5月9日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「『瞬断ち』って……どういうこと?」


朝──いつも通り、二人で一緒に登校して、それから、日課のお花の水やりをしてる時だった。何気ない会話が途切れた時、ふいに、康太が真面目な顔で言ったのだ。



──「俺は今日から……『瞬断ち』をする」



しゅんだち?


そう言われても、音の響きと字面がすぐに浮かばなくて、戸惑った──でも、康太の真面目で、何か決意に満ちた表情で、それがもしかして「瞬断ち」じゃないかと思ったんだけど。思ったところで、意味は分からない。


すると、康太はひとつ頷いてから、俺にその意味を教えてくれた。


「要するに……瞬を断つってことだ」


そのまんますぎる。


「切られちゃうの、俺?」


たぶん、そういうことじゃないだろうな……と思いつつ訊いてみると、やっぱり、康太は首を振った。


「何ていうか……瞬を控えるってことだ。ほら、塩分も摂りすぎるとよくないだろ」


「俺そういうものだったの?!ていうか、控えるってどういうこと?」


もしかして、康太は俺と距離を置きたいとか……?昨日、補習を覗きに行ったのが邪魔だった?それとも、気付かないうちに、何か康太に嫌なことしちゃったのかな……そんなはずないって思いたいけど、いざ、こんなことを言われると、つい考えてしまう。


だけど、そんな俺の不安は康太にも伝わったのか、すぐに「そういうんじゃねえからな」と康太が言った。


「俺……今まで、瞬に頼りすぎてただろ。これからは、瞬に頼りすぎねえように、やってこうって思ったんだよ。瞬が嫌いとか、離れたいとか、そういうのは絶対ねえから」


「康太……」


そんなことを言うなら、俺だって、康太にはいつもたくさん助けられてるのに。助けてもらってきた分、いや、それ以上に……俺は康太にしたいと思うこと、たくさん返していきたいのに。


だけど、康太の意思は固いみたいだ。


「これからは、教科書や課題を忘れたりしても、瞬に頼らねえ。自分でちゃんと用意するし、やる。次の授業の時間割も毎回聞かないぜ。身だしなみも、自分でちゃんと整える。テスト勉強だって、自分でやる。授業中に居眠りをしてたって起こさなくていい。寝かせたままでいいからな」


「居眠りは起こすよ」


さらっとサボろうとしてもダメだ。でも他は……そっか、康太はもう自分で頑張ろうとしてるんだね。俺はようやく、康太の言う「瞬断ち」の意味が分かった。要するに、だ。


「分かった。俺も心を鬼にして……康太を甘やかさないようにするよ」


「ああ、そうしてくれ」


そうは言っても……だ。「甘やかす」の線引きが難しい。康太が言ったみたいなことはやらないにしても……他にはどんなのがよくないのかな。康太に訊いてみると、少し唸ってから、こう言った。


「瞬は、俺のことを『すごい』とか『偉い』とか最近褒めてくれるだろ……嬉しいけど、調子に乗っちまうから、ちょっと控えた方がいいな」


「そうなんだ……じゃあ、もしかして『好き』って言うのもダメ?」


ダメって言われたらどうしよう、と内心ドキドキする。だけど、康太は首を振った。


「それはいい。よく分かんねえけど、瞬は言う必要があるんだろ」


「う、うん。ありがとう」


よかった。でも、本当はどうなんだろう……とか、つい考えたくなるけど、そこは、康太を信じる。信じないと、それこそ、康太の優しさに対する裏切りだ。迷いは捨てて、俺は康太に言った。


「好き」


「おう……」


いつもみたいに、康太は頷いて、それを受け止めて……でも、それから、一瞬。ほんの一瞬だけ、眉を寄せたように見えた。


──気のせい……?


一度振り切った迷いが、また顔を出しそうになったけど、俺は努めて、それを隅に追いやる。代わりに康太に訊いてみた。


「ちなみに、この『瞬断ち』って、いつまでやるの?」


いつまでやるのか分からない【条件】を受け続けてる俺が訊くのもなんだけど。でも、康太の方は決めているらしく、康太は俺を真剣な目で見据えて言った。


「今週いっぱいだ」


思ったより短いな。


だけど、今週いっぱいとなると少し気になることがある。


「金曜日は遠足だよ。前の日の準備とか、当日も色々……それも、康太は自分でできるってことだね」


「じゃあ木曜までにする」


さらに縮んだ。決意は固いなんて思ったけど、全然そんなことなかった。やわやわだった。


「ていうか、どうして急に『瞬断ち』なんて言い出したの?」


「それはまあ……色々あってだ」


「色々って?」


「……色々は、色々だ」


──珍しい。


何か言いづらい理由がある時、康太はいつもそれらしい言い訳を並べてみたり、上手く煙に巻こうとしたりするんだけど……今日の康太は違った。


俺から顔を逸らして、口ごもる康太を不思議に思いつつも……まあ、とりあえず康太の言う「瞬断ち」を見守ろうと俺は思った。

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