5月10日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



〜 「瞬断ち」チャレンジ 開催中 〜


康太さんによる「瞬断ち」チャレンジが開催中です。開催期間中は、瞬さんは康太さんを甘やかさず、そっと見守りましょう。成功の可否による報酬も罰則もありませんが、頑張ってください!





「イベントにしないでよ」


掃除の時間。自在ほうきを片手に俺は、気まぐれに現れたキューピッドに文句を言ってみる。それに対して、澄矢さんは肩を竦めた。


「だってなあ……何が『瞬断ち』やねんて。相変わらず、ムカつくけどおもろいやっちゃな」


「康太なりに真面目に頑張ってるんだよ。馬鹿にしないで」


「そう怖い顔せんといてや」


校長室や生徒指導室のあるフロアに続く階段が、俺と康太の班の持ち場なんだけど、今は皆、ゴミ捨てに行ってるから、階段には俺と澄矢さんの二人きりだ。


俺は澄矢さんを退かそうと、ほうきで掃こうとする……けど、澄矢さんにはひらりと躱された。全くもう。


「でも瞬ちゃんやって、あいつの変な意地にモヤモヤするやろ?」


「モヤモヤなんてしないよ」


実際、康太は昨日から──すごく頑張ってる。


授業も(後ろの席から見てる限りは)寝ずに、背筋を伸ばして、受けていたし。

ちゃんと、自分で時間割を見て、授業の準備もしてた。ネクタイもちゃんと締めてたし、訊いたら、昨日の授業で出た課題も自分でやってた。もちろん、放課後の補習も行ってたみたいだし……今までの康太と大違いだ。


あのやわやわの決意表明に、正直なところ「大丈夫かな……」って思ってたけど、康太はやればできる子だった。俺はそんな康太を応援したいし、すごい、偉いっていっぱい言いたい。でもそれは──。


──「甘やかし」になっちゃうからダメなんだよね……。


俺はつい、はあ、とため息を吐く。澄矢さんには、ああ言ったけど、本当はほんのちょっとだけ、モヤモヤとまではいかないけど……胸に燻ぶるものはあった。


「玉子焼きもいらんって言われてもうたもんなあ」


「うるさいよ」


キューピッドに隠し事はできない。考えすぎないようにしてたことをズバリと言い当てられて、悔し紛れに、俺は澄矢さんをじとっと睨んでみる。でも、澄矢さんには何の効果もなかった。


──あのくらいだったらいいかなって思ったんだけどなあ。


気持ちがしこる理由は、掃除の前……お昼ご飯の時のことだ。

俺は、いつもするみたいに、康太にお弁当の玉子焼きをあげようとしたんだけど、なんと康太に断られたのだ。「今はダメだ」って……。これも「瞬断ち」の一環なのかと、俺はびっくりした。だって、玉子焼きは、康太の大好物なのに……それも断るなんて、一大事だと思う。


「怒ってるん?」


「違うよ……ただ、なんか……どうするのが康太のためなのかなあって」


どうしてこんなことを言い出したのかは、分からないけど、康太は俺の【条件】のことだって、深くは訊かずに協力してくれてるのだ。それなら、俺だって──たとえ事情はよく分からなくても、康太のためにできることがしたい。でも、どうしたらそれが「甘やかし」にならないんだろう。


