5月22日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
【間引きの試練】
期間:5月20日~5月27日
最終日時点で、瀬良康太の中でより強く想われている方を、「立花瞬」として残す。
選ばれなかった方は不要と見なされ、存在が消滅する。
☆
──『立花 准』
十七歳。女性。血液型A型。八月二十九日生まれの乙女座。県立春和高校に通う三年生。所属は三年四組で、部活は帰宅部。成績は中の下程度。
家族構成は、父、母、双子の兄である『立花 瞬』の四人家族。現在は海外赴任中の両親と離れて、兄の瞬と二人で暮らしている。
趣味はゲーム。特技はブラインドタッチ。苦手なことは、勉強と家事全般。
同じマンションの一つ下の階に住む、幼馴染である『瀬良康太』とは幼稚園の頃からの付き合いで、密かに……はしていないが、想いを寄せている。
「あと、おっぱいはCカップだよ」
「……」
聞かなかったことにする。
突然、俺の前に現れたこの「双子の妹」──「准」。
澄矢さんから彼女の情報を聞いた俺は、机に広げたノートにこうやってまとめてみたんだけど……。
「なんだか、ライトノベルのヒロインみたいだな……」
部室の本棚に並んでいた小説のタイトルがふと浮かぶ。
俺の妹が……とかこの中に一人妹が……とか、お兄ちゃんだけど愛さえあれば……とか、そんな感じの。
だけど、俺に妹──それも、双子の妹なんているわけがない。だから、こうして自分にそっくりな「妹」と名乗る存在が、現れても、今一つ、実感がなかった。
「そら、『試練』のための作りもん……紛いもんの『妹』やしな。実感なんてなくて当然や」
「そうだけど……」
「えー?そんなこと言われたって、私は瞬の妹だもん。そんな金髪の言うことなんか気にしちゃダメだよ、瞬」
「誰が金髪豚野郎やねん」
「そこまでは言ってないよ」
「ふん」
仁王立ちで頬を膨らませた准──いつの間にか、制服に着替えている──が澄矢さんを睨む。
澄矢さん曰く、『試練』のために、おそらく……託弓さんによって作り出されたらしい彼女は、当然、キューピッドとも接触できる。まあ……あんまり気に入られてないみたいだけど。
「はあ……まあ、いつものことやしええよ。儂みたいなんは、神……他のキューピッドに煙たがられてもしゃあないしな」
「大変なんだね……」
つい、澄矢さんに同情するけど、澄矢さんは「そんなことより」と首を振った。
「こっからが肝心や。瞬ちゃんにももう【試練】の詳細は見てもらったやんな」
「うん……」
──【間引きの試練】
いつもの【条件】に加えられた、その文言にはどこか恐ろしい響きがある。
「『間引き』っちゅうんは、元々は植物の栽培でする作業やけど。転じて、増えすぎたもんを人為的に減らすこと……もっと言うと、生まれた子どもをすぐに殺すとかな、そういう使われ方もあんねん」
「……」
極めて、軽く──さらっと言われたことは、けれど、すごく重たくて、飲み込もうとすると、息ができなくなってしまいそうだった。押し黙ってしまった俺に、澄矢さんが「すまんな」と言って続ける。
「説明にもあった通り──土曜日までの間、瞬ちゃんとこの『准』、どちらがより康太に強く想われてるかによって、託弓は『間引き』をしようとしてる。つまり、この『試練』の結果、選ばれた方が、『立花瞬』になって……選ばれんかった方は、存在が消える」
「消えるって……どういうこと?」
かろうじて出した声は震えてしまう。澄矢さんは、目を伏せて少し考えてから、言った。
「これも……ほんま、ディープな話になるけど。さっくり言えば、存在の上書きやな。仮に、仮にやで?この『准』が選ばれたら……『准』の存在のデータが『立花瞬』に上書きされて、今の瞬ちゃんは意識とか、人格ごと跡形もなくなるっちゅう感じや」
「それって」
──『瀬良康太』の幼馴染は、『立花瞬』という名前だけは同じの……『准』という女の子になるってこと。
俺の理解に、澄矢さんが頷く。俺は……ただ、息を吸って吐くのがやっとだった。
──そんなの……。
「もう話は終わった?」
