5月23日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



【間引きの試練】


期間:5月20日~5月27日


最終日時点で、瀬良康太の中でより強く想われている方を、「立花瞬」として残す。

選ばれなかった方は不要と見なされ、存在が消滅する。



♡気持ち伝わる!キスか恋文キャンペーン♡


本日、5月23日は「キスの日」&「恋文の日」です♪


二つの記念日にちなんで、本日に限り、上記条件1の実行判定に「キス」を追加&ラブレターによる実行でボーナスを差し上げます。


大好きなあの人に、あなたはどちらで気持ちを伝えますか?是非チャレンジしてみてくださいね♪





──『好きだよ、康太……准の、真似なんかじゃなくて』


昇降口の雑踏が、別世界のものみたいに遠くなる。康太の綺麗な目は見開かれていて、今、この瞬間、俺だけを映していた。少しだけ浮かせていた踵を地面に下ろして、康太から離れる。途端に、緩やかに感じられていた時間が流れ出して、胸の中で心臓が大きく鳴りだした。


──い、言っちゃった……。


なんて、緊張はすぐに、何の意味もないものになる。だって、この幼馴染ときたら──。


『本当……お前ら兄妹、そういうの恥ずかしげもなく言うよな……俺もお前らのそういうところは好きだけどよ……』



「お前が言うな、だよ……本当」


昨日のことを思い出すと、ついそんな悪態も吐きたくなってしまう。


放課後──外は朝から雨模様で、閉め切った窓を雨粒がぱらぱらと叩く音が聞こえてくる。

今日の分のテストを終えた俺は、康太を待つ間、誰もいないラウンジで一人──ルーズリーフに向かっていた。


「ほーん……どれどれ、『康太へ 今日は康太に伝えたいことがあって筆を執りました。ちょっと恥ずかしいけど、読んでね まず、俺は康太のちょっとぶっきらぼうだけど、本当は優しいところが好きで──』」


「読まないでよ!」


いきなり向かいの席に現れたキューピッドから隠すように、俺はルーズリーフの上に覆い被さる。残念だけど、今の俺にプライバシーはない。紙を隠しながら自分を睨む俺に、澄矢さんはニヤニヤしながら言った。


「なんや、瞬ちゃんは恋文派なん?てっきり、手っ取り早くキスでいくんかと思ったわ」


「そ、そんなことできるわけないでしょ!」


揶揄うような調子の澄矢さんに首をぶんぶん振って否定する。


「恋文」派……というのは、もちろん、今日の「キャンペーン」のことだ。ただでさえ「試練」もあるのに、重ねないでよ──とは思ったけど、昨日のこともあり、康太には直接言ってもあまり効果がない気がして。こうなったら「ペン」で言おうと思ったんだけど……。


「えー?だって、前してたやん。あの時みたいに勢いでぶちゅーっといけばええやんけ」


「ぶ、ぶちゅー……って!ていうか、そんなことまで知ってるの……?」


「まあな」


ふっと笑う澄矢さんに、俺はあの時のことを思い出して、頬が熱くなるのを感じた。

父さんと母さんと実春さんと、康太と居酒屋で食事をした日……うっかり酔ってしまった俺は、勢いで康太の頬にキスを……してしまったのだ。康太には次の日謝って、一応、丸く収めてもらったけど……今、思い出しても、本当になんてことをしたんだろうと思う。


