3月17日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
▽ライフラインの使用が解禁されました▽
【神足通】…自分の思う姿で、思う場所に行ける力だよ。例えば、犬になったり、好きな人の姿になったり……彼が望むなら、自転車になったりね。
☆
「……ああ、うん。それで、西山ってどこにチャリ停めてる?……あー、そこか。分かった、探す……で」
前を歩く康太が西山と電話している。俺はわけも分からず、それをぼんやり見ていた……康太に手を引かれながら。
『サボり。二人で』
短く俺にそう告げた康太は、言うやいなや、俺の手を引いてずんずん歩いていくから、俺は引っ張られるようについて行くしかなかった。
その間、何度も「待ってよ」とか「どうするの」とか言ってみたけど、康太は「いいから」と全然聞かなかった。本当……。
──どこへ行くつもりなんだろう……。
そう思っていると、康太は校門脇の駐輪場へ入っていく。駐輪場?康太は徒歩通学なのに?
「ねえ、康太……」
「うん、うん……悪い、頼むわ。あと、文芸部の奴らに言っといてくれるか?今日は俺が瞬をさらってくからって」
「さ、さらうって何……!?」
「おう、大丈夫。じゃ、任せた……ん、分かったって、へい。じゃあな」
ぷつっと、康太が通話を終える。そこでようやく、俺を振り返って康太は言った。
「てことだ。今から俺は、瞬をさらって学校をサボる。いいよな?」
「だ、ダメだよ、そんなこと!」
繋がれた手を解こうとしてみるけど、康太は離してくれなかった。また、俺を引っ張って、駐輪場の中をずんずん歩いていく。そのうち、目当ての自転車が見つかったのか、康太は「これだ」と足を止めた。
「……西山の自転車?」
泥除けに貼られたシールには「西山琉」と書いてある。康太、まさか……。
「これに乗ってくつもり?」
「いや。さすがに鍵かかってるし……カゴ借りるだけだ。ほら」
そう言うと、康太はいきなりブレザーを脱いで、西山の自転車のカゴに入れた。さらに、ネクタイまでほどいて、それもカゴに入れてしまう。ついに、上はシャツだけになってしまった康太に俺は訊く。
「……何してるの?」
「ブレザーとネクタイで学校バレるだろ。この時間にうろついてるとめんどくせえんだ、色々」
「なんか……手慣れてない?」
「まあな。ほら、瞬も脱げよ」
「え……や、やだよ」
シャツの袖を捲りながら迫ってくる康太に、俺は後退る。すると、痺れを切らした康太がため息を吐いた。
「じゃ、学校戻るか?」
「……それは」
サボりなんてダメだと分かってるのに、すぐに答えられない。
クラスの仕事だってあるし、部活もある。荷物だって何もかも教室に置いてきちゃったのに。
──でも本当は、このまま康太と……。
「隙ありっ」
「わっ!?」
答えに詰まって俯く俺のブレザーを、康太は無理やり脱がせてきた。あれよあれよという間に、俺は康太にしゅるしゅるとネクタイもほどかれて、ついでにシャツのボタンも二つ外されてしまった。
奪い取った俺のネクタイとブレザーをカゴに投げ込みながら、康太は笑った。
「へえ、なかなかいいな。不良っぽい瞬」
「う……なんか落ち着かないよ……」
制服をこんな風に着たことなんかないから、やたら恥ずかしい。
それでも康太は「悪くねえな」としきりに頷いているので、俺も少し「そうなのかな?」と満更でもない気分になってきた。
「って、康太。これからどうする気なの?いい加減教えてよ」
「だから言ったろ、学校サボるって……とにかく今は、見つかる前に学校出るぞ」
「え……あ」
康太がまた、俺の手を引いて校門へと歩きだす。
──まだ、サボるなんて言ってないのに。
理性はそう言ってるけど……俺はもう、自分がどうしたいか分かっていた。
返事代わりに俺は、康太の手をきゅっと握り返した。康太はちらりと俺を振り返って、ふっと笑った。
校門から外へ出る前に、俺は一瞬、校舎を振り返る。今は……いつもよりずっと小さくて狭い場所に思えた。
「ここまで来ればとりあえずいいか……」
学校から少し歩いて、マンションの裏手にある土手まで来た時、康太はそう言った。
「……皆、探してるかな」
俺がそう呟くと、康太は「大丈夫だろ」と言った。
「一応、西山に荷物と制服のことは頼んどいたし、文芸部の奴らもまあ……適当に察してくれる。それに学校自体、元々午前中までだったろ。サボりにしては軽い方だぜ、気にすんな」
「そ、そうなの?」
「言っとくけど、もう引き返せねえからな。……まあ、返す気もねえけど」
言いながら、康太はポケットから「それ」を取り出して見せた。
「あ……」
「0.01」と大きく書かれたそのパッケージに、例のメモ……ブレザーを脱がされた時に、取られてたのか。俺はまた胸がきゅっと苦しくなる。
「……くだらねえ」
そう呟くと、康太は手に持ったメモをびりびり破いてしまった。破片は春風に乗って、散り散りにどこかへ舞っていく。パッケージは──。
──ポチャン。
……川に投げ入れてしまった。
「な、何してるの!?」
「いらねーだろ、あんなもん」
「で、でも川に投げ入れるのは……」
「大丈夫だ。地球がなんとかする」
ほら行くぞ、と康太は俺の手を取って歩き出す。俺は土手をうろうろと見渡した。
土手沿いの遊歩道は、この時間はあまり人がいなくて、自転車に買い物バッグを載せた人とか、犬の散歩とかで歩いている人が、向こう岸にぽつぽついるくらいだった。
