4月20日

「んー……ここと、ここは済みっと……」


机に広げられたパンフレットの上に赤いチェックマークがまた増える。


「春和高校 部活動紹介」──そう題された見開きには、校舎見取り図に各部活動の活動場所、「ひとことアピール」が添えられている。入学してすぐに生徒会から配られた学校案内パンフレットだ。


俺なんか初日にパラパラっと見ただけで、あとは机に仕舞いっぱなしだけど、「部活動勧誘期間」もまもなく終わろうという今日までしっかり使ってるあたり、いかにも「陽希はるき」らしい。


──直上 陽希なおかみ はるき。中学の頃から付き合いのある……まあ、俺の悪友だ。


特にこれと言った進路をまだ決めてるわけでもない俺達は、地元でぼちぼちの偏差値で、一応進学校という体のこの「県立春和高校」に、四月に入学したばかりだった。


ま、俺の場合は、兄貴がここに通ってるから色々分かってて、面倒くさくないっていうのもあるけど。

気心の知れた陽希と同じ高校で、ついでにクラスまで一緒だったのは、まあ助かった。一から人間関係を築くのも怠いし。陽希の方も「慎がいてよかったわ」とか言ってた。


そんなこんなで、色んなオリエンテーションやら何やらが詰まった最初の一週間を終え、俺達は今「部活動勧誘期間」っていうのの真っ最中だった。


この期間は、一年生が入部する部活動を決めるべく、各々見学に行くんだが……。


「今日も行くのか?」


感心半分、呆れ半分に訊くと、「当たり前だろ」って顔で陽希が笑う。


「今日で体験入部フルコンプだぜ?ここまで来て引くとかあるかよ」


なんと、陽希は全ての部活動に体験入部に行くつもりだった。「高校生活めっちゃ楽しむ!」とは言ってたけど、こんな漫画見たいな奴、本当にいるんだなと素直に驚く。


「お前もよくやるよな……女子ばっかの茶華道部とかまで行って」


「だって、全部活体験し放題ってさ、今しかできねーじゃん!めっちゃ得だろ、やったもん勝ちだろ」


「茶華道部は可愛い女子にチヤホヤされて良かったし」とニヤニヤしてる陽希だが、それが見得だってことくらい俺には簡単に分かる。


「体験入部フルコンプ欲」と「大和撫子系女子への下心」を胸に行った茶華道部で、「こういうの興味あるの?」「一年生可愛い~」とイメージと違って大分その……ぐいぐい来るノリな女子の先輩達に囲まれて、実際、陽希はタジタジだった。たぶん、あの場で出された死ぬほど苦いた抹茶の味さえ分からなかっただろう。


それが、教室に戻ってきたらプレイボーイ気取りで「俺はああいう女子はちょっとなー可愛かったけど」とか言ってるからムカつくよな。「高校入ったら絶対彼女作る」とか息巻いてるけど、陽希には一生無理だと俺は思う。


「……で、今日はどこ行くんだっけ」


この一週間で赤チェックだらけになった見開きページの、まだ印のついてない箇所を探す……とは言っても、簡単には見つからない。もしかしてもう全部行ってた?とか思ってると、こういう記憶力には長けている陽希があっさりと「そこ」を指して言った。


「文芸部。ここがラスト!」


「あー……確かに」


陽希の指した「そこ」は図書館だった。確か文芸部は、活動日が「月・木」の週二日で、月曜日は外部活の見学に行ってたから、回れなかったんだよな。「ひとことアピール」は「集え!文芸を愛する同志達よ」……か。


「オタクくせえ」


しんだってオタクじゃん」


「俺はオタクじゃねえし。眼鏡してるからってオタク扱いすんな」


「それに絵だって上手いし。眼鏡で絵が上手いやつはオタクだろ」


「うるせーよ」


俺は陽希の頭に軽くチョップを入れる。陽希は俺の絵を「上手い」って言うけど、あんなの大したことないし、俺のあれは、ただ単に弟や妹にせがまれて描いてたってだけだし……って、そんなことどうでもいい。


「じゃ、放課後は図書館だな……。これでやっと陽希から解放される」


「とか何とか言って……付き合ってくれてありがとな、慎。俺もまあ、今日でやっと部活決めれっかなー」


「ふざけんな。こんだけ毎日振り回しやがって……絶対何か入れよ」


「大丈夫だって。もうなんとなくは決まってるからさ」


「どこ?」


「帰宅部」


「殺す」


へらへら笑ってる陽希にもう一回チョップをお見舞いする。全く、手のかかる奴だ……ま、一緒にいて飽きない奴ではあるけどな。





「えーと、図書館はっと」


陽希が例のパンフレットを広げて、目的地を確認している。この高校、昔は普通科以外にもいくつかの専門学科があったらしく、その名残で生徒数の割には校舎が結構でかいんだよな……。おかげで、まだ慣れてない一年生は、ちょっとした移動にもかなりの時間を要する。


四階の教室から図書館はそう遠くはないはずだけど、何せ校舎が入り組んでて分かりづらい。

俺も陽希の見ているパンフレットを覗き込みながら「あっちじゃない?」とか口を出してみるけど、自信はない。いっそ、誰か先輩とかに聞いた方が早いか?


