3月19日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「ふんふーん、ふふふふん、ふん、ふん♪ふんふーん♪」


洗面所の方から、瞬のご機嫌な鼻歌が聴こえてくる。

少し調子が外れてるが、たぶん……さっきまで見てた映画のテーマだ。


──すっかりハマってるな。


俺は居間に敷いた布団に寝転んだまま、ちらりと壁に掛かった時計を見上げる。


朝の七時──いつもなら俺は全然寝てる時間なんだが……今日は特別だった。


昨日の午後。俺と瞬は、瞬の家で映画を一緒に見ていた。

一昨日テレビでやっていた魔法を題材にした有名なシリーズだ。


テレビでやっているのを見て気になった瞬が、なんとシリーズを1から全部借りてきたらしく、俺も誘われて見てたのだが……正直、夢中になってしまった。


途中、休憩も挟みつつだが、午後いっぱい、ほぼぶっ続けで見続けて、夕方に一度解散。

「続きはまた明日にしよう」なんて話してたのだが……なんと、その日の夜の九時頃に瞬からメッセージが来た。


『どうしても気になるから今からまた見ない……?』


……いつもは九時を過ぎたら寝ちまうのに、よっぽどハマったんだろう。瞬は一回ハマると、まっしぐらだからな。俺はそんな瞬に笑いつつ、すぐに瞬の家に向かって──今に至る。完徹だった。


ここまで来ると、逆に眠気も吹き飛ぶ。頭もなんか冴えてくるし、なんか体中の血が熱いというか──変なテンションになってくるな。瞬も気持ち、テンションが高い。


「しゅーん、まだか?」


映画を見終わった後、瞬は「シャワーを浴びたい」と言って、風呂に行った。俺も浴びたい気分になってきたので、瞬が戻ってきたら借りようと思ってるところなんだが。


「遅いな……」


聞こえなかったのか、返事がないし、瞬がシャワーに行ってからもうニ十分くらい経つ。

そういえば、さっきまで聴こえていた鼻歌も止んでるし……何かあったか?


──見に行くか。


重い腰を上げて、洗面所に向かう。


「瞬?」


コン、コン。ぴたりと閉まった洗面所のドアをノックしてみる……が、返事はない。


「しゅーん?」


「……」


「……開けるぞ」


さすがに心配なので、洗面所のドアをゆっくり開ける。すると──。


「……あ」


「……何してんの」


スウェットに着替えた瞬が、鏡の前でバスタオルをローブみたいに肩にかけてポーズを取っていた。


顔を真っ赤にした瞬が叫ぶ。


「な、何で入ってきたの!?」


「いやだって呼んでも返事ねえし、ノックしただろ!」


「ぜ、全然気づかなかった……」


よっぽど恥ずかしいのか、瞬が項垂れる。その間に、俺は瞬の肩にかかったタオルで、まだ濡れている髪をわしゃわしゃと拭いてやった。


「風邪ひくぞ」


「あ、うん……ありがとう」


「俺も借りていいか?」


「いいよ、使って」


「助かる」


髪を拭いたタオルを洗濯カゴに放り込んで、瞬と交替する。

洗面所を出て行く瞬に俺は言った。


「瞬の影響受けやすいところ、結構好きだぞ」


「……」


「いて」


……脛を軽く蹴られた。





「……すー」


タオルで頭を拭きながら居間に戻ると、床に敷いた布団で瞬が眠っていた。


「……風邪ひくって」


瞬は掛け布団の上で寝ていた。何でもきっちりしている瞬にしては珍しい。

起こして、ちゃんと布団を掛けるように言おうか迷ったが……。


「おい瞬」


「……すー」


あまりにも気持ちよさそうに寝ているので仕方ない。まあ、今日は朝から暖かくて、丁度、居間の窓から布団に陽も差してるし、大丈夫か。


「……」


俺も何となく、瞬の横に寝転んでみる……なるほど、確かにこれは気持ちよく寝れるな。


──意外と眠くないとか思ったけど……やっぱ眠いな。


シャワーを浴びて身体が温まったからか、横になったら急速に眠くなってきた。もう瞼が重いし、柔らかい布団は身体を離してくれそうにない……瞬には悪いけど、もうここで寝る。無理。眠い。


「ん……」


その時、隣で眠っていた瞬が身じろぎする。それから、寝返りを打ったかと思ったら、俺と向かい合うように、ぴたりと身体がくっつくような格好になった。


「おい」


「……」


「瞬」


「……」


全然起きる気配ないな……まあいいか……俺ももう眠いし。


──シャンプーの匂い、する。


目の前の瞬の髪からする、シャンプーの優しい香りに、なんか、胸がほっとして……俺は、すぐそばにあるその温もりに手を伸ばしたくなる。伸ばしたくなって──。


「瞬……」


欲求のまま、気が付くと、俺は瞬を抱きしめていた。


勝手にこんなことしたらダメだと、頭のずっと奥では分かっていた。でもそんな奥の方で叫ばれたってしょうがない。それにもう限界だった。


瞬、ごめん──そう思いながら、俺の意識はそこで途切れた。

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