3月15日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「ばなさんはさ、ホワイトデーに贈るお菓子に意味があるって知ってる?」


それは昨日のことだった。休み時間。いつも通り、隣の席の舞原さんとお話をしていると、突然、彼女がそんなことを教えてくれたのだ。


「お菓子の意味か……ちょっと聞いたことはあるけど、詳しくは知らないかなあ……」


そもそも、ホワイトデー自体、あんまり意識したことがない。俺はいつも、バレンタインにクラスの皆にお菓子とかを配るくらいだから……お菓子も、特別に誰かにあげるっていうよりは、皆で交換って感じだし。だから、ホワイトデーにあえてお返しをするとかも、したことがないかも。


──でも、今年は康太から貰っちゃったしなあ……。


お返しするなら康太にってことになるのかな。でも、康太にはこの前、誕生日のお祝いもしたし。


なんて考えていると、舞原さんがニヤニヤ笑っている。


「な、何?」


「ふっふっふ……ばなさん、ホワイトデーのお返しに困ってるって顔をしてるね!」


「えっ、べ、別に困ってないよ!ただ、康太には今さら何かお返しもなあっていうか」


「瀬良っちかーやっぱり」


「あ……」


うっかり口を滑らせてしまった。本当、自分で自分が嫌になる。もっとこう、うまく隠し事ができたらいいのに……。


あの「噂」が流れるようになってからも、康太とは「いつも通りでいよう」って決めたけど……俺がこんな感じだと、そのうち康太がからかわれたり、嫌な目にあってしまうかもしれない……それは嫌だな。


ため息を吐いたら、舞原さんが「いいんだよ!」と明るく言った。


「いつも考えるくらい大事な人がいるって素敵なことじゃん!私は、大事な人をちゃんと大事にできるばなさんがいいなあって思うもん。それに瀬良っちとばなさんが仲良しなのを見るとハッピーになるよ?」


「え……?」


「仲良しのお裾分けで皆をハッピーにできるんだよ、ばなさん達。すごいよ!SDGsだよ!」


「それはちょっと違うと思うけど……」


でも少し、びっくりした。


舞原さんが「噂」のことをどこまで知ってるのかは分からないけど、でも俺は彼女の言葉で救われたような気持ちになった……すごいのは、舞原さんの方だよ。


「……ありがとう」


「えー?何が?」


舞原さんが首を傾げているので、俺は首を振って言った。


「ううん、何でもないよ……それより、ホワイトデーのお返しのお菓子の意味……せっかくだから教えてもらってもいい?」


「いいよ。えっとね、まずは……」


舞原さんに教えてもらったのは、こうだった。


「マシュマロが『嫌い』、クッキーが『友達のままで』、マカロンは『特別な人』、バームクーヘンは『幸せが長く続きますように』、キャラメルは『あなたといると安心する』……で、キャンディーが」


「『あなたが好きです』だよ」


「へえ……結構、色んな意味があるんだね」


他にも、チョコレートは『あなたの気持ちは受け取れません』だとか、マドレーヌは「あなたともっと仲良くなりたい」だとか、3月14日……「3.14」に引っかけてアップルパイを贈る習慣もあるらしい。ホワイトデー、意外と奥が深い。


「舞原さん、詳しいね。自分で調べたの?」


「うん!こういうのってロマンティックで素敵でしょ?お菓子が言いたいことを代わりに言ってくれるって考えたら面白いし」


「代わりに言ってくれる、か……」


確かに、ちょっと言いづらいことも、自分の代わりにお菓子が言ってくれるなら、いいよね。


「ね、ばなさんなら、瀬良っちに贈るとしたらどれにする?」


「なんか、心理テストみたいだね」


そうだな……と宙を見る。もしも康太にお返しをするなら、俺はどんなことを、お菓子に代わりに言ってもらおうかな?


「うーん……『もっとちゃんとして』っていう意味のお菓子はないのかな」


「あはは。ばなさんが作っちゃえば?」


「いいかも。でも、そうだなー……もう既に意味があるお菓子にするなら……」


俺が康太に対して言いたいこと……思ってることか。


一番近いのは「キャラメル」かな?康太といるのが、なんだかんだ一番落ち着くし。


でも……長く一緒にいたいとも思うから、そうすると「バームクーヘン」?


