3月13日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「俺にいい考えがある」
昼休み。以前、猿島に教えてもらった空き教室で、俺・瞬・西山・猿島の四人で飯を食っていると、唐突に西山がそう言った。
「へえ、どんな?」
文庫本を読んでいた猿島が顔を上げる。瞬もリスみたいに弁当をもぐもぐしながら頷く。「俺も知りたい」って顔だ。
俺達の視線を一身に受けた西山は「それはな」と腕を組んで、自信たっぷりに言った。
「瀬良と立花は公然とイチャつけばいいと思う」
「はい解散」
聞いて損したな。
だが、俺の反応に納得がいかないのか、西山は食い下がる。
「待て待て。俺なりに今の状況でできることを考えた結果だ。悪くない案じゃないか?」
「どこがだ。何で俺と瞬が皆の前でイチャつかなきゃなんねえんだよ」
そう言うと、西山が俺に噛んで含めるように聞かせる。
「いいか?瀬良。ゴシップってのはな、いわば公然と共有し合う秘密みてえなもんだ。大っぴらだが、隠されていて、限りなく真実に近い妄想だ。だがそれが面白い。面白いから盛り上がるんだ。つまり、お前らがイチャつくことは面白くもなんともないことだって皆に思わせりゃいい」
「別に俺からしたら、既に面白くはねえだろって思うが……」
瞬はまあ、西山みたいにむさ苦しくはないが、立派な男だ。俺は言わずもがなだし、大の男同士がイチャイチャしてることの何がそんなに面白いんだ……俺にはちっとも分かんねえ世界だ。
「てか、そもそもイチャついてねえし」
「「いやイチャついてるだろ(でしょ)」」
「何で揃うんだよ」
総ツッコミだった。猿島が半ば呆れ気味に言う。
「前々から思ってたけど、瀬良ってガチで自覚ないの?」
「何の自覚だよ。ねえよ……普通だろ。なあ瞬」
「んぐ……」
「あ、悪い。まだ食ってたか」
頬をぱんぱんにした瞬が頭をぶんぶん振る。「大丈夫だよ」ってことだ。
……悪いことしたな、せっかくの食事中に。
すると、俺はあることに気付く。
「ああ、瞬。待て、米付いてる」
「ん……」
口の中のものを飲み込んだ瞬が、俺に顔を突き出してくる。「取って」だな。俺は瞬の唇の端に付いてた米粒を取ってやった。
「ほい」
「えっ、ちょっと!」
……それから今度は瞬の鼻の頭に米粒を付けてやった。間抜けな顔になった瞬が可笑しくて、ちょっと笑っていると、怒った瞬が脇腹を小突いてきた。あー愉快、愉快……ってところで、俺は思い出す。
「……で、何の話だった?」
「イチャついてんじゃねーか!」
西山に指を差される。猿島は肩を竦めて、文庫本の方に戻っちまった。何だよ。
「今のどこがイチャついてたんだよ」
「……じゃあ逆に聞くが、瀬良的に『イチャつく』ってどういうことを指すんだ?」
「どういうことって……そりゃあ……」
ハンカチで口元を拭いている瞬をちらりと見る。瞬のいるところであんまりこういう話はしたくねえけど……。
「キ……キス、とか……」
「なるほど……他は?」
「……手を繋ぐ、とか?」
「あとは?」
「はあ?!あとはってそれは……まあ、『そういうこと』になるだろ……」
「……ごめんな、瀬良」
何故か西山に肩をぽんと叩かれた。なんかムカつくな……。
すると、不満げな俺に、猿島が本に視線を落としたまま言った。
「ま、自覚ない方が楽なんじゃない?……要するに、二人は二人にとっての『普通』に、いつも通りにしてればいいってことでしょ」
俺は頷く。
「……ああ。実は、そんなことを瞬とも話してた」
「じゃ、にっしーの杞憂だったってことで」
猿島が片手をひらひらさせて、この場を収める。西山も「そうだな」と引き下がった。
助かった……ってのも変だが、まあ、助かったな。
それにしてもだ。
「言われるほどイチャついてるか……?俺ら」
西山の反応を見る限り、俺の「イチャイチャ」の定義はなんか違うみたいだし、そうなるとますます分かんねえな。
「瀬良の『イチャイチャ』は何というか……もう度を超えてるって感じだな。『イチャイチャ』ってのはそうじゃねえっていうか」
「超えてる?」
「そこまですんのはもう、恋人とかそういう相手になるだろ。俺が思うに『イチャイチャ』はもう少しライトっていうか」
「ライト……?」
「あー……なあ、立花はどう思う?立花的な『イチャイチャ』はどんな感じだ?」
首を傾げる俺を飛び越えて、西山は瞬に話を振った。ちょうど、弁当箱を片付けていた瞬は「え?」と瞬きしていた。
「瞬はどういうことが『イチャイチャ』だと思うかって話だ」
俺が補足してやると、瞬は宙を見つめて──たっぷり三十秒くらい考えてから言った。
「心がきゅぅー……ってなることかな?」
「可愛いねえ」
本のページを繰りながら、猿島がふっと笑う。まあ、瞬らしい答えだな。
「じゃあ瞬はその、きゅぅー……ってやつ、なったことあるか?」
「え……」
俺が訊くと、瞬の時が止まる。あ、なんかマズかったか?
「いや……言いたくなかったら別にいいけど」
「あ、えっと……何ていうか……」
突然、瞬がそわそわと視線をうろうろさせる。何だ……何か、隠したいことがあるみたいな──。
どうしたんだよ、と訊こうとしたその時、瞬がぼそりと言った。
「……昨日の」
「え?」
「や、やっぱり何でもない!」
「もう行く!」と瞬が弁当箱の入った巾着を抱えて部屋を出て行こうとする……が。
「わっ、た、立花さん?」
「へっ、し、志水?」
ちょうど部屋に入って来ようとした志水に阻まれてしまった。
「志水ナイスー」
机に本を置いた猿島が、志水にサムズアップする。志水は首を傾げながら、同じようにサムズアップで返す。
「じゃ、今の話をもう少し聞かせてくれるか?立花」
「う……何でよー……」
西山に連行され、瞬は椅子に座らされる。可哀想に……尋問タイムだな。
やれやれと首を振っていると、瞬がそんな俺に訴えかけてくる。
「こ、康太は助けてよ!じゃないと康太だって……」
「何だよ?俺が何か関係あることなのか?」
「ほう」
西山の目が光る。……しまった、迂闊だったか。
「ま、『昨日』は日曜だしねー。日曜になんかあったってことは瀬良がらみでしょ」
耳聡い猿島は、瞬のぽろっと漏らしたワードを逃さなかったみたいだ。
なるほど、「昨日」か。昨日、昨日──そうだ、昨日と言えば。
──『……瞬を、抱きしめてもいいか?』
「──逃げるぞ、瞬!」
「へっ?こ、康太?」
俺は咄嗟に瞬の手を引いて、部屋から逃げ出す。「おい!」とかそんな声が背後から聞こえてきたが無視だ。
何としてもあいつらにバレるわけにはいかない──「昨日」のことは……恥ずかしすぎる!
俺は空き教室のある管理棟をダッシュで駆け、この時間、特に人の少ない進路指導室のあたりまで、瞬と逃げた。
「ぜえ……ぜえ……」
「はぁ……はぁ……」
誰もいないのをいいことに、二人して廊下の隅にへたり込む。
「はあ……だから言った……でしょ……バレたら康太も……困るって」
息を切らしながら、瞬が言った。俺も肩を上下させながら、それに返した。
「だって……まさか、その話をするって……思わねえっていうか……あれ……」
そもそも俺は瞬に何を聞いたんだ?
──「イチャイチャ」。心がきゅぅーっとすること。昨日のこと。それってつまり。
「瞬はきゅぅー……ってした、のか……?あれ」
「……」
瞬が顔を逸らす。否定はしない。そうか……。
「イチャイチャだったのか……あれは……」
「うー……」
唇を尖らせて唸る瞬は、両手で顔を押さえて、廊下に仰向けになって転がった。
自棄になったみたいだった。
「……おい、珍しいな。優等生」
「……もう何も言わないで」
いつか、俺にそんなことを言った時よりも、その響きは柔らかく聞こえた。
──『もう俺に『好き』って言わないでほしい』
「……好き」
気が付くと俺はその言葉を口にしていた。
毎日瞬に言っている、呪いじみたその言葉を。
「……」
「いて」
何を思っているのだろう。瞬は片手で顔は隠したまま、俺の脇腹を小突いた。
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