4月21日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





──4月20日 AM11:45



「瞬ちゃんはもっと思い切ったらええと思うんよ」


四時間目の最中だった。


相変わらず、教科書を盾に机に伏せている康太の背中を、シャーペンのノックキャップで突いていると、ふいに「キューピッド」の声が頭に響く。見ると、欠席で空いていた隣の席の机の上で、澄矢さんが胡坐をかいていた。俺はつい、周りをきょろきょろと見回してから、心の声で澄矢さんに答える。


──この前と言ってることが違うじゃん。あの時は俺に慎重になれって言ったくせに。


「あの時はあの時や。スポーツやって、采配がハマれば素晴らしい監督。外れたら、やれ愛人起用だの、左右脳だの、暗黒期だの……挙句の果てには退任しろとか、好き勝手言われるもんやろ。しゃあないで」


そう言われるとそんな気もするけど……いや、そんなわけない。ていうか、俺のこれは、スポーツじゃないし。


「ものの例えやって。とにかく、儂から見て、最近の瞬ちゃんはちょーっと、控えめやなあ。健気に『好き』は重ねてるけど、こいつには『幼馴染の変わった日課』くらいにしか思われてへんし。もっと思い切って、大胆に『好き』って伝えんと」


──そ、そんなこと言ったって。


澄矢さんの言うことには、多少、心当たりはある。


康太も「条件」を受けてたと知って、俺も……まだ整理はつかないけど、自分の中にある、康太に対して持っていた「好き」を知って……それからは、その「好き」と向き合っていくって決めたものの。


──それを伝えてどうしたいのか、自分でもよく分からないし……。


康太とはどんな形でもいいから、一緒にいたいって思う。そりゃあ、俺と康太の「好き」には少し差はあるけど、そのせいで康太と離れてしまうくらいなら俺は……。


──っていうのが、ダメなんだよね。そんな気持ちはきっとどこかで、無理が生じるし……そのせいで俺は一度、康太を傷つけてる。俺も、康太を信じて、きちんと向き合うべきだ……。


シャーペンをきゅっと握る。すると、澄矢さんが言った。


「ゆっくりでもええとは言ったけど。お前らもう三年やし、遅かれ早かれ、今みたいな近さでずっとはおれんよ。どっかで腹は括らんとあかん……ま、瞬ちゃんに力貸すんが、儂の仕事なんやから、一人じゃ難しかったら、いつでも言うてや」


「ほな」と澄矢さんが姿を消す。俺はもう誰も座ってない隣の席を見つめた。


もう三年生なんて……そんなこと、数ヶ月くらい前からずっと意識してた。俺と康太の今みたいな日常だって、ぼんやりしてたらあっという間に終わってしまうだろう。時間は限られている。想いを、伝えられる時間も。


──今日、少し話してみようかな……。


放課後とか……そうだ、今日は部活がある日だ。でも、猿島に呼ばれてるらしく、康太もちょっと部室に顔を出すって言ってたから、その時……二人きりとかになれたら、話してみよう。俺はそう心に決めた。


……決めたんだけど。



「体験入部?」


「そうそうー。今、勧誘期間じゃん。週二しか活動してないのもあってさー、うちの部ぜんっぜん、集まんないんだよねえ……一年」


康太と一緒に部室に着くなり、待っていた猿島がそうぼやく……確かに。


「月曜日も来なかったもんね……やっぱり、部室が分かりにくいのかなあ」


「それはあるな。ここ、普通には入りづれえし……活動内容も、ぱっと見は地味だしな」


「一応、図書館の目立つとこに部誌のバックナンバーは何冊か置かせてもらったけどー。それだけじゃ来ないよねー困ったなー」


「?」


そう言いながら、猿島が何故か康太をじっと見る。どうしたんだろう?