「そんなんもう、『瞬断ち』なんて俺には無理やって思わせたらええねん。失敗させたったらええわ」


「できないよ!そんなこと……康太は真剣なのに、それを失敗させるなんて」


「だってチャンスやん。『瞬断ち』失敗したわー、俺には瞬がおらんとダメやわーってなったら、そこから『瞬、一生一緒にいてくれや』って堕ちるで。ハッピーやん」


「それはそれで、ちょっと不安になるよ!」


康太とはずっと一緒にいたいけど、その「堕ち方」は心配すぎる……ヒモみたいで。

そんなことを思っていたら、今度は澄矢さんの方がため息を吐いた。


「複雑やなあ……人間って」


「とにかく、俺は……今は、康太のことを見守るって決めてるから。澄矢さん、変なことしないでね」


「せえへんよ。最近、派手にあれこれしてもうたから、しばらく大人しくしてなあかんし。ま、儂も見守るしかないってことやな」


ほな──と、手を上げて、澄矢さんが消える。入れ替わるように、康太と班の皆が戻ってきた。


──俺にできることは……。


康太に求められたら、いつでも力になれるように待ってることだ。そりゃあ、ちょっぴり寂しかったり、焦れる時もあるけど……それが康太のためになるなら、俺も耐えなきゃ。


そう、どんなことでも、康太のためなら……そう心に決めてはいたんだけど──。





「瞬、俺を……強く罵ってほしい」


「……」


さすがに、これにはドン引きだった。


放課後。補習の前にちょっとした打ち合わせがあるから、その間に……と、武川先生に頼まれて、俺と康太は印刷室で、クラスに配るプリントをコピーしてたんだけど──それがどうして、急にこんなことに。


「一応……どうしてなのか、訊いてもいい?」


「瞬に酷い言葉をかけてもらいたい」


「最悪」


「その調子だぞ、瞬」


俺は作業台の上で、わざと大きく音を立てて、プリントの端を整えた。すると、康太が「違うからな」と言った。


「……何が違うの?」


「いいか、これは……目覚ましのビンタみたいなもんだ。これから補習もあるし、ちょっと目を覚ました方がいいなと思って」


「そ、そういうこと……?」


「そうだ」と康太が力強く頷くので、そういうものかなあ……と納得しかける。いや、でもそれにしたって、もうちょっと言い方があるでしょ。


「俺、康太が変な趣味に目覚めちゃったのかと思って心配したよ」


「そんなわけねえだろ。俺はただ、瞬に罵ってもらえば、補習にも集中できると思ったんだよ」


「ただ思うようなことじゃないけどね」


本当、康太のこういう妙な理屈には時々びっくりするけど……とにかく、だ。どんなことであれ、康太は俺に今、頼って来てる。俺はそれに応えないと。


──って、言っても、康太を罵るなんてどうすればいいの?


酷い言葉をかけてほしい、って言うけど、酷い言葉って……どんなことを言えばいいんだろう。


いつも言っちゃうみたいな、小言とは違う……悪口ってこと?でも、康太の悪口なんて、俺には思いつかないし。良いところなら、たくさん思いつくけど──そうだ。


──良いところの逆を言えばいいのか!


嘘でも、康太に酷いことなんて、もう言いたくないけど……でも他ならない康太がそれを求めてるんだ。

俺は康太に「じゃあ言うよ?」と前置きしてから、息を吸って──それから言った。



「ば、ばーか……」


「おう」


「い……意地悪」


「いいぞ」


「ブサイク……」


「いい感じだ」


「天邪鬼。可愛くない」


「そうだ」


「役立たず」


「そう……もっとだ……」


「グズ、間抜け野郎……」


「いいぞ……その調子だ……」


「分からずや……俺のこと、何にも分かってない」


「……そうだ、もっと言え」


「大嫌い」


──あれ。


いい加減、もう言葉が出てこなくて、最後にそう言うと……康太が急に黙ってしまった。


さすがに言い過ぎちゃったかな……おそるおそる、康太の顔を見ると、康太は、驚いたように目を開いて固まっていて──考えるよりも先に、言葉が出た。


「ごめん……康太!今のは、今言ったのは全部逆で……本当は、康太は優しくて、頼りになって……俺は、康太が大好きだから……」


すると、康太は、はっと我に返って言った。


「あ、いや……大丈夫だ。分かってる。ちょっと、何か……思い出しかけたっていうか。むしろ、変なこと頼んで悪かったな、瞬……ごめん」


「ううん、俺、酷いこと言い過ぎたと思うから……」


「いや、俺だって」


そんな調子で、お互い謝り合うばっかりになってしまったので「もうこういうのは止めよう」ということになった。ちょうどその後、武川先生が戻ってきたので、俺は康太に手を振って「補習頑張ってね」と言って別れた。


──別れ際、すっかりいつも通りに戻った康太は俺に、「ああいう瞬、なんか悪くないな」と言ったので、最後に俺はありったけの想いを込めて「変態」と返した。

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