4月19日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
” 校 外 遠 足 ”
「じゃあ、班が組めたところから前に報告に来てください。お願いします」
黒板の前に立つ俺がそう言うと、クラスメイト達は、各々席を立ち、教室のあちこちに集まり始める……この様子なら、すぐに決まりそうかな?
五時間目のロングホームルーム。今日の議題は、来月の頭にある三年生の校外遠足の班決めだ。
ここで決めた班を取りまとめて、担任の先生に報告するのは、クラス委員の仕事だから、俺と康太は前に立って仕切らせてもらってるんだけど……。
──自分たちの班だって決めないと……。
わいわいと賑やかな話し声を背に隣を見ると、白いチョークを持った康太が、黒板の「一班」の字の下に「立花」と書いている。続けて「瀬良」とも。
「俺、康太と同じ班?」
何のことわりもなく、さらりとそう書かれていたので、思わず康太に訊いてしまう。康太はきょとんとした顔で、俺を見て言った。
「は?違うのか?」
「いや、いいけど……」
なんていうか、さも当然みたいに書いているから、びっくりしてしまう。もちろん、俺だってそのつもりではあったというか、そうなりたいなって思ってたけど……すると、何を勘違いしたのか、康太は黒板消しでさっと「立花」の名前を消してしまった。
「え?」
「……悪い。舞原達と一緒のがよかったか?だったら俺は西山とかと組むから──」
「ち、違うよ!」
慌てて俺は否定する。それから、康太が持っていたチョークを掠め取るようにして、「瀬良」の上にまた「立花」と書く。
「俺だって康太と一緒がいいよ。ただ急に書いたりするから、びっくりしただけっていうか……康太もそう思ってくれてたのかなあって、嬉しかったっていうか……」
言いながら、心がそわそわしてきて、声が小さくなってしまう。誤解させたし、ちゃんと言わなきゃいけないのに、教室の喧騒に混ざって康太には聞こえてないかも……なんて思っていたら。
「……」
「……へ?」
気が付いたら、教室はぴたりと静かになってて、俺は皆の視線を一身に集めていた。それはつまり、今俺が言ってたことは丸聞こえだったってわけで……こういうこと、たまにあるよね。
「えっと……その」
すごく恥ずかしい!それにどうしていいか分からなくて、視線で康太に助けを求めると、康太は俺に頷いて言った。
「俺も瞬と同じ班がいいに決まってるだろ。じゃ、あとは西山とか誘おうぜ」
──普通に続けちゃった……!
あまりにも平常運転な康太にどこか感心してると、クラスの皆もそれぞれの話し合いに戻っていった。
そこへ、名前を出された西山が俺達のもとへ寄ってくる。
「……こんな班にどうやって入れっていうんだよ」
「しょうがねえだろ、班は四人~六人程度で組めって言われてんだから」
「俺は数合わせかよ……ま、いいか。カメラ係でも何でもやってやるよ。立花もいいか?何か悪いな」
「え?何が悪いの?西山も一緒で嬉しいよ」
「……」
康太と一緒の班になれたのはもちろんすごく嬉しいけど、いつも仲良くしてもらってる西山も同じ班なのだって嬉しいのに。それなのに、西山は何故か呆れてるような……そんな顔をしていた。
「なあ、最低でも四人で組めってことは、あと一人いるよな?俺も入れてくれよ」
「いや、大丈夫だ。足りてる」
それからさらに、森谷まで俺達のところに来てくれた。だけど、何故か康太は森谷を断っていた。何でだろう?
