5月27日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



【間引きの試練】


期間:5月20日~5月27日


最終日時点で、瀬良康太の中でより強く想われている方を、「立花瞬」として残す。

選ばれなかった方は不要と見なされ、存在が消滅する。



ーーー本日、最終日ーーー





康太へ 


今日は康太に伝えたいことがあって筆を執りました。ちょっと恥ずかしいけど、読んでね


まず、俺は康太のちょっとぶっきらぼうだけど、本当は優しいところが好きです。


図太くて、何にも気にしないように見えるのに、素直で、実は繊細なところも好きです。


俺よりもずっと器用で、頭も良くて、格好良くて、でもちょっとズレてるところも好きです。


いつも「ちゃんとして」って言ってしまうけど、本当は康太が俺を頼ってくれたり、俺に甘えてきてくれるのが嬉しくて、そんな時も、康太が好きだと思ってしまいます。


俺はそんな康太と、これからもずっと一緒にいたいです。


康太にはまだ言えてなかったけど、父さんや母さんと離れることになっても、俺が日本に残った理由は、康太です。


幼稚園の頃からずっと一緒だった康太と、同じ高校を卒業したくて、離れたくなくて──だから、どんな大変な思いをすることになっても、ここにいると決めました。


その気持ちは今も同じで──今は、高校を卒業した後も、それからも、もっともっと……ずっと一緒にいたいなと思っています。それこそ、康太も俺もおじいちゃんになっちゃって、死んじゃうまで。


康太と色んな瞬間を分け合って、生きていきたいです。


俺にとって、康太は、他の誰よりもそんな風に思える相手です。


前に康太は俺に言ってくれたよね。


『友達はいつからだってなれるけど、幼馴染は運命だろ』


俺は、康太とそんな特別な縁で繋がれたことを、誇りに思っています。


康太の、たった一人の幼馴染になれたことを、誇りに思っています。


俺は康太が──



──『そういう好きを、知ってるのか?』



気が付くとそんな言葉が、口をついて出ていた。


ふいに覗いてしまった瞬の『想い』が、頭をよぎったその瞬間に。


あの続きが、もしかしたら──と求める気持ちに気付いた時に。


『──っ』


瞬のそれが『答え』だった。


瞬の柔らかい唇が俺のそれと重なる瞬間は、きっと──瞬が俺と分け合いたい瞬間の一つなんだ。


──俺は、俺は……。


小さな唇をぐっと押し当てるみたいに、俺の唇に触れさせた瞬を受け止めながら──瞬の『想い』を受け止めながら、俺は自分の中にある、どうしようもなく空いた穴が虚しくて仕方がなかった。





「話って何?康太」


早朝──誰もいないマンションの前の広場で、「そいつ」と待ち合わせていた俺は、約束通り現れた奴に手を挙げて挨拶した。


「准……まあ、座ってくれ」


「うん」


ベンチに並んで座るよう、促したつもりだったが、准はあろうことか、俺の膝に座ろうとしてきたので「違う、そうじゃない」と隣に座らせる。


「最後くらい、いいじゃんー、康太のケチ」


「ケチじゃねえ……当たり前だろ。ってか」


俺は唾を飲んでから、准を見据え──ここに呼んだ「理由」を言った。



「お前、誰なんだよ」



「誰って」


「准」は肩を揺らして笑いながら答えた。


「……康太の幼馴染で、瞬の双子の妹だよ」


「いねえ……そんな奴は」


分かりきった嘘に、はっきりそう告げると、准はさして興味もなさそうに言った。


「気付いたんだ?」


「まあな」


「立花 准」──「瞬の双子の妹」で、「俺の幼馴染」……その存在が突然、日常に差し込まれたものだと気づいたのは、他ならぬ「こいつ」が持ってきた瞬の手紙がきっかけだった。


