3月18日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
▽ライフラインの使用が解禁されました▽
【天眼通】…生き物が生まれてから死ぬまでのあれこれを見られる力だよ。傘を持たずに出て行ってしまった好きな人が、今どこにいるかも見られるさ。
☆
遠くに見える陸橋に夕日が重なる帰り道。
菜の花が揺れる土手沿いを、自転車の荷台に瞬を乗せて走っている時だった。
『なあ、瞬』
『……何?』
『帰ったら、今日のこと……言いふらしていいか?』
『今日のことって?』
『二人でサボったこと』
『……怒られちゃうよ?』
『もうとっくにバレてるだろ。でもそれだけじゃなくて、もっと──広く、色んな奴らに。知らない奴がいないくらい』
『どうして?』
『言ってやりたいから……立花瞬には、瀬良康太がいるってこと』
『……』
『言って、もう瞬をこんな目に遭わせねえ。誰に喧嘩売ってるのか分からせる。こそこそすんのは、やめだ……面白くねえって言うなら、直接来ればいいだろ』
『それで……来たらどうするの?』
『ぶん殴る』
『な、殴るのはやめようよ』
『俺からは行かねえよ。犯人捜しも……やるだけ意味ねえって、俺は、今はそう思う。そんなことより、瞬が傷つかないように、すぐ隣にいることの方が大事だ』
『康太……』
『どう受け取られんのかは分かんねえ……付き合ってるとか、なんとか……また色々言われたりするかもしれないけど。実際どうとかは、俺と瞬の間で分かってればそれで十分だって、瞬言ったろ』
『うん』
『ただ知らせてやりたい、瞬には俺がいるってこと。瞬にやるってことは俺にやるってことと同じだって……』
『うん……』
『だから……その、それでいいか?今のは……まあ、俺が勝手にそう思ってるってだけで、瞬が』
『いいよ』
その時、背中に感じる瞬の体温が、もっと、ぐっと近く感じた。
『……俺にも、もう一回言って。俺には……立花瞬には、瀬良康太がいるって』
自転車を停める。きぃっというブレーキ音が鳴って、俺は瞬を振り返って言った。
『瞬には俺がいる。立花瞬には、瀬良康太がいる』
『……っ』
うん、と言って瞬が笑った。穏やかな風が吹いて、柔らかいオレンジが、笑顔の瞬を照らしていた。
☆
「一昨日は良かったね、瀬良」
「……うるせえな」
居間の窓を雨粒が叩く。静かな部屋には、かち、かち、と爪切りの音だけが響いた。
……あとはうるせえ「神様」の声か。
「何だよ、大人しく『ガワ』に入ってろよ」
「今日は体調が良いんだよね。なんたってこの前、瀬良と……あと立花、と川沿いをドライブデートしたから」
花でも飛んでるのかってくらい、にこにことご機嫌な「堂沢」は、今日は人間──俺もよく知る元「同級生」のイケメンの姿になっていた……全く。
「何がドライブデートだよ。自転車なら、カーリングだろ」
「ツーリングだね」
「そうそれ……って分かってんじゃねえか」
「はっはっは」
ムカつく野郎だ。どうしてこうも、神ってムカつく奴ばっかりなんだろうな。信仰がないと生きられないなら、もっと人間に媚びればいいのに。
「だって自分らしく愛されたいじゃーん?」
「ギャルか」
「それよりも、一昨日は本当に素晴らしかったね。瀬良に自転車になってくれって言われた時は、正直興奮したけど、実際に乗られたらもっと興奮したよ。あのまま瀬良を地球の裏まで乗せていきたかったくらい素晴らしい体験だった……」
「はいはい」
こうなったこいつは放っておくに限る……が、一昨日の件は、こいつのおかげもまあ、多少ある。
財布も何も持たずに出てきてしまった俺達には「足」がなかった。瞬をどこか遠くへ連れ去るにしても「足」がなきゃ始まらねえ。
そこで思いついたのが、この「神」を「自転車」にすることだった。
こいつは今、力を失ってるらしいが、変身するくらいならできるっていうのは、この前、瞬の姿に化けた時に知ってたからな。
俺のリュックの中で「タマ次郎」として眠っていたこいつは当然、あの時教室にいたんだろうが……まあ、神に場所は関係ない。呼べばすぐ来るだろうと思ったら案の定だった。
『瀬良が呼んでくれるなんて、珍しいね……どうしたんだい、大好きだよ』
『突然だけど自転車になってくれるか』
『それは俺に乗りたいってことかい?いいよ、もちろんだよ。好きなだけ乗ってくれて構わないよ……地の果てまで瀬良を連れて行くと約束しよう』
『いや、駅前のショッピングモールまでで十分だ』
……そんなわけで、瞬に見えないよう、土手の下あたりで自転車になってもらったこいつを、俺は押してきたってわけだ。
「……一応、ありがとうな」
「はあぅ……」
「キモい声を出すな」
「儂にも感謝しいや。お金出してやったやん」
「増えるな」
気が付くと、胸を押さえて蹲る堂沢の横に、クソ矢が胡坐をかいていた。
……ムカつくが、こいつにもちょっと貸しがあるんだよな。
「ちゃんとレシートとっといたか?後で経費として載せなあかんねん」
「そんなもんねえよ、金使ったのゲーセンだし。何か力とかで何とかしろよ」
「はあ?なんやねん……もっと気の利いたとこ行けや。まあしゃあないか、ガキやし」
クソ矢がテーブルに肘をついてため息を吐く。……金出してもらったし、今回ばかりはちょっと悪い気もする。口にはしないけど……悪いな。
ちなみに、クソ矢に金を出してもらった経緯としては、俺が「瞬を連れてサボりに行くから金を貸してくれ」とダメ元で言ったところ「それならうちで経費で落とせるからええで」と意外にもあっさり承諾してくれたという感じだ。曰く「お前と瞬ちゃんのデート代は必要経費になるわ」とのこと。なるほどね?