いつものルーティンから外れて歩く世界は、まるで自分達の周りの時間だけ緩やかになったみたいで、身体は重力から解放されたみたいに軽くて、どこへでも行けて、何でもできてしまいそうだった。
「……ねえ、サボりって、これからどこに行くの?」
「さあな。考えてねえ」
「えっ、そうなの?」
「しょうがねえだろ……瞬を学校から連れ出すことしか考えてなかったから」
康太は繋いでない方の手で頭を掻いた。俺はそんな康太が、なんだか可笑しくなってしまった……笑ったら体の真ん中がポカポカして、少し元気が出た。
「ふふ……」
「何だよ……じゃあ、瞬が行きたいとこ言え。どこでも連れてってやる」
「本当?俺……サボりって初めてだから、どこ行っていいか分かんないんだけど……」
「ぱっと思いつくとこ行ってみろよ。サボりっぽいとこ」
「図書館……?」
「真面目か。他には?」
「えーと……あ、ゲームセンターとか」
「ふうん……いいな」
康太が満足そうに頷く。よかった、何か合ってたみたいだ。
「じゃあ、前に映画見に行ったあそこ行くか」
「あー……でも、俺、財布とか全部置いてきちゃったから」
──さっき、何でもできそうとか言ったけど、前言撤回だ。今の俺達、お金がない。お金がないから電車にも乗れないし、歩きだと行けるところも限られる。鍵も置いてきちゃったから、家にも入れないし。
「いや、なんとかなる」
「え?」
ふいに、康太がそう言った。なんとかなるってどうやって?……そう思っていると、康太は「ちょっと待ってろ」と俺を置いて、数メートル先に駆けていく。
「──!」
「……何、やってるんだろう?」
康太は何事か叫んでいた。それから、何もないところに向かって、しばらくうんうん頷いたり、まるで何か話してるみたいな素振りを見せた後、土手を降りて行った……え?
「こ、康太?」
さすがに心配になり、見に行くと、康太はなんと──自転車を押していた。
「おう、瞬」
何でもないように、自転車を引いて土手を上がりながら、ひょいと片手を上げる康太に、俺は頭の中が疑問符でいっぱいになった。
「ど、どうしたの……その自転車」
「野生のチャリ……野良チャリだな。」
「野良チャリ?」
それ放置自転車って言うんじゃ──と思ったが、自転車はまるで新品みたいにぴかぴかで、とても捨てられてるようなものには見えない。
「盗んでないよね?」
「そんなわけねえだろ。俺がそこで手懐けてきた野生のチャリだ。ほら、こんなに懐いてる」
チャリン!と康太が鈴を鳴らして見せる。自転車は確かに康太にぴたりとくっついていて、よく懐いてるように見えるし、心なしか鈴の響きも甘いような気が──。
「いや、そんなわけないでしょ!」
「うるせえな。何でもいいだろ……ほら、乗れって」
康太は自転車に跨ると、荷台をぽんぽんと叩いて、俺を誘う。
「ふ、二人乗りってこと?」
「安全に配慮して、特別な許可を得ています」
「……」
そう言われると何も返せなかった。
俺は、少し迷ってから、荷台に腰を下ろした。
「ちゃんと俺に掴まれ」
「え、大丈夫だよ……恥ずかしいし」
「そうじゃないと俺が困る。瞬を落っことさないか心配なんだ。頼む」
真面目な顔でそう言われたら断れない。俺はそろそろと康太の腰に腕を回す。こんな開けたところで、康太に抱きつくみたいな格好になるのは恥ずかしいけど……。
「……」
康太の背中は温かかった。ぎゅっとしていると、さっきとは違う……胸が苦しくなるみたいな、切ない気持ちと、でもその奥には安心感があって──この人になら、俺は何でも委ねられるって思えて。
「……走らせていいか?」
「……うん」
「ちゃんと掴まっとけよ」
前に回された俺の手を、ベルトを締めるみたいにぎゅっと密着させてから、康太は地面を蹴って自転車を走らせた。
包んでくれるみたいな、三月の柔らかい風を受けながら、俺は康太の背中に顔を埋めた。
☆
「で、その後は、数キロ先の駅前のショッピングモールまで自転車を飛ばして、ゲーセンに行ったり、映画館を適当に冷やかしたり、ゲーセンでとったお菓子を広げて公園で花見とかをしてたと?」
「そうだな。大好きな幼馴染とサボれていい日だった」
「……俺は何を聞かされてるのかな?」
池田が眉間を押さえてため息を吐く。
瞬と学校をサボった翌日──つまり今日の放課後。
俺は生徒会室で、クソ野郎改め、クソ新聞部長──池田に昨日の話を、ぼかすところはぼかしつつ、さっくり話していたところだった。もちろん、瞬に許可はとってある。
「どうだ?いい記事になりそうじゃねえか?」
「はっきり言って使い物にならないね。うちの新聞はそういうのを扱うやつじゃないから」
「いい加減、とぼけんなよ。てめえがボロを出したの、忘れたわけじゃねえぞ」
「……はあ」
やれやれと池田が首を振る。
「……いきなり来たと思ったら、何のつもりかな。ノロケなら他所でやってくれる?」
「一言、載せてほしいことがあったからよ」
「何?」
俺は池田に言った。
「次やったらぶん殴る」
「……どういうこと?」
「瞬にやるってことは俺にやるってことと同じだからな。別に犯人捜しをするつもりはねえけど、次はねえし、させねえって」
「……そう載せておけばいいかい?」
そうだな、と言って、俺は生徒会室を後にした。
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