5月10日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
〜 「瞬断ち」チャレンジ 開催中 〜
康太さんによる「瞬断ち」チャレンジが開催中です。開催期間中は、瞬さんは康太さんを甘やかさず、そっと見守りましょう。成功の可否による報酬も罰則もありませんが、頑張ってください!
☆
「イベントにしないでよ」
掃除の時間。自在ほうきを片手に俺は、気まぐれに現れたキューピッドに文句を言ってみる。それに対して、澄矢さんは肩を竦めた。
「だってなあ……何が『瞬断ち』やねんて。相変わらず、ムカつくけどおもろいやっちゃな」
「康太なりに真面目に頑張ってるんだよ。馬鹿にしないで」
「そう怖い顔せんといてや」
校長室や生徒指導室のあるフロアに続く階段が、俺と康太の班の持ち場なんだけど、今は皆、ゴミ捨てに行ってるから、階段には俺と澄矢さんの二人きりだ。
俺は澄矢さんを退かそうと、ほうきで掃こうとする……けど、澄矢さんにはひらりと躱された。全くもう。
「でも瞬ちゃんやって、あいつの変な意地にモヤモヤするやろ?」
「モヤモヤなんてしないよ」
実際、康太は昨日から──すごく頑張ってる。
授業も(後ろの席から見てる限りは)寝ずに、背筋を伸ばして、受けていたし。
ちゃんと、自分で時間割を見て、授業の準備もしてた。ネクタイもちゃんと締めてたし、訊いたら、昨日の授業で出た課題も自分でやってた。もちろん、放課後の補習も行ってたみたいだし……今までの康太と大違いだ。
あのやわやわの決意表明に、正直なところ「大丈夫かな……」って思ってたけど、康太はやればできる子だった。俺はそんな康太を応援したいし、すごい、偉いっていっぱい言いたい。でもそれは──。
──「甘やかし」になっちゃうからダメなんだよね……。
俺はつい、はあ、とため息を吐く。澄矢さんには、ああ言ったけど、本当はほんのちょっとだけ、モヤモヤとまではいかないけど……胸に燻ぶるものはあった。
「玉子焼きもいらんって言われてもうたもんなあ」
「うるさいよ」
キューピッドに隠し事はできない。考えすぎないようにしてたことをズバリと言い当てられて、悔し紛れに、俺は澄矢さんをじとっと睨んでみる。でも、澄矢さんには何の効果もなかった。
──あのくらいだったらいいかなって思ったんだけどなあ。
気持ちがしこる理由は、掃除の前……お昼ご飯の時のことだ。
俺は、いつもするみたいに、康太にお弁当の玉子焼きをあげようとしたんだけど、なんと康太に断られたのだ。「今はダメだ」って……。これも「瞬断ち」の一環なのかと、俺はびっくりした。だって、玉子焼きは、康太の大好物なのに……それも断るなんて、一大事だと思う。
「怒ってるん?」
「違うよ……ただ、なんか……どうするのが康太のためなのかなあって」
どうしてこんなことを言い出したのかは、分からないけど、康太は俺の【条件】のことだって、深くは訊かずに協力してくれてるのだ。それなら、俺だって──たとえ事情はよく分からなくても、康太のためにできることがしたい。でも、どうしたらそれが「甘やかし」にならないんだろう。
「そんなんもう、『瞬断ち』なんて俺には無理やって思わせたらええねん。失敗させたったらええわ」
「できないよ!そんなこと……康太は真剣なのに、それを失敗させるなんて」
「だってチャンスやん。『瞬断ち』失敗したわー、俺には瞬がおらんとダメやわーってなったら、そこから『瞬、一生一緒にいてくれや』って堕ちるで。ハッピーやん」
「それはそれで、ちょっと不安になるよ!」
康太とはずっと一緒にいたいけど、その「堕ち方」は心配すぎる……ヒモみたいで。
そんなことを思っていたら、今度は澄矢さんの方がため息を吐いた。
「複雑やなあ……人間って」
「とにかく、俺は……今は、康太のことを見守るって決めてるから。澄矢さん、変なことしないでね」
「せえへんよ。最近、派手にあれこれしてもうたから、しばらく大人しくしてなあかんし。ま、儂も見守るしかないってことやな」
