12月25日(月) ②
「はあー……もう一生分遊んだな……」
「ふふ……そうだね」
高速バスの一番後ろの席で、ふかふかのシートに身体を預けて、俺達はほっと一息吐く。
ふと眺めた窓の外では、魔法が解けていくみたいに、テーマパークのきらきらの夜景が遠ざかっていく。窓ガラスに映る瞬の顔は少し寂し気だった。考えていることは一緒らしい。
「……楽しかったな」
「……うん。すっごく」
ぽつりと漏らした俺の言葉に、瞬が俺を振り返って頷く。
俺達はしばらく、魔法のように楽しかった一日を惜しむように、窓の向こうで小さくなっていく「夢の国」を眺めていた。
──俺と瞬のクリスマスデートも、もう終わりか。
バスが高速に乗って、窓の外が単調な景色に変わると、俺と瞬はお互いに身体を預け合って、ぼんやりしていた。
全てが現実に帰っていくような感覚と、さっきまで微塵も感じてなかった疲れがどっと頭の上にのしかかってくる。それに、死ぬほど早起きしたせいか、ここへ来てすげえ眠くなってきた……帰りは高速バスにして正解だったな。
「……ふふ」
「ん」
耳元で小さな笑い声が聞こえて、隣を見遣る。すると、瞬が「見て」と俺にスマホの画面を見せてきた。これは……。
「……あ、朝並んでる時の写真か。いつの間に撮ったんだよ」
瞬が見せてきたのは、入園前に列に並んでた時の俺の隠し撮りだった。スマホを見てる俺の横顔。しかも見てたのが……カチューシャのページだった時のだ。
「恥ずかしいとこ撮るなよ……」
すると、瞬は声を抑えて笑いながら俺に言った。
「だって、あんなにカチューシャなんか恥ずかしくて着けられないとか言ってたのに、やっぱり見てるから……欲しいのかなって」
「……気合い入れて楽しむって言っただろ。そのためにはこいつがいるって、並んでる時に思ったんだよ……」
「皆着けてたもんね」
そう言いながら、瞬は、城の前で撮った俺と瞬のツーショットを見せてきた。
俺の頭には結局、白いなんかふぁさふぁさしたのが着いたネズミの耳のカチューシャが着いている。ちなみに、瞬は白いバーガーが耳になっているやつだ。俺が選んでやった。食いしん坊の瞬にはぴったりだ。それに可愛い。
青空とでかい城をバックにピースサインが眩しい俺達の写真──俺はそれを眺めて、瞬に言った。
「いい感じだな」
「うん。バッグにスマホを立てかけて、タイマーで自撮りしたやつだけどね。あ、でもこっちはもっとよく撮れてるよ」
「どれ」
瞬が画面の上で指をスライドさせて、次の写真を見せる。同じく、青空と城をバックに撮った俺達のツーショット……だけど、さっきとポーズが違う。これは──。
「もしかして、女の人達のグループに撮ってもらったやつか?これ……」
「うん。俺達が自撮りしてたら、『撮りましょうか』って声掛けてくれた時の」
「……」
改めて見ると、すごいポーズだ。
だって、この写真の俺と瞬は、隙間がないくらいぴったりくっついていて、その上、二人で手でハートまで作ってる。さらに、瞬は空いている方の手を俺の腰にそっと添えていた。まあ、俺も瞬にそうしてるけど……そもそも、こうやって撮ってもらおうって言ったのは瞬だ。
「わざわざ撮ってもらう時に、こんな恥ずかしいポーズしなくてもよかったんじゃないか?」
だけど、瞬は首を振って言った。
「……こうしないと、友達同士だって思われちゃうから」
「たまたま声掛けてくれた人に、どう思われるかって大事か?そんなに」
「……大事だよ。すっごくね」
そう言った瞬の横顔は、最近たまに見る「ヒーローの顔」になっていた。この瞬は、俺をヒロインにしてしまう瞬だ。
やだ、格好良い……なんて思っていると、ふと、瞬が今日撮っていたらしい写真の一覧が目に入る。あれ……。
「なんか……それ、俺の写真多くないか?瞬、結構、キャラクターとか、景色とか、飯も撮ってたよな?こんなに俺ばっかり撮ってたのか?」
「え、えっと。これは……」
俺に言われると、瞬は視線を泳がせる。今更、俺からスマホを隠してるので、俺は瞬の脇腹を肘でちょんと突く。すると、瞬は観念して俺に言った。
「こ、康太の写真だけ集めたフォルダです……」
「……いつからそんなことしてたんだ?」
「……結構、前から」
バツが悪そうに俯く瞬。俺はそんな瞬の肩に手を置いて、言った。
「俺も今度から、そうする」
「自分がされるとすごく恥ずかしいんだね……これ」
そう言って苦笑いする瞬に、今度は俺が撮った写真を見せた。
チュロスを両手に持ってはしゃぐ瞬。うきわの肉まんを頬張る瞬。「熱っ、熱っ」って言いながらホットドリンクを啜る瞬。鼻の頭にクリームを付けてピンク色のクレープを食べる瞬。頭に着けたカチューシャと同じバーガーにかぶりつく瞬。ポップコーンを俺に分けてくれる瞬。待ち列でチキンレッグを食べる瞬……色んな瞬の写真だ。
「……俺なんかいつも食べてない?」
「分刻みのスケジュールだったはずなのに、気付いたら何かフードを手に持ってるからな。瞬はすげえよ」
俺は言いながら、そんな瞬の写真を全部選んで「新規フォルダ」の中にまとめた。タイトルは……「食べる瞬」だ。これから、もっと色んな写真が増えていくだろう。それに他の瞬フォルダも、きっと増える──そばにいる分だけ、もっと。
「……また、行こうね」
「……ああ」
こうして、ぴたりと寄り添っていると、だんだん瞼が重くなってくる。ふと、視線を遣った窓の外では、雪が舞っていた。俺は咄嗟に、瞬に「見ろよ」と言おうとして──でも、やっぱりやめた。
「ん……こうた……」
安らかで幸せそうな瞬の寝顔に、自然と笑みが零れる。そのうちに、俺もだんだん、意識が薄れていく。
窓の外で降る雪が、やがて視界の全てを白で覆っていくような……そんな気がした──。
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