「一回したらもう二回してもええやん。ペンで言おうが口で言おうが、あいつには同じやって。ちゅーはペンよりも強し、や」


「そんな格言はないよ」


この適当関西人は本当に困る。キスは……そんなに簡単にできることじゃないのに。


「なんや、瞬ちゃんはほんま真面目やなあ……何で、そこまで思うん?」


「……澄矢さんには分かんないよ」


キューピッドみたいに、こういうことに慣れてる存在には、理解できない感覚かもしれない。でも、俺にとっては、とにかくそういうものだから……できないのだ。


「ふうん……そういうんもんか?」


「……そうなの。ていうか、もう邪魔するならどっか行っててよ……俺は今康太に──」


「俺に何だよ」


「わっ!」


気が付くと、澄矢さんに代わって康太が目の前にいた。さっきまで澄矢さんがいた席を指して「いいか?」と聞くので、俺はつい、こくりと頷く……。


──まずい、これじゃ書けないよ……。


さすがに本人の前でラブレターをライブライティングするわけにはいかない。俺は書きかけのルーズリーフを丸めてスラックスのポケットにしまった。すると、それに気づいた康太が首を傾げる。


「何だ、何か書いてたんじゃねえのか?」


「え……あ、まあ、その……何ていうか」


「もしかして、また文芸部の……小説とかだったか?悪かったな」


「い、いいの……ちょっとしたメモ書きみたいな……そんなのだから」


上手い言い訳も思いつかず、露骨に怪しい感じになる。いっそ、ここで康太に言っちゃった方がいいかな……今は准もいないし、とそんなことを思ったけど、言えなかった。また空振りになりそうな気がして……別にあんなの、今に始まったことじゃないのに。


──それでも、昨日のは、ちょっと勇気を出したのに……。


「瞬?」


「……あ、ごめん」


ほんのちょっとだけ、康太に対して恨みっぽいことを思いそうになって、でもすぐに我に返る。

だけど、康太は俺の中の何かを察したのか、こう言った。


「昨日も言ったけど、マジで何かあったらすぐ言えよ。言えなくても……できることあるなら何でも力になるから。前にやってた『好き』のやつみたいに」


「え……?」


「ほら、何か前……『毎日好きって言うのをただ聞いててほしい』って俺に言っただろ。あれも准絡みなのか?まあ、理由はよく分かんなかったけど……ああいうことでも、俺でいいなら何でもする」


──そういうことになってるんだ……。


今の康太の中で、あれは過ぎたことになってるらしい。「試練」の影響なのかな。今でも毎日、俺はやってるけど、じゃあそれは……康太の中でどういうことになってるんだろう。分かんないや。分かんないけど。


「じゃあ……そろそろ行くか。准のクラスももうすぐテスト終わるだろ。迎え行って、帰ろうぜ──」


「康太」


「ん?」


椅子から立ち上がった康太に、俺は言った。


「好きだよ」


「おう……」


「……まだ、聞いててくれる?」


「瞬が言うなら……もちろん」


そう答えた康太を見つめていると、「どうしたんだよ」と訊かれる。

俺は、胸の中から絞り出すように言った。


「もう一個……お願いしてもいい?」


「何だ?」


「もうちょっとだけ……ここで一緒にいて。二人で」


会話の止んだラウンジには、ただ雨の音だけが響いて、時間を薄く引き延ばしてくれているみたいだった。





「康太」


「ん……何だ、准か。どうした?」


夕方──マンションの外の自販機で飲み物でも買おうと入口を出た時だった。偶然、鉢合わせた准に手を上げると、准に「こっち来て」と手招きされる。


「何だよ、こんなところに」


准に誘われてついて行くと、そこはマンションの入り口近くのちょっと入り組んだ──人目につかないところだった。一体何だ……と思っていると、突然、准に抱きつかれる。


「お、おい……何してんだ」


やんわり引き剥がそうと、准の肩を押すが、准は頑として離れようとしない。きつく抱きしめられてるような感覚はないのに、准はびくともしなかった。いや、むしろ……俺の身体が動かない、のか?


「おい、離れろって……いい加減、こういうのは──」


「このへん、だっけ」


その時、准の手のひらが頬に触れる。あ、と思った時にはもう遅かった。



「──っ!?」



准の唇が頬に触れた。


身体が動くようになって、咄嗟に准を押し退けた時、准は舌でぺろりと自分の唇を舐めてから、こう言った。


──「上書き」と。

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