9月3日(日) ①

【ルール】


・このゲームは二人一組で行う協力型ゲームです。


・特定の行動を行うことで、指定されたポイントを集め、ゲームのクリアを目指します。


・特定の行動とは、ペアである相手に対してする行動が対象となります。

(例:手を繋ぐ、頭を撫でる、抱きしめる 等)


・同じ行動は二回目以降、獲得するポイントが半減し続けます。

(例:手を繋ぐの場合→一回目 100pt 二回目 50pt 三回目 25pt 四回目 12pt 五回目 6pt 六回目 3pt 七回目 1pt 八回目 0pt…)


・このゲームでは、ポイントは参加者ごとに集計されます。ポイントは行動を起こした参加者に付与されます。

※ただし、クリアに必要なポイントを満たしているかどうかは、それぞれが集めたポイントを合算して判定します。



①二人が獲得したptが合わせて【18,083,150pt】に達するとゲームクリアです。


②9月1日~12月31日までにゲームをクリアできなかった場合、ペナルティとして【その時点での獲得ポイント数が高い方が、獲得ポイント数の低い方を殺してください】


③一日に【1,000pt以上】獲得できなかった場合、ゲームを放棄したとみなし、上記②と同じペナルティが与えられます。



〇攻略のヒント〇

セックスすると【18,083,150pt】獲得できます。



【現在の獲得pt】

瀬良康太 1,350pt

立花瞬  750pt 計 2,100pt


クリアまで残り 18,081,050pt


______________



──昨日の夜のことだった。



『──で……だったって。今までそんなことがない子なので、心配で……って』


『……だね。確かに、瞬は──』


『……に、あの子……』



──母さんに、父さん……まだ起きてたのか……。


ふと、夜中に喉が渇いてしまい、水を飲もうと部屋を出ると、居間のドアから廊下に灯りが漏れていた。

台所に行くには、居間を通らなくちゃいけないんだけど──その時、ドア越しに聞こえて来た両親の話に、俺はドキリとして、居間の前で足を止める。


『でも、瞬が始業式から学校をサボってたなんて……先生から連絡を貰うまで、知らなかったわ……なかなか起きてこないと思って、部屋に呼びに行ったら、もういなかったし、でも部屋には【クラス委員の仕事を思い出したので早く学校に行きます】ってメモが残されてたから……てっきり、学校に行ったと思ってて……』


──ああ……そうか、そういうことになってるんだっけ……。


母さんの話を聞いて、俺はこめかみが痛んだ。


あまりにも色々なことが起きすぎた「9月1日」──俺はどうやら、朝早く……まだ眠っていた間に、あの仮想空間に連れていかれたらしい。じゃあその間、現実での俺はどうなっていたのかと言うと、不思議なことに、俺の部屋には確かに、俺の字で、その「メモ」が残されていたらしい。


そのせいで、母さん達は俺が「あんなこと」になってたなんて知らず、それどころか、放課後、武川先生が俺を心配して、うちに電話をかけてくるまで、サボりのことさえ知らなかったのだ。色々なところに迷惑をかけて申し訳ないけど……俺としては正直、助かった。たぶん、澄矢さんあたりが、俺のために配慮してくれたんだと思う。俺は、心の中で澄矢さんに手を合わせた。


──だって、康太と学校をサボって「あんなところ」にいたなんて、絶対に言えないもんね……。


決して何もなかった……とは、ちょっと言えないけど。それはともかく、もしもバレてしまったら、康太と俺は、最悪退学になってしまうかもしれないのだ。それだけはバレるわけにはいかない。だから、なるべく疑われないようにしなくちゃいけない……けど。


『何か危険なことに巻き込まれていたわけじゃないといいけどね……』


──ごめん、危険です。


今度は、父さんに手を合わせた。まさか、父さんに「神様に強制されて、毎日康太とイチャイチャしないとお互いを殺し合うことになるゲームに参加することになっちゃったんだ」なんて言えない。まあ、言われても信じられないだろうけど……。俺は廊下でひとり、ため息を吐く。


とりあえず……。


──こんな話を二人でしてるなら、居間には入りづらい……よね。


むしろ、居間に入ることで、問い詰められてしまうかもしれない。二人が寝るのを待って出直そうか、それともここで様子を窺ってようか──迷っていると、ふいに、父さんが言った。


『瞬の……首についた痕、気付いてるかい?』


「……っ」


俺は思わず、自分の首に触れた。二日経って、いくらか薄くはなってきたけど、まだ少し赤い──康太に絞められた痕。


『ええ……お父さんも、気付いてたのね……』


『ああ。瞬は……隠してるようだったが』


──見られないように、気を遣ったつもりだったけど……気付かれてたんだ……。


それだけ、二人が俺のことを気にかけてくれているのはありがたかったけど、それこそ──直接聞かれたら、何て言っていいか分からない。


あれは、確かに康太がしたことだけど、康太の意思じゃない。「せかいちゃん」が俺達に【ルール】を飲ませるための見せしめだ。康太が責められることじゃない……。


だけど、それはきっと二人に言っても信じられないことで──。


『始業式の前の日はなかったと思うの……夕方、家に帰ってきたときにはあったわよね』


『ということは、瞬が学校に行ってなかった間……か。そこで何かあったんじゃ……』


『事件……とかじゃないわよね?帰ってきた時は、いつも通りだったもの……』


『無理をして何かを隠してるような様子はなかったけれど、心配だね……』


──すごく、心配をかけてる……。


改めて、二人がどれだけ俺を想ってくれているかを知り、心がじんわりと温かくなるけど、だからこそ、二人を安心させてあげられるようなことは言えないことに、俺は苦しくなった。


