2月2日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



▽ライフラインの使用が解禁されました▽


【金縛り】…一定時間対象の動きを封じる


天眼通てんげんつう】…24時間以内に起きる対象の行動を知ることができる(監視者による制限あり)





『ねえ【すき】って、どういうこと?何が言いたいの?』


そう言われた瞬間、頭が冷えていくのが分かった。真冬の寒空の下でもだ。


──こいつは、本当に分かんねえんだ。


「すき」という、ただの音を繰り返した瞬の目は、顔に穴がぽっかり開いてるみたいに暗くて、底がなかった。


クソ矢が言うには、だ。


瞬は「どこかの誰かさん」に感情を抜かれてしまったらしい。


その影響で、抜かれた感情に関わる事象に対して、著しく「鈍く」なっている。


そして厄介なことに、瞬は「好き」という言葉に「鈍く」なってしまった。


だから、ただ「好き」って言われても、理解できない。


それは俺にとって、日々「条件」をクリアするのが、今までよりもハードになったことを意味する。


俺の「条件」は、瞬の側の認識に大きく左右されるものだ。

その瞬が「鈍い」ってことは、ちょっとやそっとじゃ、「好き」は伝わらない──生きるためには多少、無茶苦茶な方法もとっていく必要もあるかもしれない。


昨日みたいに。


『クソが……一体誰がこんなことしやがった……まさか、てめえらの身内じゃねえだろうな』


『……』


『……おい何だその、険しい顔で天を仰ぐな。教えろ』


『……しゃあないやろ。儂らやって一枚岩とはいかんねん。儂かて、迷惑してんで?お前が失敗したら、それはそれで都合悪いねんから』


『認めるんだな?』


『まあ、こうなったらな。でも【条件】は変えへん。アレはマストやから。せやけど……できる範囲で協力はしたる』


『……協力だと?』


『儂の力を使わしてやってもええ』


『力?クソ神としての力か?』


『せや。お前らの言うところで【ライフライン】っちゅうんか?』


『それだいぶ古いぞ』


『……ま、お前に貸してやれるもんは、後で【条件】にでも加えとくわ。確認しとき』


『ふうん……』


──まあ、そんなもん使わなくてもやってやる。こいつらに頼るのは癪だからな。


なんて、はじめは構えていたんだが。


あの朝の瞬の様子に、現実を思い知った。

そして、俺は昨日仕方なく──「ライフライン」に頼ってしまった。


瞬が一人きりになるタイミングを「見通し」、取り押さえたところを、さらに「金縛り」で拘束したのだ。


……やってみたら便利すぎて、正直、今後も使うことになりそうで怖い。なんかムカつくな……。


『あ、言い忘れとったけど』


『何だよ』


『ライフラインは一日三回までにしとくとええよ。三回以上使用してもええけど、死ぬで。気いつけてな』


『早く言え!それは』





「倦怠期なんじゃねえか、お前ら」


放課後。

部活終わりの瞬を待伏せしようと、教室で何をするともなく過ごしていると、同じく教室で暇を持て余していた西山が、ふいにそう言った。


「はあ?何言ってんだ。俺と瞬は別に普通だ」


「俺は『お前ら』って言っただけなのにな?立花とのことだって自覚はあんだな」


「くっ……」


返す言葉もなかった。俺の反応に満足したのか、西山はニヤニヤ顔でさらに言った。


「ちょっとおかしいと思うんだよなあ、最近のお前ら。なんていうか、立花が瀬良にそっけないっていうか。前は嫁みたいに甲斐甲斐しくお前の世話してたってのに……愛想尽かされたのか?って」


「違えよ。そんなんじゃねえ……ていうか、むしろ今までがちょっとおかしかったかもしれねえくらいだ。ただの幼馴染だってのに、ちょっと近すぎたかもしれねえっていうか」


それこそ、昨日瞬が言ったみたいにだ。「彼女でもないのに」って。


瞬がああなって──とりあえず「条件」のことはさておいてだ。


俺は正直なところ、少し安心を覚えてしまってもいる。


もちろん、瞬からしたら感情を誰かに奪われているわけだし、それも十中八九、俺がそうなった原因に関わっているだろう。それに対しては、憤りもあるし……なんとかしてやりたいとは、思う。


だが、俺と瞬の関係としては、今の状態ぐらいがちょうどいい気がするし、何より瞬だって俺に毎日「好き」って言われて、不快になることもないのだ。


現実問題として、俺の「条件」は、クソ神からいつ「許し」が出るのか分からないわけだし。


それはそれで、瞬にとってもいいんじゃないのか──と、つい思ってしまう。


「それはお前の勝手な見方だろ」


「……は?」


見透かしたような西山の発言に、思わずどきりとする。しかし、すぐに「さっき言ったことに対してか」と思い直す。俺は西山に言った。


「瞬だってそう思ってんだ。俺は分かる……知ってるからな」


「本当にか?」


「ああ、マジだ。前に……ちょっと距離を間違えた時に、嫌がられたからな」


「……」


西山が顎に手を当てて考えるような素振りを見せる。ややあってから、独り言みたいに呟いた。


「そうは思えねーだろ……どうやったって」


「何だよ」


「いや、何でもない」


思い立ったように、椅子から立った西山は「なあ瀬良」と言った。


「気のせいならいいんだが。俺は……お前が今みたいな状態を心の底から良しとしてるようには思えない」


「……気のせいだ」


「そうか……なら、これ以上は俺が突っ込むことでもないか。まあ──」


そこで言葉を切ってから、西山はにっと口の端を上げて、こう言った。


「倦怠期のカップルに効くのは、しっかり愛情表現をすること、らしいぞ」


ぼちぼち行くわ、と西山が片手を挙げて教室を出ていく。ぴしゃりと閉まった扉に、俺は一人、呟いた。


「だから、カップルじゃねえし……」





「瞬」


偶然を装い、昇降口で瞬を捕まえる。既に靴を履き替えていた瞬は、おもむろに俺の方を振り返ると、「ああ」と軽く手を挙げて応えた。


「何、康太も今帰りなんだ?」


「あー……まあな。一緒に帰ろうぜ」


「いいけど……どうせ、同じとこに帰るのに」


瞬の方は何を今さら、といった感じだ。そういえば、俺も今まであえてそんなこと言わなかった気がする。何でだ。


──西山の言ったこと気にしてんのか?


そう考えて、頭を振る。そんなわけねえ。俺と瞬はカップルなんかじゃねえし、何もねえだろ。


それからしばらく、瞬と二人で他愛もない話をしながら歩いた。「条件」をクリアするチャンスを窺いながら。

と言っても、前ほど慎重になる必要はない。瞬の方は俺から何を言っても適当に返事をするし、あとはしっかり、ただの音ではなく「好き」と認識させることにだけ気をつければいい。これが少し骨が折れるんだが──なんとか今日も、できるだろ。


「でさ──」


「おう」


話しながら、瞬の顔を見る。幼稚園の頃から死ぬほど見てきた顔。

すぐぴーぴー泣くけど、その代わり泣き止むのも早くて、イジメてもただではやられなかった。いつもはぼんやりしてるくせに、とにかく負けず嫌いで、細かいことをごちゃごちゃ気にする質でもある。それにめちゃくちゃ食うし、笑いの沸点も低い。これが俺の知ってる瞬だ。


十数年の付き合いの中で、俺はあいつの色んな顔を見てきたと思う。だけど──。


「ふうん……そうなんだ」


「……ああ」


今の瞬が時折見せる、あの虚ろな顔は初めてだった。そりゃそうだ。「そこにあるべきものが抜かれてしまった」んだから。じゃあここには何があったんだろうと思う。


──何が「ない」から、俺は、こんな瞬が……。


そう思った時には既に、マンションの前まで来ていた。マズい。

瞬と別れる前に、とにかく「条件」を──そう思った俺は、咄嗟に瞬の手首を握った。


「……何?」


「瞬、あのさ」


言いかけると、瞬が俺の手を解こうとしてきたので、離さないように握る力を込めた。

瞬が眉を寄せる。


「痛いんだけど」


「一瞬我慢してくれ」


「……昨日もそうやって変なことしてきた」


「変なことはしてねえだろ」


「変だったよ、十分。気持ち悪いし、もう顔も見たくないくらい」


そう言って俺を睨む瞬にカチンと来て──手首を掴んでない方の手で、瞬の頭を引き寄せて、耳元ででかい声で言ってやった。



「俺は……瞬が、好きだ……!」



半ばやけくそだった。

言い切ると、俺は瞬の答えも聞かずに、手を離して、階段を駆け上がった。

後先を考えない行動だったと思う。さっきのがクリアになってなかったらアウトだ。


だけど今はそれよりも、瞬から離れたかった。

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