3月14日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



♡ホワイトデーキャンペーン♡


ホワイトデーは日本発祥の文化と言われており、バレンタインのお返しにお菓子を贈る日です。


ホワイトデーのお返しに贈るお菓子にはそれぞれ意味があり、特に、キャンディーには「あなたが好きです」という意味が込められているとか。


そこで本日に限り、上記条件1の実行判定に「キャンディーを贈る」を追加します。


大切な人に是非、キャンディーを贈ってみてくださいね。ハッピーホワイトデー!





「なんかノリが……違くねえか?」


目覚めて一番、提示されたルール(と言っていいか分からないが)に思わずツッコむ。クソ矢は首を振って言った。


「最近儂も忙しいねん。やから、事務方の専門の若い子に頼んだんやけど。そしたらえらい気合い入れてこんなん書いてもうて。ま、たまにはええやん」


「言うほど『たまに』じゃねえぞ」


この手の年中行事で、はしゃいでるこいつを一体もう何回見ただろう……全く、ムカつく奴だ。


「てか、こんなことより、例の『噂』の方をどうにかできねえのか?記憶消したりとかできるだろ、お前ら」


ここぞとばかりに、俺は言ってみた。こいつ、最近「現場」に来ねえし、こういう時でもないと言えないからな。神だし、いちいち説明しなくても、どうせその件は知ってるだろう。

だが、クソ矢はあっさり「嫌や」と言う。


「噂が流れてること自体、儂らにデメリットないしな。前も言うたけど、お前らが仲ええことは誰も損しないねん。むしろ、お前らのことやから『噂なんか関係ない、いつも通りでいよう』とするやろ?それで絆も深まるし、メリットだらけやん」


「おいまさか……」


上機嫌でぺらぺら喋るクソ矢に嫌な予感がする。すると、クソ矢はそれを察したのか、「ないない」と言った。


「お前が思うとる程、儂らが人間に干渉して影響を与えるって、簡単やけど一筋縄やないし。結局、人のことは人に任せるしかないとこばっかやねんなあ……虚しい仕事やで、ほんま」


「……分かったよ」


要するに、こいつらはこの件に関して「手を出す気はない」ってことだ。「ワンチャンどうにかなるか?」と思った俺が馬鹿だったな。まあ、いい。


──とにかく、今日はホワイトデーだ。


さっきの「条件」はつまり……今日は「キャンディー」を瞬に渡せばいいってことだろ?