「……イケメンの部員がいたらそれを餌に勧誘できるかもしれないんだけどなー」


「悪いな瞬、今日は先に帰る」


「ちょ、ちょっと!」


席を立とうとする康太の腕を咄嗟に掴む。猿島が「瞬ちゃんナイスー」とサムズアップした。

でも、俺に捕まった康太は腕をばたばたさせて、抵抗する。


「今日呼んだのはそれが目的か!一年が入りそうにないからって、俺は文芸部には入んねえぞ……!おだてても無駄だ、大体三年の新入部員なんか、すぐ卒業しちまうんだから、いたってしょうがねえだろ」


「うーん、それはそうだけどさー……瀬良が入ってくれたら普通に楽しそうじゃん。瞬ちゃんも喜ぶよ。ね?」


猿島が俺に振ってくる。それは、そうだ。俺だって、康太が文芸部に入ってくれたら嬉しいけど……。


「前も言ったけど、お前らにはお前らの輪がもうできてるだろ。俺はそれを邪魔する気はねえよ」


康太はこんな感じだからなあ……誰も康太がいて「邪魔」だなんて思わないのに。


そんな頑な態度の康太に、猿島は諦めたのか「じゃあ、頑張って一年狩りに行くしかないかー」と席を立つ。俺は猿島に声をかける。


「勧誘に行くの?俺も行くよ」


「いや、瞬ちゃんは部室いてよー。誰もいない間に一年がうっかり来ちゃうかもでしょ。今日は志水も丹羽も菅又も遅れてるしー……俺が捕まえてきた一年をもてなす準備して待っててー」


「分かった」


俺が頷くと「行ってくるねー」と片手をひらひらさせながら、猿島は部室を出て行った。

あとに残されたのは、俺と康太だけ。


──もちろん、言われたことだって、ちゃんとするけど。


俺は隣に座る康太をちらりと見遣る。猿島の用事は一応済んだので、康太は床に置いたリュックを拾い、立ち上がろうとしていた……今が、チャンスだよね。


「……康太、あのちょっと待って」


「ん?何だよ」


康太が俺を見る。俺は「一回座って」と立ち上がりかけていた康太を席に着かせた。


「さっきの話なんだけど……」


「さっきって……文芸部に入るとか、そういうのか?」


「うん……それ……ちょっと本当に考えてみない?」


「瞬、俺は──」


「わ、分かってる。康太は、この部の雰囲気をすごく大切にしてくれてるって……だから、自分がそこには入れないと思ってるって。でも、……俺や猿島だけじゃなくて皆、康太が入ってくれたら楽しいなって思ってるんだよ。だから……」


俺の言葉に康太は俯いて、渋い顔をしている。改めて、康太の中でこれは譲れないところなんだな……と思う。


──ダメだ。もっと単純に、シンプルに、正直に伝えた方がいいかもしれない。


「なんて言ったけど」


そう口を開くと、康太が俺を見上げる。俺は、息を吸ってから言った。


「これは、口実だったりして……本当は、俺が康太にもここにいてほしいだけかも」


「瞬が?」


「……うん。康太は、俺が部に入る時も背中を押してくれたし……今だって、俺が部でどうしてるのか気にかけてくれてるの、知ってる。俺は……そんな康太が好きだよ。だから、もっと一緒にいたいって思うんだけど……」


「俺だって、瞬のことは好きだけどよ……それとこれは別だろ。それに、一緒には別に……家でもいられるだろ」


「でも……」


その時、「ガチャ」とドアの方で物音がした。振り返ると、ドアがゆっくり閉まっていくのが見えた。

僅かに開いた隙間から「他のとこで喋ろっかー」という猿島の声とそれに続く誰かの話し声が聞こえる。


えっと。


最悪の推測が頭を埋めていく中で、隣の康太だけが普通に、何事もなかったかのように言った。


「でも……何だよ?」


あんなところまで言ってそれはないでしょ、と思いつつ、気が萎んでしまった俺は「……なんでもない」と首を振った。





──4月21日 AM 11:45



「……はあ」


そんな昨日の出来事を思い出して、授業も上の空……ため息を吐く。

相変わらず、康太は教科書を盾に寝てるし。


──俺の気も知らないで。


まあ、康太は何も悪くない。羨ましいくらい、ある意味、鈍くていいよな……康太。


そんな康太の丸まった背中を見ていたら、なんとなく悔しいようなそんな気持ちになって、俺は、目の前の康太の背中に、シャーペンのノックキャップを滑らせて「すき」と書いた。

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