「クッキーは違う感じ?」


「うん。康太は……友達っていうのとはちょっと違う感じがする。友達はいつ出会ってもなれるけど、幼馴染はそうじゃないから」


「ほおー……なんか、特別なんだね?」


「まあ……そうかな?」


そうなると「マカロン」かな?……康太、絶対マカロンとか食べないと思うけど。


「うーん、難しいなあ……一個には絞れないかも」


「じゃあ瀬良っちは、ばなさんにとって、キャラメルでバームクーヘンでマカロンってことだね」


「なんか……おいしそうだね、康太」


そして、すごく甘そうだ。想像したらちょっと可笑しくなって、つい笑っていると、舞原さんが言った。


「じゃあじゃあ、もう全部色々ひっくるめてさ、キャンディーなんじゃない?瀬良っちは」


「キャンディーか……」



──『あなたが好きです』。



「うん……そうかもね」


俺は頷いて、そうだ、飴くらいだったらあげてもいいかなと思った。





そんなわけで今日。


「へっ……?きゃ、キャンディーって味にも意味があるの?」


「そうだったんだよー……昨日教えてあげるの忘れちゃったって!お風呂に入りながら思い出したよ!ごめんっ、ばなさん!」


言いながら、舞原さんが俺に向かってぱちん!と手を合わせる。「別に大丈夫だよ」と返したけど……どうしよう、何か変な意味があったら。


「ちなみに、どんな意味があるの?」


俺が尋ねると舞原さんは快く教えてくれた。


曰く。


「レモンは……『真実の愛』?」


「そうそう」


「ちなみに、リンゴ味は?」


ついでにそっちも訊いてみると、舞原さんは何も言わずにっこり笑ってから、教えてくれた。


「運命の相手」



「──だって、知ってた?康太」


「知らん」


「だよね」


放課後。ちょうど帰るところだった康太と合流して、昇降口に向かって歩きながら、舞原さんに聞いた話をしてみた。康太はまあ、知らないよね。


──意味を知ると、ちょっと昨日のことが恥ずかしくなるな……。


俺は照れ隠しに、康太を揶揄う。


「だから、康太は俺のこと、運命の相手だって思ってるってことだね。ふーん」


「そうだな。特に気にしてなかったけど」


「へ?!」


……揶揄ったつもりなのに、あまりにもさらりとそう言うもんだから、俺の方がびっくりしてしまった。何だよ。


俺が戸惑っているのを見て、面白くなったのか、康太はさらに言った。


「瞬みたいな良い奴、俺じゃ、運命でもなけりゃ繋がれねえし。たまに思うけど、俺、瞬は幼馴染じゃなかったら絶対こんな風にはなれないと思う」


「それは俺もだよ。康太みたいに、ちょっと意地悪な奴、幼馴染じゃなかったら絶対に離れてたし」


……本当は優しいって知ってるけどね。と心の中で付け足す。


すると、康太は反撃するみたいにこう言った。


「で、そんな『意地悪な奴』に瞬は『真実の愛』を持ってるわけだな」


「そ、そうだよ!ふん」


「ふん、ってなんだよ」


なんか悔しくなって、康太から視線を逸らす。頭の後ろで康太が笑ってる気配がする……もう。


「まあ、意味はともかく……要するに瞬が『好き』ってことには変わりないし」


「……キャンディーの意味は知ってたんだ?」


「それは、まあ」


──何だろう、ちょっとそわそわする。


康太は、知ってて昨日、俺にそれを……くれたんだ。


──いや、康太が俺に「好き」って言うのは、別にいつものことだし。


そのずっと奥にある意味なんて、考えることにむしろ意味がない。何だっていい。

誰かに好きって言われるのはまあ、悪い気はしないから。


「おい、こっちは二組の下駄箱だろ」


「あ」


とかなんとか考えていたら、下駄箱を間違えてしまった。俺と康太はクラスが違うから、下駄箱も違うんだよね……俺は慌てて、三組の下駄箱に向かう。


──ダメだ、ボーっとしてたら。


下駄箱の下から二段目、自分のところを開ける。


上履きを脱いで靴を取り出そうとした、その時だった。


「あれ……」


片っぽの靴の中に何かが入っている。小さな……箱?


「何だろ」


俺は何気なくそれを取り出してみる──。



『0.01』



その表示が見えた瞬間、俺は心の中がなんとも言えない──ぞわっとして、気分が悪くなって、しばらく立ち尽くしていた。


「瞬?」


「え、あ……っ」


なかなか出てこない俺が気になったんだろう。

康太が三組の下駄箱まで見に来たので、俺は「それ」と──胸の中にあった何もかもをしまい込んで、「今行く!」と康太のもとへ向かった。

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