「……言っとくけど、毎回は出さんで。こっちも予算決まっとるから」
「へーい」
俺はクソ矢に適当に手を振って、爪切りに戻る。
外の雨は強くなっていて、ふと──そう言えば、朝、ゴミ出しに行ったら、丁度出かけるところだった瞬に会ったな……と思う。二駅先くらいに買い物に行くとか言ってたが。
──あいつ、傘持ってなかったよな。
今日は朝から曇ってはいたが、雨は降ってなかったし、予報だと午前中は持つって話だったから、もしかしたら傘を持ってないかもしれない。大丈夫か……?
「12:24着」
すると突然、堂沢がそう呟いた。
「何だよ、それ」
「立花がここの最寄りに着く時間」
「……そんなのも分かるのか?」
「神様だからね」
そう言って得意げな堂沢を、クソ矢は複雑な顔で見つめていた。
☆
「瞬」
「え……康太?」
堂沢の言う通りだった。12:24──駅前に行ってみると、丁度瞬が駅の改札から出てくるところだった。
「どうしたの?康太も出かけるの?」
「いや……まあ、ちょっと通りがかって」
もちろん、「神様に見てもらって、心配だから迎えに来たぜ!」とは言えない。
俺はいたって偶然を装いつつ瞬に訊いた。
「あれ……?おい、瞬……傘持ってないんじゃないのか?」
「え、折り畳み持ってるよ」
「……」
ですよね。
「午前中は大丈夫って聞いてたけど、朝から怪しかったし」
「そう……だな」
「康太?」
なんだろう、この……ちょっとがっかり感。とりあえず、俺の心配は杞憂だったってわけだから、瞬が濡れなくて済むならそれでいいはずなのにな。
すると、今まで俺を不思議そうに見つめていた瞬が、ふっと笑う。
「……何だよ」
「……ねえ、康太はもう帰る?」
「ああ……まあ」
「じゃあ一緒に帰ろう。そういえば、折り畳み……忘れちゃった気がするから、康太の傘に入れてもらってもいい?」
「そうか?」
「うん」
──本当に?なんて訊くだけ野暮か。
俺は持ってきた紺色の傘を、灰色の空に向けて広げる。それから、中に瞬を入れてやった。
「ごめん。朝、母さんが持ってったから家にこれ一本しかなくて」
「いいよ。……ありがとう」
傘は大の男が並んで入るにはちょっと狭くて、俺達はぎゅうぎゅうになりながら、マンションへの道を歩いた。傘が雨をぼつぼつと弾く音が響く。傘の中は、小さい頃に作った秘密基地みたいだった。
「何買ってきたんだ?」
「あ、えっと……買ってきたっていうか」
言いながら、瞬が手に提げていた黒い小さなバッグから「それ」を取り出す。
「DVD?」
「へへ……昨日、やってたでしょ?すっごい有名だけど、見たことなくて……ちょっと見たら面白かったから1から借りてきちゃった」
「へえ」
瞬が持っていたのは、昨日テレビでもやっていた、魔法を題材にした有名な洋画シリーズだった。
確かに、なんか七時くらいからやってたもんな。金曜日の映画といえば、「あっち」だけど、「こっち」はちょうど、瞬が起きてる時間にやってたし。
「俺も見たことねえな。昨日も別の見てたし」
「本当?じゃあ一緒に見る?」
「いいのか」
「うん。今日は雨だし、もうどこも行かないから」
──いいな。
瞬に「じゃあ、なんか菓子とか買ってこうぜ」と言って、俺達は通りにあるスーパーに寄ることにした。
「……康太」
「ん」
スーパーを出て、歩いている途中。ふいに、瞬に呼び止められる。
「何だ?」
「あのさ……」
書き出しに迷うみたいに、瞬は口を開いたり、閉じたりして──ややあってから、言った。
「俺には康太がいるけど……康太にも、俺がいるからね」
「え?」
「瀬良康太には立花瞬がいるってこと」
「分かった?」と言われて、俺は反射的に「はい」と答えていた。瞬に笑われた。何だよ……。
「……何か、恥ずかしいな」
「康太が言うの?それ」
「言うのと言われるのは違う」
「まあ……そうだね」
この三か月弱、毎日「好き」と言ってきて思うのは、こういうのは言った方が勝ちなんだよなってことで。
「まあ、俺はそんな恥ずかしいことも言える瞬が好きだけどな」
仕返しみたいなつもりで、今日も瞬に「それ」を言った。
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