3月22日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





「あー……頼む、いけ、守れよ……」


「お前なあ……」


講堂で、学年全員が集まり、進路説明会をやっている時だった。


机の下でスマホを隠れ見ながら、ボソボソ言っている西山に呆れる。……こいつもか。


「瀬良は見ないのか?すげえ熱いぞ」


「こんな時にわざわざ見ねえよ……どうせ瞬と後で見ることになるし」


「あー……はいはい、分かった分かった」


「おい何だその反応」


西山が鬱陶しそうに、しっしと手を振る。俺はため息を吐いた。講堂の舞台上では、大学の先生とかがスライドを見せながら色々喋ってるが、周りを見回すと、西山みたいに机の下で観戦中の奴とか、普通に寝てる奴もちらほらいる。


三組の並びにいる瞬は──もちろん、ちゃんと聞いてる。机の上に広げた手帳にメモまでして、さすが受験生だ。


「瀬良は受験しないの?」


「──っ!」


突然、誰も座ってなかったはずの右隣から、話しかけられて声を上げそうになる……がこらえた。

ぱっとそっちを見ると、なんと人間の姿の堂沢がいた。


俺は小声で話しかける。


「な、何だよ。お前……急に出てくんなよ。てか、いいのかよ」


「今日は良い感じなんだよね。寝てるのも飽きたし」


「自由な奴だな……」


おまけに、「同級生」だった頃みたいに制服まで着てやがる。てかこれ、他の奴に見えてんのか……?


「見えてるよ」


「じゃあダメだろ。お前、この学校にいないことになってるんだから……」


「ああ、それなら大丈夫。今この瞬間、この場にいる人間にとって、俺は生徒の一人として『認識』されるように弄ってるから。皆の頭を」


「弄るな」


さらっととんでもないことを言われた。色々と大丈夫なのか不安になる。もしかして俺、こいつを野放しにしちゃダメなんじゃねえか?


しかし、堂沢は首を振って言った。


「この一時間くらいなら平気さ。それくらいなら『認識』が解けた後も、ほとんど反動はないし、無害だよ。たっぷりマージンをとっても、一週間くらいなら頭を弄っても大丈夫かな。間違えたら、脳がギャップに耐えられなくて廃人になっちゃうけどね」


「怖えよ……」


つくづく、神ってのは、人とは違う倫理観の下にいる奴らなんだと思う。どれだけこいつが、「同級生」の姿をしてようとも、力を貸してくれようとしても、こいつの本質は「神」なのだ……気をつけるべきだ、もっと。


「寂しいこと言わないでよ。俺は瀬良を殺したり、死なせたりはしない。もちろん、させないしね。だから、調子が良い時はこうやってパトロールに来てるのさ。『あいつ』がまた妙なことをしないようにね」


「『あいつ』?」


「瀬良が知る必要はないよ……ああでも、もう会ったことあるんだっけ?まあいいや」


「よくねえよ……何か気になるだろ」


「俺達のことに興味があるなら教えてもいいよ」


「ふざけんな、ねえよ」


「瀬良は複雑だね」


堂沢がふっと笑いながら、肩を竦める……ムカつくな。ああ言えば、俺は「興味がない」と言うと分かってて煽ったに違いない。ムカつく。ムカつくけど、あいつらのことなんてどうでもいい。


これ以上、こいつと話すのはやめだ……そう思って、前に視線を戻すと、堂沢がぼそりと呟いた。


「……その気持ちは忘れてないんだね」


「……は?」


「いや、何でもないよ。それより……一つ、瀬良に忠告しとこうと思ったんだった」


「……何だよ」


話すのはやめだと言った──が、「忠告」という言葉に引っかかり、つい訊いてしまう。


……やり方はともかく、こいつが「俺を死なせないため」に動いてるのは確かだ。そんな奴が「忠告」するということは、色々なことは差っ引いて、聞いた方がいい、よな。


──大人しく聞き入れるかは、ともかく。


すると、堂沢はいつもよりも、真剣なトーンでこう言った。



「しばらく立花とは距離を置いたほうがいい」



「……どういうことだよ」


例の「噂」のことがあるからか?でもそれはもういいって、決めた。

それとも他の理由でか?クソ矢が言うには、俺と瞬の仲が良いことは誰も損しないんだろ?それはたぶん、「神」にとってもって意味のはずだ。違うのか?


「……俺にとって一番大事なことは瀬良が命を繋ぐことさ。今のままだと、そう遠くないうちに、立花はまた繰り返すよ。それは瀬良にとっても辛いことさ……だから、忠告だよ。気をつけてね、瀬良」


「おい、それどういう──」


「瀬良?」


気が付くと、スマホから顔を上げた西山が怪訝な顔をしている……堂沢は消えていた。たぶん、この場にいた人間の「認識」の中からも。


俺は誤魔化すように頭を振ってから、西山に言った。


「……何でもねえ。それより、どうなったんだよ」


「何だよ、やっぱ気になるんじゃねえか。もうすぐ九回表だぞ……やべえな」


「へえ」


俺は今言われたことを忘れようと、西山の手の中のスマホに集中した。


──説明会が終わったら、瞬に結果を教えてやろうと思いながら。





「──それで、どうなったと思う?」


「うぅー……どうしよう……」


講堂から教室に戻る途中。俺は人混みをかき分けて、三組の集団の中に割って入り、瞬に話しかけた。


「大会の結果知りたいか?俺は知ってるぜ」と言ったら、瞬は見ての通り唸っている。


「聞いたらショックだと思う」


「えぇっ!?じゃあもしかして……」


「それはどうだろうな?さあどうする?」


「うわー……どうしよう。帰ってからニュースで見たい気もするし、でもすっごい気になるよー……でも」


うーとか、わー、とか言って、本当に面白い奴だ……こんな奴と、どうやって距離を置けるって言うんだろう。



──『立花はまた繰り返すよ』



──何をだよ……でも、関係ねえ。近くにいるって決めたろ。


「康太」


「ん?」


瞬に呼ばれて我に返る。気が付いたら、もう二組の前まで着いていた。クラスが違う瞬とはここで分かれる。俺は瞬に手を上げて「じゃあ」と教室へ入ろうとすると、瞬が言った。


「ホームルーム終わったら、待ってて。一緒に帰ろ」


「え……ああ、いいけど」


「じゃあ、後でね」


瞬が手を振って三組の方へと歩いていく。俺はその背中をしばらく眺めていた。

「一緒に帰ろう」とか、敢えて約束することなんていつもはないから、少し驚いていた。たまにすることもあるけど……それはなんか、特別な時だ。今日みたいに何もないときにはしない、けど。


その「約束」に、俺は今、不思議とほっとしていた。


──瞬の方も「俺と距離を置くなんてしない」と返してくれているような気がして。


「今日の分」は帰り道で言おうと、俺は決めた。

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