3月22日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、立花瞬に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、立花瞬が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、立花瞬に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「あー……頼む、いけ、守れよ……」
「お前なあ……」
講堂で、学年全員が集まり、進路説明会をやっている時だった。
机の下でスマホを隠れ見ながら、ボソボソ言っている西山に呆れる。……こいつもか。
「瀬良は見ないのか?すげえ熱いぞ」
「こんな時にわざわざ見ねえよ……どうせ瞬と後で見ることになるし」
「あー……はいはい、分かった分かった」
「おい何だその反応」
西山が鬱陶しそうに、しっしと手を振る。俺はため息を吐いた。講堂の舞台上では、大学の先生とかがスライドを見せながら色々喋ってるが、周りを見回すと、西山みたいに机の下で観戦中の奴とか、普通に寝てる奴もちらほらいる。
三組の並びにいる瞬は──もちろん、ちゃんと聞いてる。机の上に広げた手帳にメモまでして、さすが受験生だ。
「瀬良は受験しないの?」
「──っ!」
突然、誰も座ってなかったはずの右隣から、話しかけられて声を上げそうになる……がこらえた。
ぱっとそっちを見ると、なんと人間の姿の堂沢がいた。
俺は小声で話しかける。
「な、何だよ。お前……急に出てくんなよ。てか、いいのかよ」
「今日は良い感じなんだよね。寝てるのも飽きたし」
「自由な奴だな……」
おまけに、「同級生」だった頃みたいに制服まで着てやがる。てかこれ、他の奴に見えてんのか……?
「見えてるよ」
「じゃあダメだろ。お前、この学校にいないことになってるんだから……」
「ああ、それなら大丈夫。今この瞬間、この場にいる人間にとって、俺は生徒の一人として『認識』されるように弄ってるから。皆の頭を」
「弄るな」
さらっととんでもないことを言われた。色々と大丈夫なのか不安になる。もしかして俺、こいつを野放しにしちゃダメなんじゃねえか?
しかし、堂沢は首を振って言った。
「この一時間くらいなら平気さ。それくらいなら『認識』が解けた後も、ほとんど反動はないし、無害だよ。たっぷりマージンをとっても、一週間くらいなら頭を弄っても大丈夫かな。間違えたら、脳がギャップに耐えられなくて廃人になっちゃうけどね」
「怖えよ……」
つくづく、神ってのは、人とは違う倫理観の下にいる奴らなんだと思う。どれだけこいつが、「同級生」の姿をしてようとも、力を貸してくれようとしても、こいつの本質は「神」なのだ……気をつけるべきだ、もっと。
「寂しいこと言わないでよ。俺は瀬良を殺したり、死なせたりはしない。もちろん、させないしね。だから、調子が良い時はこうやってパトロールに来てるのさ。『あいつ』がまた妙なことをしないようにね」
「『あいつ』?」
「瀬良が知る必要はないよ……ああでも、もう会ったことあるんだっけ?まあいいや」
「よくねえよ……何か気になるだろ」
「俺達のことに興味があるなら教えてもいいよ」
「ふざけんな、ねえよ」
「瀬良は複雑だね」
堂沢がふっと笑いながら、肩を竦める……ムカつくな。ああ言えば、俺は「興味がない」と言うと分かってて煽ったに違いない。ムカつく。ムカつくけど、あいつらのことなんてどうでもいい。
これ以上、こいつと話すのはやめだ……そう思って、前に視線を戻すと、堂沢がぼそりと呟いた。
「……その気持ちは忘れてないんだね」
「……は?」
「いや、何でもないよ。それより……一つ、瀬良に忠告しとこうと思ったんだった」
「……何だよ」
話すのはやめだと言った──が、「忠告」という言葉に引っかかり、つい訊いてしまう。
……やり方はともかく、こいつが「俺を死なせないため」に動いてるのは確かだ。そんな奴が「忠告」するということは、色々なことは差っ引いて、聞いた方がいい、よな。
──大人しく聞き入れるかは、ともかく。
すると、堂沢はいつもよりも、真剣なトーンでこう言った。
「しばらく立花とは距離を置いたほうがいい」
「……どういうことだよ」
例の「噂」のことがあるからか?でもそれはもういいって、決めた。
それとも他の理由でか?クソ矢が言うには、俺と瞬の仲が良いことは誰も損しないんだろ?それはたぶん、「神」にとってもって意味のはずだ。違うのか?
「……俺にとって一番大事なことは瀬良が命を繋ぐことさ。今のままだと、そう遠くないうちに、立花はまた繰り返すよ。それは瀬良にとっても辛いことさ……だから、忠告だよ。気をつけてね、瀬良」
「おい、それどういう──」
「瀬良?」
気が付くと、スマホから顔を上げた西山が怪訝な顔をしている……堂沢は消えていた。たぶん、この場にいた人間の「認識」の中からも。
俺は誤魔化すように頭を振ってから、西山に言った。
「……何でもねえ。それより、どうなったんだよ」
「何だよ、やっぱ気になるんじゃねえか。もうすぐ九回表だぞ……やべえな」
「へえ」
俺は今言われたことを忘れようと、西山の手の中のスマホに集中した。
──説明会が終わったら、瞬に結果を教えてやろうと思いながら。
☆
「──それで、どうなったと思う?」
「うぅー……どうしよう……」
講堂から教室に戻る途中。俺は人混みをかき分けて、三組の集団の中に割って入り、瞬に話しかけた。
「大会の結果知りたいか?俺は知ってるぜ」と言ったら、瞬は見ての通り唸っている。
「聞いたらショックだと思う」
「えぇっ!?じゃあもしかして……」
「それはどうだろうな?さあどうする?」
「うわー……どうしよう。帰ってからニュースで見たい気もするし、でもすっごい気になるよー……でも」
うーとか、わー、とか言って、本当に面白い奴だ……こんな奴と、どうやって距離を置けるって言うんだろう。
──『立花はまた繰り返すよ』
──何をだよ……でも、関係ねえ。近くにいるって決めたろ。
「康太」
「ん?」
瞬に呼ばれて我に返る。気が付いたら、もう二組の前まで着いていた。クラスが違う瞬とはここで分かれる。俺は瞬に手を上げて「じゃあ」と教室へ入ろうとすると、瞬が言った。
「ホームルーム終わったら、待ってて。一緒に帰ろ」
「え……ああ、いいけど」
「じゃあ、後でね」
瞬が手を振って三組の方へと歩いていく。俺はその背中をしばらく眺めていた。
「一緒に帰ろう」とか、敢えて約束することなんていつもはないから、少し驚いていた。たまにすることもあるけど……それはなんか、特別な時だ。今日みたいに何もないときにはしない、けど。
その「約束」に、俺は今、不思議とほっとしていた。
──瞬の方も「俺と距離を置くなんてしない」と返してくれているような気がして。
「今日の分」は帰り道で言おうと、俺は決めた。
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