簡単じゃねえか。


「ちょうどいい。今日のためにクラスの連中に買った菓子がある。飴とかもたぶんあるし、それを瞬にやって終わりにしてやるよ」


「せやな。お前は余計なこと考えんで、引き続き『条件』の方をやったらええわ」


「うるせえ、言われなくてもそうする」


俺はベッドから降りて、部屋の隅に置いたでかめの紙袋を見遣る。


──昨日の夜、瞬にも手伝ってもらって用意した、お菓子を詰め合わせた小袋が山ほど入ったやつだ。


『康太は今年いっぱい貰ってるんだから、ちゃんとお返し持って行きなよ』


……以前、西山にも言われたことだが、昨日、瞬にも言われたことだ。


確かに、俺は今年のバレンタイン、初めて女子からチョコレートを貰ってしまった。まあ、全部瞬づてにだったが。


こういう経験は今までなかったから、考えたこともなかったが……どれも立派なやつだったし、瞬や西山の言う通り、何かしら返した方がいいよな。


とは言え、俺にくれた女子にだけ……というのは何となく気まずいし、カモフラージュも兼ねて、結局クラスの奴らとか……あとはいつものメンバーあたりの分も用意した。


そんなわけで、今年のホワイトデーは俺にしては随分、張り切っている。


「……よし」


俺は声に出して、気合いを入れた。


やるか。





「……はあ」


休み時間。俺は教室に帰ってくるなり、自分の席に突っ伏した。……疲れたな。

すかさず、後ろの席の西山が声を掛けてくる。


「お疲れ、瀬良」


「ああ……結構大変なんだな。菓子配るのも」


「ようやく分かったか。来年からはもっと感謝して食うんだな」


「そうする」


それ以上、口をきく元気もない。


本当に、疲れた。



『……瀬良くん、これありがとう』


『あー……えっと。ごめん、大したもん返せなくて。俺、こういうの慣れてねえから……』


『いいよ。瀬良くんってこういうのするんだってだけで、なんか面白いし』


『何だよそれ……』


『……あのさ』


『お、おう』


『……瀬良くんって、立花くんと付き合ってるのマジ?』


『……』


『あ、ごめん。変な意味はないの。ただ……そうだったら、立花くんにすごい悪いことしたなって思って……その、チョコのこと』


『いや……大丈夫だ。俺が言う事じゃねえけど、瞬は気にしてないと思うし……それに、俺と瞬はそういうんじゃないから。あれは、噂だ』


『そう……なんだ』


『……えっと』


『ごめん、もう薄々察してるかもだけど、私……瀬良くんのこと好きだった』


『……え』


『大丈夫。その、分かってるから……最後に言って終わりたかっただけ。噂がマジだったら、言わないでおこうかなって思ったんだけど』


『そうか……その、何ていうか、ごめん』


『ううん。ありがとう、聞いてくれて……』



「……」


さっきの会話を思い出す。話してたのは同じクラスの女子で、俺がバレンタインにチョコレートを貰った女子のうちの一人だった。今思えば、俺が目撃した、瞬にチョコレートをあげていた女子だった。


──初めて、人に告白された。


変な気持ちだ。「好き」なんて俺は毎日瞬に言ってるし、瞬が言ってくれたこともあるが……そういうのとはまた違う「好き」なんだろ、たぶん。


──分かんねえな……。


俺にはあまりにも遠い感覚だ。オタマジャクシが蛙になるみたいに、当然のようにそこを通っていくんだろ……皆。


でも、俺には全然、そんなのねえし。


自分が上手く答えられたのかは分からない。いや、ダメだっただろうな。

思い切って打ち明けてくれた彼女を、俺はたぶん傷つけた。


──瞬だったら、上手く答えられたのかな。


あいつは優しいし、俺よりも色んな事を知ってるしな。俺には遠すぎるその感覚も、瞬なら分かるのかもしれない。


瞬も、ああいう風に誰かを好きになることがあるんだろうか。


いや、すでにあるのかもしれないし。


──でも、それ……なんか。


俺は冷たい天板の感触を頬に感じながら、ぼんやりそんなことを考えた。





「どうだった?ちゃんとホワイトデー渡せた?」


帰り道。今日は火曜日なので、瞬とスーパーの火曜市に寄り、いつも通り大荷物を抱えて家に帰る途中だった。


まるで俺の母親みたいに、そう訊いてくる瞬に俺は言った。


「渡せてなかったら、火曜市に寄れねえよ。持ってった分は全部さばいてきた」


「うん、感心感心」


生意気に……瞬が笑顔で頷く。まあ、瞬にも色々アドバイス貰ったり手伝ってもらったしな。


「その節はどうも世話になりました……だな。ありがとう。瞬がいなかったら、何もできなかった」


「いいよ……女の子達にも返せた?」


「ああ、まあ」


俺はつい、返事を濁してしまう。休み時間の──告白を思い出して。


──バレンタインが瞬経由だったからって、言わなくてもいいよな。


あれは、俺と彼女のことだから……あまり言わない方がいいだろう。


しかし、そんなこととは知らない瞬は、俺の曖昧な返事に「えー?」と怪しむような顔になる。


「本当にちゃんと返せたの?」


「返したよ……その、本当にさっと渡しただけになったけど」


「そっか」


瞬がうんうん頷く──とりあえず、助かったな。


──あとは、「条件」の方か。


俺はポケットに手を突っ込み、詰め合わせにも入れた飴の残りを一つ掴む。

これを瞬にやったら、今日は終わりだ。


瞬──と口を開こうとすると、それよりも瞬の方が先だった。


「康太」


「な、何だ?」


「口開けて」


「は……?」


「いいから」


瞬に言われるまま、口を開ける。するといきなり、酸っぱくて、丸いころころしたものを放り込まれて──これは。


「……飴?」


「あげる」


「……何で」


俺は口の中で飴を転がしながら訊いた……レモン味か。

すると瞬は「うーん」としばらく宙を見遣ってからこう言った。


「なんとなく」


「何だそれ」


というか、先を越されてしまった。


俺は、笑っている瞬の頬を軽くつねり、瞬が「うわー」とか言ってる隙にすかさず、瞬の口にリンゴ味の飴を放り込んでやった。やっぱり、「何」と訊かれたので、俺も「なんとなく」と言ってやった。

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