「お、あれ三年生だよな?俺聞いてくる!」


考えたことは一緒らしい。目敏く、廊下の向こうに三年生を見つけた陽希が、ばっと駆け出す。俺も陽希の後を追いかけた。


「すいませーん!」


「んー?」


俺達の呼びかけに気付いて振り返った先輩は──明るい髪の、ちょっとチャラそうな人だった。


──なんかやべえ人だったらどうしよう。


思わず、陽希の背中に隠れるように立った俺とは対照的に、陽希は極めていつもの調子で先輩に訊いた。


「俺達、文芸部に体験入部行こうと思ってて!図書館ってどっちか分かりますか?」


「えー何。二人とも、それマジ?」


「え?……マジですけど。な、慎」


「は、はい」


「確保―」


返事をした瞬間、俺と陽希は「捕まった」。先輩に手首を握られ、非常に逃げ出しづらい雰囲気になってしまう。どういうことだ?


「俺、実はその文芸部の部員なんだよねー。いやーよかったよかった。菅又と瞬ちゃんにいいお土産ができたよ」


「お土産?」


「いや、それより、この先輩文芸部の人だって」


変なところに引っかかってる陽希に耳打ちする。それで、やっと気づいたのか「あー!」と陽希は大声を上げた。


「マジか!すっげーラッキーじゃん!よかったー図書館どこか全然分かんなくて」


「だよねえ。この学校すげーめんどくさい作りだからー。大丈夫、俺が文芸部までちゃんと連れてってあげるから」


「ありがとうございます!」


無邪気に目を輝かせる陽希と、チャラそうな見た目に反して優しそうな雰囲気の先輩……俺は何故か嫌な予感がしていた。


──これ、体験入部だけで済むか?


優しそうな雰囲気に反して、手首を握る力加減からは「絶対に離さない」という先輩の意思を感じる。今日まで、陽希に付き合って色んな部活の体験入部をしてきた俺には分かる。


……これは「部員の数」がシビアな部の雰囲気だ。うっかりすると「で?来週から来れそう?」とか聞かれたり、「これ来週の練習スケジュールね」とか渡されて逃げられない空気になるやつだ。


「へー、猿島先輩って言うんすね!俺、一年の直上陽希って言います!こっちは西山慎にしやましんって言って──」


「西山ー?へえ、慎くんってもしかして兄貴とかいる?」


「あ、そうです!こいつ三年に兄ちゃんがいて──」


先輩と暢気に雑談なんかしてる陽希は、そんなことには気づいてない様子だ。マズいな……陽希にその気がないなら、どっかで上手いこと逃げないと……。


そんなことを考えているうちに、俺達は図書館に着いていた。文芸部の部室は、図書館の奥の倉庫みたいな小部屋らしく、カウンターの司書さんに会釈をしてから、猿島先輩はその小部屋のドアをノックする。


「俺だけどー、瞬ちゃんいるー?」


こつ、こつ。


先輩はドアの向こうに呼び掛けながら、何度かノックをしてるけど、返事がないようだ。もしかして……今がチャンスか?


俺はそんな先輩の様子を、首を傾げて見守っている陽希に小声で話しかける。


「陽希」


「何だよ」


「……この部、たぶん部員少なくてめっちゃ焦ってると思う。どんな強硬策取られるか分かんないし、その気ないなら、今のうち逃げた方がいいぞ」


「え?何でだよ。体験してから普通に断ればいいだろ」


「先輩相手にそんなことできるかよ……他にどういう部員がいんのかも分かんないのに」


「大丈夫だって、文芸部だろ?そんな変な人いないって──」


「開けちゃうよー」


とか言ってたら、部屋の鍵自体は開いてたらしい。先輩がノブを捻ってから、ゆっくりドアを開ける。

すると──。



「俺は……そんな康太が好きだよ。だから、もっと一緒にいたいって思うんだけど……」


「俺だって、瞬のことは好きだけどよ……それとこれは別だろ。それに、一緒には別に……家でもいられるだろ」


「でも……」


──ガチャ。


「他のとこで喋ろっかー」


猿島先輩はそう言って、何事もなかったかのように扉を閉めた。


……何だったんだ、今の。

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