「康太、森谷も一緒の班になろうよ。せっかく来てくれたし。班の人数だってまだ余裕が……」
「おい池田。当日は別行動でいいから名前だけ貸せ。どうせ誰とも組んでねえだろ。森谷よりはマシだ」
「失礼すぎないかい?」
言いかけた俺を遮るように、康太は「池田」の背中を押して、半ば強引に連れて来た。えっと……まだ挨拶できてなかったけど、康太と知り合い?なのかな。
前に出てきた池田に俺は会釈する。
「あ、えっと……ちゃんとお話しできてなかったよね。俺、立花瞬です」
「……知ってるよ。クラス委員なんだから」
「そうだよね。えっと康太の知り合い……なんだね」
「ああ、こいつは知ってるクソ野郎だ。人数合わせならこいつで十分だろ」
そう言って、康太が黒板に「西山」と「池田」と書き連ねようとする……すると、池田が康太の手からチョークを奪い取った。
「はあ……勝手に決めないでくれるかな?ていうか俺、もう他の班に入ってるから」
「はあ?冗談はお前のとこの新聞だけにしろ」
「残念だけど、本当だ。ついでに報告しとくね」
池田は手に持ったチョークで二班の下に班員の名前を書くと、康太に手を上げて、自分の班のところへ戻ってしまった……えっと、結局知り合いじゃなかったのかな?どっちにしても、康太の表情を見る限り、あんまり仲は良くなさそうだな……。
「じゃ、俺が一班に入るってことでいいか?もう書いといたけど」
「え、あ、うん。よろしくね」
いつの間にか、森谷は一班のところに自分の名前を加えていた。うん。まだあんまりどういう人なのか分からないけど、この機会に仲良くなれるといいな。康太の友達……?なら、きっと良い人なんだろうし。
「クソ……防げなかったか……」
ふと隣を見ると、康太が黒板を見ながら、苦い顔をしていた。どうしたんだろう?
でも、俺達が何やかんやしてるうちに、皆黒板にそれぞれの班のメンバーを書いてくれたみたいで、あっという間に遠足の班分けは終わっていた。
──楽しみだな。
俺はクラスメイト達の名前がいっぱい書かれた黒板を見てふっと笑う。
その中で……俺にとってひと際、「一班 立花 瀬良」の文字は輝いて見えた。
なんたって、遠足の行先は──。
☆
『東京──リゾート 公式コンプリートガイドブック』
「気が早くねえか?」
放課後、駅前の書店に寄った帰り。
俺が手にしたその「ガイドブック」を見て、康太が首を傾げる。俺だって、ちょっとそう思うけど……遠足の話をしたら、もう買わずにはいられなかった。
三年生の──高校最後の校外遠足の行先は「夢の国」だった。俺達が行くのは「海」の方だけど。
去年、文芸部の先輩達が行ってたのを見て、すごく羨ましかったんだよね。だから、三年生になってからずっと、楽しみにしてたんだけど……。
「なんかすげーとこだよな……遠足でもなきゃ、まず行かねえな……」
俺が貸してあげたガイドブックをぱらぱらと捲りながら、康太が呟く。……まあ、康太の家は実春さんも興味なさそうだし、康太もこんな感じだから、たぶん人生初なんだろうな。と言っても、俺だってあんまり行ったことはないし、「海」の方は初めてだ。
だからこそ、余計に楽しみだった。康太と行くことなんか、この先何回あるか分からないし。
そう考えたら、自然と気分が弾む。
「行ったら絶対楽しいよ!俺はこのチュロスと、ターキーレッグと、あと浮き輪の肉まん?と……餃子の方も食べたいな。それから……」
「食いもんばっかじゃねえか」
康太が持っているガイドブックを脇から覗き込んで、あれこれと指さす。確かに食べ物ばっかりだけど、でも美味しそうだから仕方ない。
そうやって、康太とガイドブックを一緒に見ながら並んで歩く……気をつけながら。こういう瞬間ってすごく楽しい。康太も何だかんだ言って、ちょっと興味はあるみたいだ。
最初は「ふーん」とか「へえ」くらいしか言わなかったけど、そのうち、自分でもあれこれ指さして色々言ってくる。
「このぼんやりしたクマのぬいぐるみ、なんか瞬っぽいよな」
「え、そうかな?」
「似てる。このカチューシャとか着けてみろよ。間違われるかもな」
「そんなに似てないよ!」
「別に似てたっていいだろ。可愛いんだし」
「え?」
ほんの一瞬、時が止まる。可愛いって。
「……このクマさんが可愛いからってこと?」
「そうだけど……まあ、瞬もこんな感じだろ」
「ええ?」
可愛いって言われて喜ぶのも、なんかちょっと悔しいような気がする。でも心はやっぱり、好きな幼馴染にそんなことを言われたら、喜んでしまうし……でも、それを素直に喜ぶのは、やっぱりやっぱり悔しいし。とりあえず、精一杯、ピンと来ないフリをするのがやっとだった。
「そういえば、今日は言わなくていいのか?もう大丈夫になったのか?」
「えっ?!」
そんな風に葛藤してたら、さらにそんなことまで言われて、とりあえず俺は、腹の底から押し出すように「好き」と言っておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます