6月29日
【条件】
1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。
2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。
3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。
☆
「何してんだ?」
「康太」
朝。家を出る前に用を足そうとトイレに行き、居間に戻ると、瞬がテーブルの上で何かをタッパーに詰めていた。
──弁当……じゃないよな。
いつもは弁当派の瞬も、うちにいる間は、昼は学食や購買を使うようにしている。だからこれは、何か他の用事があってってことだ。首を傾げていると、瞬は「湯川さんにだよ」と言った。
「この前、ホットケーキを持ち帰るのに、湯川さんからタッパーを借りたんだけど……こういうのを返す時は、中にお菓子とかを詰めて返すのがいいって見たから」
「へえ……」
主婦(夫)のマナーってやつか。どんなもんを詰めてるのか覗くと、近所の洋菓子屋の焼き菓子だった。そういえば、昨日の帰りに瞬が寄っていたな。家に帰った後、俺にもくれたから、俺達で食うおやつを買いたかったのかと思ってたが……なるほど、このためか。
──ふうん……。
俺は自分の中に、雲のように嵩張るくせに、掴めない……そんな何かが湧くのを感じた。
「康太?」
「……あ、ああ。何だ?」
瞬の呼びかけで、自分がぼんやりとタッパーを見つめていたことに気が付く。「もう家を出ないと」と促されて、俺はリュックを背負う。
瞬と手分けして、電気の切り忘れやガスの元栓をチェックして、家を出て、鍵を閉める。たった数日なのに、もうずっと、瞬とはそうしていたみたいな、自然な流れに身を任せながらも、俺の心には、煙が這うような、もやもやとしたものが渦巻いていた。
☆
「湯川さん」
「立花」
朝のホームルームが終わると、瞬は例のタッパーを抱えて、教室の隅の、湯川の席に向かった。
俺はつい、その姿を視線で追ってしまう。
「──……──」
「──!──……」
──ここからだと、どういう話をしてんのか、分かんねえな……。
タッパーを渡した瞬と、受け取った湯川は、何やら楽しそうにお喋りをしている。たぶん、瞬がお返しで入れた焼き菓子のこととか、あるいはこの前の集まりのこととか……そんな話をしてるんだろう。
瞬は元々、人懐こいタイプだし、男女分け隔てなく接することができる。女子と会話を弾ませてるところもよく見るし、ある意味「モテる」といえば「モテる」よな……。
──それでも、瞬は、俺が……。
「何見てんだよ、瀬良」
「──っ!西山……」
いつの間にか、瞬の席に座っていた西山に呼ばれて、我に返る。
そんな俺を西山が、いつものニヤニヤ顔で揶揄う。
「家でも一緒にいるってのに、学校でも気になって仕方ねーのか?」
「はあ?違えよ。瞬とは別に一緒に住んでねえ」
「本当か?あちこちで噂になってるぞ。お前らと同じマンションに住んでる春和高生が、同じ階に降りてくの見たって」
「幼馴染なんだから、お互いの家に行くこともあるだろ。てか、どこ情報だ……いや、どうせアレか」
訊かずとも想像はつく。あのクソサイトだ……相変わらずだな。まあ別に、ただの噂だ。気にすることはない。
──どうせ、明後日には、瞬は自分の家に帰るんだし……。
そう思った自分の心の声が、拗ねた響きを帯びていたから、少し驚いた。
そりゃあ、瞬との生活は悪くなかったというか、楽しかったけど……。
また、ついぼんやりしていると、西山に呼び掛けられる。
「おい、瀬良……」
「……あ、何だ?」
「何だ、じゃねーだろ……ぼーっとしやがって。何かあったのか?」
「いや、何もねえよ……ちょっと、そういう時もあるだろ」
「そうか?」
西山が腕を組んで俺を見つめる。診断を下そうとする医者みたいだ。
ややあってから、西山は俺に言った。
「まあ、立花は瀬良のこと、こんな風に言わねえだろうがな。俺はお前のこと、馬鹿だと思ってる。超が付く大馬鹿だ」
「おい、失礼すぎるぞ」
「まあいいから聞け。とにかく、お前は馬鹿だ。馬鹿なんだから、ごちゃごちゃ考えんな。考えたって、大した答えも出ねえんだ……思うようにしたらいいだろ。それが答えになる」
「思うようにって……それが分かんなかったら?」
「そりゃあ、逃げだな」
その時、授業開始五分前の予鈴が鳴った。西山はおもむろに立ち上がると、ちょうど、席に戻ってきた瞬に「すまん、借りてた」と言ってから、手を挙げて自分の席に戻っていった。
そんな西山の背中を目で追ってから、瞬は俺に訊いた。
「西山と何の話してたの?」
「いや……別に、大した話じゃねえ」
「気になるよ」
「マジで、言うほどのことじゃねえぞ。くだらないっていうか」
「そうなの?」
「それより、瞬こそ……湯川……さんと、何話してたんだよ」
「えー……」
瞬は宙を見つめる。期待を持たせること数秒。結局、瞬は「内緒」と言って、教えてくれなかった。何だよ。
「気になるだろ」
「俺だって、西山と康太の話が気になるよ。そっちが教えてくれたら、俺も教える」
「いや、瞬の方が先に教えろよ」
「康太が」
「瞬が……って、こんなやり取り前もしたよな……」
俺がそう言うと、瞬も「そうだね」と笑った。
それから観念して、俺は瞬に西山とした話をした。と言っても、本当に大したことじゃない。
「そっか……えっと、例のこと、バレちゃってるかもしれないんだ」
一応、声を潜めて、瞬が言った。俺は頷く。
「まあ、同じとこに住んでる奴に見られたんじゃ仕方ねえな」
それにしても、バラすなよとは思うが。だが瞬の方は「時間の問題だったかもね」と言った。
「この前、湯川さん達に誘われた時も、『旦那様のお許しはもらえそう?』って揶揄われたし……」
「『旦那様』って……」
瞬が恥ずかしそうに、俯きがちに言うから、俺まで恥ずかしくなる。ただの冗談だし、こんなの、西山だっていつも言ってただろ。別に、今更……何だって言うんだ。
切り替えるように俺は、瞬に訊いた。
「ていうか、瞬の方は何だったのか教えろよ。俺は言っただろ」
「えっと……俺は……」
瞬はまだ、もじもじしている。すると、教室の前のドアが開いて、次の授業の教師が入ってきた。
クソ……いいところだってのに。
時間切れか、と諦めて、前を向こうとすると、突然、ぐっと左肩を後ろに引き寄せられる。あっという間に、耳元に顔を寄せた瞬は、俺にこう囁いた。
「湯川家直伝の……好きな人の胃袋を掴む、とっておきのレシピの話」
「明日の夜、作ってあげる」と言ってから、瞬は俺から離れていった。
胃袋の前に、心臓が。
握り潰されそうなほど、痛くて、うるさくなった。
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