声の方を見遣ると、いつの間にか俺のベッドに寝転んで、スマホをいじっていた准と目が合った。
「そろそろ学校行く時間じゃない?早く行こうよ、瞬」
「あ……そうだね」
ふと、部屋の時計を見ると、もう朝の七時半を回っていた。准はベッドからぴょん、と降りると、膝丈のスカートを翻して、俺を振り返った。
「康太、待ってるよ」
☆
「おはよっ!康太」
「おう、おはよう。瞬、准」
「……おはよう、康太」
准がいること以外は、いつも通り──康太とマンションの下で合流した俺達は、学校に向かって歩き出す。天真爛漫な准は、早速、俺と康太の間に挟まって、康太の隣をキープしている。
……本当に、設定だけでも「双子」っていうのが信じられないくらい、こういうところは俺に似てない。色々な意味でちょっと羨ましい……。
そんなことを考えている間も、准と康太は何やら楽しげに話している。
「ね、康太。明日からテストでしょ?終わったら、久しぶりにゲーセン行こ。私、クレゲで狙ってるぬいぐるみがあるんだよね」
「何だよ……またかよ。そんなに久しぶりでもねえだろ……たまには自分で取る努力をしろ」
「だって、康太上手なんだもん。あれって言ったやつ、ぽんぽん取ってくれるし」
「まあ、准に比べればな。准に任せてたら、貯金がいくらあっても足りねえ」
「へへ……でも私には康太がいるからいいもん。大好きだよ、康太」
「調子の良い奴……」
そう言って、康太が呆れたように頭を掻くけど……何か、満更でもないように見えるのは気のせい?
──何だよ、自分だってしょっちゅう「瞬、大好き」とか調子の良いこと言ってたのに。
なんて、思ってしまってから、はっとする。そして落ち込んだ。こんなことで、いちいちとげとげしてたら、そのうち、康太にも嫌な態度を取ってしまいそうだ。俺は頭を振って、とげとげを追い出そうとする。
「瞬?」
「……」
「おい、瞬」
「……」
「──瞬!」
「──っ!?」
ふいに、康太の叫ぶ声が耳に届いたかと思ったら……すぐ目の前をトラックが横切って行って──俺は康太の腕の中にいた。
「危ねえ……気をつけろよ、信号赤だぞ」
「え……あ……本当だ」
言われてやっと気が付く。赤信号なのに、ぼーっとしたまま渡ろうとしてしまった俺を、康太は抱き止めてくれたんだ。康太に嫌な態度しないようにして、結局、康太を心配させたんじゃ元も子もないな……。
康太が腕を解いたので、俺は「ごめん、ありがとう」と言った。身体を包んでた温もりが空気に散ってしまうのを感じながら、俺はため息を吐いた。
☆
「瞬」
「何?」
昇降口に入った時だった。四組の下駄箱に駆けて行った准と一旦分かれて、五組の下駄箱で靴を履き替えていると、康太に呼ばれる。
「ちょっと」
「うん……?」
一体何だろう。手招きする康太に近づくと、康太は周りを気にしながら……小さな声で言った。
「何か……あったか?」
「え?」
思わず、康太の顔を見ると、康太は心配そうな顔で俺を見つめていた。俺は首を振る。
「……大丈夫だよ」
「それ言う時、大体そうじゃないだろ」
「……」
さすが幼馴染。
康太は呆れ交じりに俺に言った。
「言いづらいことなのかもしれねえけど。何か俺にしてほしいことあったら言えよ……准くらい、瞬も、もっと何でも言っていいからな」
「うん……」
──准くらい、か。
俺もそうなれたらって思う……でも、俺と准は違う。「双子」なのも、ただの「設定」だ。似ても似つかない……でも。
──それが俺で、俺は……俺のまま康太と一緒にいたいよ。
だから、ちょっとだけ、今は──。
「……康太」
「ん?」
「康太―!瞬ー!」
その時、下駄箱の向こう側で、准の声がする。一瞬、康太の気が逸れて──俺は咄嗟に、康太のシャツの裾を掴む。
「康太」
「うお……何だ、どうした?」
振り返った康太の耳元に、俺は少しだけ背伸びをして顔を寄せる。それから、康太に囁いた。
「好きだよ、康太……准の、真似なんかじゃなくて」
「は……?」
昇降口の雑踏が、別世界みたいに遠くなった。
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