顔を上げる気分になれず、俯いて二人の話の続きを待っていると、今度は、母さんから父さんに言った。


『ねえ、前にもこんなこと、あったわよね?』


『前……ああ、そういえば……』


一呼吸置いてから、母さんが口を開く。



『ええ。あの……小学生の時のことよ。階段から落ちて、一週間くらい目が覚めなかったこと……』



「……」


息が上手くできなくて、気が遠くなるような──そんな感覚があった。

俺を置いて、ドアを隔てた向こうで、二人の会話は続く。


『あれは……瞬が自分でうっかり足を踏み外してって……そう決着が着いたと思うが……』


『そうね。そうだったと思うわ……でも、どうしてかしらね……時々、瞬は、私達も知らないような、何か……そんなことを抱えてるような気がするの』


「ごめんね……」


二人には届かないそれを、俺は小さく呟いた。





──9月3日 AM 9:00。


「ふぁ……」


まだ人もまばらな空港のロビー。

小さな売店の側の柱にもたれながら、俺は欠伸を噛み殺した。


──今日は、志緒利さんと淳一さんが向こうへ帰る日だ。


二人は朝早い飛行機で帰らないといけないそうで、俺と瞬はうんと早起きをして、二人を見送りに、こうして空港まで来ていた。今は、淳一さんはお手洗い、瞬と志緒利さんは手荷物を預けにカウンターに行き、俺はそんな立花家をこうして待っているところで、つい、気が抜けて、欠伸が漏れそうになる。瞬はともかく、なんだかんだ、淳一さんや志緒利さんといると、それなりに緊張するからな。


──それが、恋人の親だと思うと……なおさら。


「康太くん」


「っ、あ……淳一さん」


「驚かせてしまったね」と淳一さんがハンカチで手を拭きつつ、隣に並ぶ。俺は「いえ、そんな」としどろもどろになりつつも、背筋を伸ばして柱に付ける。すると、淳一さんが、そんな俺に微笑んで言った。


「そんなに緊張しなくても……普通にしてくれて構わないよ」


「いや……えっと。すみません、つい」


どう反応するべきか迷い、曖昧に笑うと、淳一さんは「二人はまだかな?」と俺に訊いてくる。

俺はちらりと、カウンターに並ぶ列を見遣ってから「まだかかりそうですね」と答えた。


「そうか……」


淳一さんは頷くと、何かを探すように宙を見つめる。俺は何となく気になって、そんな淳一さんの横顔を見ていると、ふいに、淳一さんは俺の顔を見て言った。


「康太くん」


「はい」


「……瞬は、最近どうかな」


「え?最近ですか……?」


ざっくりした訊き方に俺は、どう答えようかと、淳一さんの瞳から質問の意図を探ろうと、見つめる。すると、淳一さんはにこりと微笑んで「いや」と言った。


「そんなに、大したことじゃないんだ……ただ、私達といない時の瞬の様子が訊きたくて……いつも一緒にいる康太くんにしか見えないものもあるかな、と」


「あ、ああ……なるほど」


と言いつつ、俺は頬を掻いた。意図は分かったが……それでも、俺は淳一さんの目を見て、それを答えるのが苦しかった。


──だって、俺……。


瞬の、首を絞めた……瞬を、傷つけてしまったのだ。


『傷つけて、待たせてしまった以上に、これからは──たくさん、瞬を幸せにします』


そう、約束したのに。


──あいつらのせいではある、でも……俺が上手く立ち回れれば、瞬をあんな目に遭わせなくて済んだかもしれなかったんだ……。


瞬の首に刻まれてしまった俺の手の痕は、もうかなり薄くはなってきたが、それでも……俺がやってしまったことは消えない。瞬は「大丈夫だ」と言ってくれたが、俺の手は時々、あの感触を思い出してしまう。その度に、俺は自分の弱さが悔しくて仕方なかった。


──なんて、言ったらいいか……。


そんな答えに詰まる俺に、淳一さんはゆるゆると首を振って言った。


「……変なことを訊いてしまってすまなかったね。その、親である私に言いづらいこともあるとは思っていたが……つい、二人でいる時のことが気になってしまって」


「あ、いえ……。その、何て言うか……まあ、恥ずかしいっていうのもあったんですけど……瞬には、本当、助けられてばかりだから、それをどう伝えようか、迷ってしまって……」


視線は逸らしつつ、ゆっくり、慎重に言葉を探すように、俺は言った。出まかせではないけど、後ろめたくないわけじゃない。それでも、せめて──淳一さんに心配をかけたくなくて、俺は言った。


「瞬は、俺を包んでくれるというか……一緒にいて安心します。瞬が幼馴染で、恋人で……ここまで一緒にいてくれたこと、俺にとっては、奇跡です」


「……そうか」


それを聞いた淳一さんが目を細める。その笑顔が何か──俺よりももっと後ろに向けられてるような気がして振り返ると、柱の陰から、いつの間にか戻って来ていた志緒利さんと……瞬がにこにこ顔で顔を覗かせていた。俺は頭を掻いて、「聞いてたのか……」と二人から視線を逸らした。

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