ほな──と、手を上げて、澄矢さんが消える。入れ替わるように、康太と班の皆が戻ってきた。
──俺にできることは……。
康太に求められたら、いつでも力になれるように待ってることだ。そりゃあ、ちょっぴり寂しかったり、焦れる時もあるけど……それが康太のためになるなら、俺も耐えなきゃ。
そう、どんなことでも、康太のためなら……そう心に決めてはいたんだけど──。
。
。
。
「瞬、俺を……強く罵ってほしい」
「……」
さすがに、これにはドン引きだった。
放課後。補習の前にちょっとした打ち合わせがあるから、その間に……と、武川先生に頼まれて、俺と康太は印刷室で、クラスに配るプリントをコピーしてたんだけど──それがどうして、急にこんなことに。
「一応……どうしてなのか、訊いてもいい?」
「瞬に酷い言葉をかけてもらいたい」
「最悪」
「その調子だぞ、瞬」
俺は作業台の上で、わざと大きく音を立てて、プリントの端を整えた。すると、康太が「違うからな」と言った。
「……何が違うの?」
「いいか、これは……目覚ましのビンタみたいなもんだ。これから補習もあるし、ちょっと目を覚ました方がいいなと思って」
「そ、そういうこと……?」
「そうだ」と康太が力強く頷くので、そういうものかなあ……と納得しかける。いや、でもそれにしたって、もうちょっと言い方があるでしょ。
「俺、康太が変な趣味に目覚めちゃったのかと思って心配したよ」
「そんなわけねえだろ。俺はただ、瞬に罵ってもらえば、補習にも集中できると思ったんだよ」
「ただ思うようなことじゃないけどね」
本当、康太のこういう妙な理屈には時々びっくりするけど……とにかく、だ。どんなことであれ、康太は俺に今、頼って来てる。俺はそれに応えないと。
──って、言っても、康太を罵るなんてどうすればいいの?
酷い言葉をかけてほしい、って言うけど、酷い言葉って……どんなことを言えばいいんだろう。
いつも言っちゃうみたいな、小言とは違う……悪口ってこと?でも、康太の悪口なんて、俺には思いつかないし。良いところなら、たくさん思いつくけど──そうだ。
──良いところの逆を言えばいいのか!
嘘でも、康太に酷いことなんて、もう言いたくないけど……でも他ならない康太がそれを求めてるんだ。
俺は康太に「じゃあ言うよ?」と前置きしてから、息を吸って──それから言った。
「ば、ばーか……」
「おう」
「い……意地悪」
「いいぞ」
「ブサイク……」
「いい感じだ」
「天邪鬼。可愛くない」
「そうだ」
「役立たず」
「そう……もっとだ……」
「グズ、間抜け野郎……」
「いいぞ……その調子だ……」
「分からずや……俺のこと、何にも分かってない」
「……そうだ、もっと言え」
「大嫌い」
──あれ。
いい加減、もう言葉が出てこなくて、最後にそう言うと……康太が急に黙ってしまった。
さすがに言い過ぎちゃったかな……おそるおそる、康太の顔を見ると、康太は、驚いたように目を開いて固まっていて──考えるよりも先に、言葉が出た。
「ごめん……康太!今のは、今言ったのは全部逆で……本当は、康太は優しくて、頼りになって……俺は、康太が大好きだから……」
すると、康太は、はっと我に返って言った。
「あ、いや……大丈夫だ。分かってる。ちょっと、何か……思い出しかけたっていうか。むしろ、変なこと頼んで悪かったな、瞬……ごめん」
「ううん、俺、酷いこと言い過ぎたと思うから……」
「いや、俺だって」
そんな調子で、お互い謝り合うばっかりになってしまったので「もうこういうのは止めよう」ということになった。ちょうどその後、武川先生が戻ってきたので、俺は康太に手を振って「補習頑張ってね」と言って別れた。
──別れ際、すっかりいつも通りに戻った康太は俺に、「ああいう瞬、なんか悪くないな」と言ったので、最後に俺はありったけの想いを込めて「変態」と返した。
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