2月25日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
『瞬。そっちはどうですか?
もうすぐ三年生ですね。
一人で日本に残ると聞いた時は、心配でたまりませんでしたが、
ちゃんとやれているみたいで、安心です^_^
寂しい思いをさせてごめんなさい。
そっちが春休みになる頃、少しだけですが、
帰れそうです。
その時こそは、
あなたが頑としてそっちに残るって言った理由
教えてね^_^
母さんより』
☆
「ふふ」
「どうしたんだよ」
テスト前最後の土日休み。例によって、俺の家で瞬と勉強をしている時だった。
瞬がスマホを見て笑っているなんて珍しい。
つい、瞬のスマホを覗き込もうとしてしまったが、瞬は別に隠すつもりはないらしい。「ほら」と俺にもスマホを見せてくる。
「母さんが、春休みにこっちに帰ってくるって、メールくれたんだ」
「ああ……」
瞬の両親は今、海外で仕事をしている。それについて行かなかったから、瞬はこうして一人暮らしをしているのだが。
向こうに行ってからは、一度もこっちに帰って来れてなかったからな。瞬にとっては久しぶりの両親との再会だ。
──そりゃ、嬉しいよな。
瞬は本当に嬉しそうな顔で笑ってるし、俺としても、二人に会えるのは楽しみだな。母親もきっとそうだと思う。
何せ、十数年近く付き合いがあるし、ほとんど親戚みたいなもんだしな。
俺は瞬の肩を叩いて言った。
「よかったな。来る日が決まったら教えろよ。母さんも会いたいと思うし」
「うん。皆でご飯とか行けたらいいね」
「そうだな」
そのためにもまずは、明後日のためのテスト勉強か。留年なんかして、恥ずかしい報告を二人にするのはごめんだ。
見た目にも分かるほどウキウキした様子で、母親に返信を打っているのだろう瞬を横目に、俺はノートに向き合う。
その時、ふとさっき見せてもらったメールの一文を思い出す。
『あなたが頑としてそっちに残るって言った理由』
『教えてね^_^』
──そういえば、どうして瞬はこっちに残ったんだろうな。
俺はその辺りのことは聞いてないんだが、まさか、瞬のお母さんも聞いてないとはな。
そうなると、たぶんお父さんの方も知らないんだろうし……誰も知らないってことか。
「なあ、瞬」
「ん?」
おれはペンを止めて、瞬に訊いた。
「瞬は……どうして日本に残ったんだ?」
「え?」
「だって、高校生で一人暮らしってすげえ大変だろ。なのに、どうしてついて行かなかったんだろって……」
「それは……」
瞬は宙を見つめる。まるで、答えを探しているみたいだ。
「何だよ、まさか……何となくとか?」
「え、さすがに違うよ!そんな簡単なことじゃないし、母さんにも父さんにも随分説得されたし……でも」
瞬は目を伏せて言った。
「今は……自分でもよく分からないんだよね。どうしてあんなにこっちにいたかったのか……」
「分かんねえって……」
言いかけて、俺ははっとする。
そうだ、今の瞬は……「ここに残ると決めた時の瞬」とは少し違うんだ。
──感情を奪われてるから。
瞬の中で整理がつかなかったり、分からねえ部分っていうのはたぶん、それが関係してるんだろうな。
──でも、よっぽどだよな?あの瞬が親に逆らってまで、残りたかったって。
瞬と両親の仲は、俺から見てもとても良好で、瞬はたぶん、いわゆる反抗期らしい反抗期もなかったんじゃないだろうか。
そんな瞬が、おそらく初めて親に逆らったことだ。立花家にとっては大事件だろう。
そんなことを忘れちまうなんて。
それは……俺のせいでもあるんだが。
だからこそ、俺は瞬がこっちに残った理由が気になった。
「……」
自分でも戸惑っているのか、瞬はさっきまでのウキウキした感じもどこへやら、すっかり沈んでしまっている。