──『康太の、たった一人の幼馴染になれたことを、誇りに思っています。』


綺麗な瞬の字で書かれたその一文で、この一週間、俺の頭を覆っていた仮初めのベールが剥がれて、何もかも分かった。


一昨日の様子を見る限り、瞬はこのことに気付いてないみたいだったし、ひとまず、瞬に危害を加えるつもりはないみたいだから、それなら、瞬を混乱させるよりも、と、こうして俺一人で、直接対峙してるんだが……肝心の相手の正体には全く、見当がつかない。


こいつは俺の記憶に本来、存在しないはずの奴なのに、何故か、俺のスマホにはこいつに繋がる番号が登録されていたし……こんなこと、普通の奴に起こせるはずないし。


俺は、身構えつつ、訊いた。


「……何者なんだよ。何が目的だ」


「教えない。今の康太は知らなくていい……それに、私、どうせ今日で消えちゃうから」


「消える?」


「役目を終えたの。あの子はもう『試練』を超えた……康太も、私を選ぶことはない」


ベンチから立ち上がった准は、感情の籠らない目で俺を見つめて言った。


「さようなら、康太」


「……待て」


一方的にわけの分からない話をして、去ろうとする「准」を引き留める。


足を止めて、振り返った「准」に、俺は言った。


「どうして……あんなことをした。頬に……キスなんか」


「復讐」


「准」はさらりとそう答えた。


「前のお返しだよ。前に……康太に上書きされた、復讐」


「復讐……?」


身に覚えのない言葉に眉を寄せた俺に、「准」はさらに「ああ、そうだ」と言った。


「復讐ついでに、私からも康太に『試練』をあげる」


「『試練』……?」


そう言って俺に近づいてくる「准」から後退ろうとするが、それよりも「准」が距離を詰める方が早くて、気が付くと俺は手のひらに何かを握らされていた。


「何だよ……これ」


手のひらを開くと、そこには小さな赤い折り鶴があった。


「時が来たら、それを開いて──向き合うといいよ。自分が犯したことと、ね」


「時がって……意味分かんねえよ、お前、本当に何なんだ……っ!」


半ば叫ぶようにそう訊くと、そいつはにこりと笑ってこう言った。



「──康太の、一番大嫌いな神様」



そして、「 」は消えた。





『母さんが昼、瞬誘って食えばって……よかったらだけど』


『え?いいの?やった!じゃあ、今すぐ康太の家行くね』


電話越しに瞬の弾んだ声が聞こえてくる。全く……あんなことがあったのに、瞬って結構タフな奴だよな……。でも、正直なところ、俺はそんな瞬にほっとしていたし、助かってしまっていた。


程なくして、玄関でチャイムが鳴る。瞬だ。ドアに駆け寄って開けると、満面の笑顔の瞬がいて。


「ごちそうになります」


そんなことを言って、ぺこりとお辞儀をした瞬に「中入れよ」と促し、居間に通す。


瞬はテーブルの上の「ブツ」を見て、歓声を上げた。


「うわあーピザだー!」


「そんな騒ぐことでもねえだろ」


「でも久しぶりだから」


そう言って、目を輝かせる瞬を見ていると、やっぱり、もっと喜ばせてやりたいとか、そんな……今までと何も変わらないことを思っていて。


──俺にとって、瞬は大切で離れがたい存在なのは、変わらないんだな……。


テーブルを挟んで、瞬と向き合い、ピザに手を合わせる。声を揃えて「いただきます」と言ってから、箱を開けて、二人でピザを取り分ける。何でもない、何もなかったみたいな、俺達の日常。


「はい、じゃあこっちが康太の分ね」


「おう……ありがとう」


でも、ほんの少し違うこともある。


「はい、じゃあ康太……あーん」


「いや……何でだよ」


「俺が康太にこうするのが好きだから」


「でも、別にこんな……」


「そっか。じゃあ……康太は嫌なの?」


「まあ、嫌じゃないけど……」


ずるい聞き方をする。そんな聞き方をされたら、嫌だと突っぱねることもできなくて、結局、瞬がしたいようにさせるしかない。


……俺の幼馴染は、どうやら手強い存在になってしまったようだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る