5月8日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「俺は今日から……『瞬断ち』をする」
「え……?」
それはとても衝撃的な、康太の一言だった。
一体、どうしてこんなことになったのか──時は、今日に遡る。
。
。
。
──康太、まだやってるのかな?
部活終わりのことだった。図書館を出て、昇降口の方へ向かう皆と別れて、俺は管理棟の三階──PC室へと向かった。
今日からしばらくの間、放課後、康太はそこで、担任の武川先生とマンツーマンで、来月にある資格試験のための補習をしてるらしい。だから、部活が終わったら、ちょっと覗きに行こうかな……なんて思っていたんだけど。
──今日は、いつもより部室に長居しちゃったし、この時間だとさすがに校舎も薄暗いな……。
いつもは十七時半ぐらいに図書館を出るんだけど、今日はなんだかんだで十八時過ぎくらいまでいてしまった。日が延びたとはいえ、ぼちぼち色んな教室の灯りも消え始めるし、校舎に残っている生徒もぐっと減るから、この時間の校舎はちょっと寂しい。
それでも三階に着いた時、廊下に漏れるPC室の灯りを見たら、ほっとした。よかった、まだいたんだ。
ドアの窓から中を覗くと、あれこれと図が描かれたホワイトボードを前に、武川先生と康太が参考書らしきものを広げて、何やら話していた。
──すごい、本当に頑張ってるんだなあ……。
康太は自分で自分のことを「俺は馬鹿だし」とか言うけど、俺はちっともそう思わない。むしろ、康太は、本当はすごく頭が良くて……俺からしたら羨ましいくらいなのに、どうして、そんなことを言うんだろうって思う。康太が真面目にやったら、俺なんかよりずっと「優等生」だ。
実際、俺は小学生の時、そんな頭の良い康太がかっこよく見えて……だから、できないなりに勉強をやろうって思えたんだよね。
なんだか、ずっと昔に好きだった康太が戻ってきたみたいで、俺は嬉しかった。もちろん、それだけが、康太の好きなところじゃないんだけど……なんて、思っていると。
「瞬?」
「え、あ……康太」
覗いていたのと逆の方のドアが開いて、康太が顔を覗かせる。俺はなんだか、バツが悪くなった。
「ごめん……邪魔しちゃったよね」
「いや、いい。もう帰るとこだったから」
「おや、立花くん。ちょうどよかったね」
「武川先生」
すると、康太の後ろから武川先生も顔を出す。先生は穏やかに笑うと、「瀬良くん、お迎えですよ」と冗談めかして言った。それを聞いた康太が口を尖らせる。
「俺は幼稚園児か」
「はは、まあ似たようなものかなあ。これは何だとか、あれはどういうことだとか……容赦なく何でも訊いてくるしね」
「康太……瀬良は、そんなに熱心だったんですか?」
「そりゃあもう、大変だったよ。一時間くらいのつもりだったんだけど、こんな時間になっちゃったしね。でも瀬良くんは筋がいいから、すぐに理解して吸収するし、教え甲斐があって楽しいよ」
「へえ……」
感心しながら、康太を見ると「何だよ、その顔は」と言われた。照れ隠しかな。でも、なんだか誇らしい気持ちになる。康太が褒められると俺も嬉しかった。
「さあ、ここは閉めておくから、今日はもう帰りなさい」と武川先生が手を叩く。だけど、先生はポケットをまさぐりながら「あれ……鍵置いてきちゃったかな」と言った。康太がため息を吐く。
「何だよ、締まらねえな……」
「はは、参ったな。悪いけど、ちょっとの間、ここにいてくれる?最近厳しくてねえ……特別教室の鍵を閉めないまま、どっか行ったのを主任に見つかるとうるさいんだ」
「分かりました」
俺がそう言うと、「ごめんね」と武川先生がその場を離れる。康太は俺に「中で座って待ってようぜ」と言った。
PC室の前半分は、講義を受けるためのスペースだ。ホワイトボードと、二人掛けの席が何列か並んでいる。俺は、さっきまで康太が座ってた席の隣に腰を下ろした。
「康太、すっごいやる気だね」
「まあな」
康太が広げていた参考書をリュックにしまいながら、言った。
「頑張ってると……なんか良い気分になるだろ。偉い奴になった気がするっていうか」
「康太はずっと偉いよ。頑張ってる」
「こうやって、瞬にも褒めてもらえるしな」
冗談とも、本当ともとれるような口調で康太が言った。でも今はどっちかなんて考えない。康太はすごいし、俺は康太を褒めたいから褒める。
「康太偉い、頭も良い、すごい……かっこいい、好き」
「それ、いつものやつか?」
「本当だよ。本当にそう思ってる」
言ってから、自分でちょっと、ひやりとした。あまりにもストレートに、気持ちが口に出てしまったから。
「そうか……ありがとうな」
でも、康太にそれはただ……言葉通りに伝わって、それだけだった。
切り替えるつもりで、俺は言った。
「康太は、明日もここで補習だよね」
「おう……あ、もしかして買い物行くか?それなら、手伝ってから補習行くって武川に言うけど」
「ううん。大丈夫だよ。買い物は行くけど、明日はそんなに買い込まないから。康太は補習行ってよ、せっかくなんだから」
「分かった。でも、必要だったら言えよ」
「うん」
ここで「やっぱり来て」って言うほど、俺はずるく在りたくない。それよりも、頑張ってる康太を応援したかった。あ、それならいっそ俺の方が……。
──明日、買い物が終わったら、康太に差し入れに行こうかな……。
長く勉強してたら、小腹が空くかもしれないし、ちょっとしたおやつとか……何か、康太が好きそうなものを持って行こう。武川先生にも「康太をお願いします」って何か渡そうかな。
……なんて、そんな俺の計画は、明日、康太の衝撃的な一言で、吹っ飛んでしまうとも知らず……この時の俺は、楽しい想像に胸を膨らませていたのだった。
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