、いいか……じゃ、ここまで来たついでに、明後日締め切りの情報のプリント見せてくれよ。次の授業中に見ながらやるからよ」
「えー……いいけど」
いつもなら断るところだけど、俺のせいで康太を無駄に呼んでしまったのはちょっと悪い気がしたので、今日は見せてあげることにした。課題というよりは、授業の感想とか要望とかを書くプリントだしね。
教室に取りに行こうとすると、康太が「サンキュー瞬、大好き」とか、無邪気に言ってきたので、俺は呆れつつ「はいはい」と返事した。
──人の気も知らないで。
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