まずい。
俺だって気にはなるけど、一番困惑してるのは瞬なんだから、焦っても仕方ないだろ。
どうにかしねえと──そう思っていると、突然、「白いふわふわ」がどこからともなくびゅんっと、瞬の下へ飛んできた。
「わ、た、タマ次郎?」
「わふっ」
見ると、タマ次郎が瞬の膝の上に乗っている。そして、俯いていた瞬の頬に顔を擦り寄せていた。
まるで、励ましているみたいに。
「おい、タマ次郎」
お前のせいなのに──喉から出かけた言葉を飲み込む。俺は机の下で拳を握り、どうしたもんかと思っていると、そんなことは知らず、瞬はタマ次郎をぎゅっと抱きしめた。
「ごめん、ありがとう。気を遣ってくれたんだね」
「くぅん」
「大丈夫だよ……忘れちゃうってことは、きっと大したことじゃないんだ。きっと、そうだよ……」
「きゅぅ」
「……」
瞬がタマ次郎のふわふわの背中に顔を埋める。
俺はどうにもできないまま、それを見ていることしかできなかった。
「クソ……」
「康太?」
思わず呟くと、すかさず、瞬が顔を上げる。
「……何でもねえよ」
「俺に通用すると思ってるの?それ」
俺は頭を掻いた。……ダメか。
観念して俺は言った。
「俺はタマ次郎みてえに可愛くもないし、ふさふさの毛もねえから、瞬にどうもしてやれねえって……思ったんだよ」
「……ぷっ」
言った瞬間、あはははは──と瞬が笑いだす。
何だよ!
「何がおかしいんだよ」
「だって……そんなの当たり前なのに……そんなことで嫉妬してるの、馬鹿みたいだから」
「馬鹿ってなんだ、てか、嫉妬じゃねえよ。普通に心配になったんだ。瞬が何か凹んでるから……俺が変なこと訊いちまったせいだし」
そう言うと、瞬は首を振る。
「別にいいよ。ちょっと、なんていうか……一瞬、自分で自分が寂しくなっただけだから。もう平気。本当に、俺がここにいるのなんて、たぶん、大した理由じゃないんだろうし」
──そんなわけないだろ。
無性にそう言いたくなった。
だけど言えなかった──俺だって分からないのに、それを言うのは無責任すぎるから。
「まあでも……」
ふいに、考えるような素振りを見せてから、瞬は言った。
「そんなに何かしてくれるなら……久しぶりに、うちに泊まってよ」
「は?……いいのか?」
「うん」
あまりにも唐突な提案に俺は戸惑う。
瞬はそんな俺のために、こう付け足した。
「俺が一人暮らし始めたばっかりの頃、康太、うちに泊まりに来てくれたことあったでしょ?あれさ……なんか、結構嬉しかったんだよね。ちょうど、その、寂しくなってた頃だから」
「あれは……だって、俺が母さんと喧嘩して家出してきただけだし」
「康太には悪いけど、俺は理由は何でもよかったんだよ。ただ来てくれたことが嬉しかったし。だから……また……たまにはいいかなって」
「瞬がいいならいいけどよ」
俺だってまあ、家で母さんと二人でいるよりは、瞬と二人の方が楽しいし、楽だ。
「じゃあ、決まりね」
俺が了承したので、瞬がそう言って笑う。
……まあいっか。これで瞬が元気になったなら。
「実春さんには俺が言っとくね。今日は、康太を徹夜で指導するので預かりますって」
「おい、勘弁しろ。夜はゲームとかしようぜ」
「えー……テスト前だからダメ」
「ケチ」
「いいの?そんなこと言って。夕飯くらいは何か康太の好きなものにしようかなって思ってたのに」
「マジかよ……瞬大好き、ありがとう」
「現金な奴」
そんなくだらないやりとりをしながら、時間は過ぎていく。
もしも、瞬が海外に行っちまってたら、こんな時間はなかったんだよなと思うと、俺も何だか寂しくなった。
だからこの先も──こんな時間が続くといいよな。
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