12月25日(月) ③


──12月25日 AM 8:00。



「ん……」


耳元で喧しく鳴るアラームを手探りで止めてから、薄目でスマホの画面を睨む。

8:00。


12月25日の朝8:00……。


「──っ!やべえ……っ!」


ようやく認識した現在時刻に、12月の朝のクソみてえな寒さも、眠気も何もかも吹き飛ばして、がばっと身体を起こす。

鏡を見なくても分かる。たぶん今の俺は、血の気が引いて真っ青な顔をしてる。やばいやばいやばいやばい……!


「始発乗るって約束なのに……遅刻だ……っ!」


12月25日。クリスマス。


今日は、瞬と「夢の国」にデートに行く約束をしていた日だ。チケットが完売になるほどの混雑日だから、気合い入れて始発で行こうって……約束したってのに。


──瞬は……瞬は、どうしてる……っ?


瞬が寝坊なんて絶対ないし、きっと、寒い中俺を待っていたに違いない。誘った時から、めちゃくちゃ楽しみにしてて、昨日の夜だって、通話しながら「俺、すっごく楽しみ!寝れるかな?」ってあんなに……。


──とにかく今は……瞬に連絡しないと。


俺は震える手でスマホを手に取り、電源を入れて……とそこで気付く。


──あれ、この写真……。


俺は、自分のスマホの待ち受け画面を見て、目を見開いた。


そこに設定されてた写真は……青い空と城をバックに、カチューシャを着けた俺と瞬がピースを決めてる写真だったからだ。


それは……紛れもなく、「夢の国」で撮った写真。……ってことは。


──昨日だったのか……デートは。


そうと分かると、俺はどっと安心して、背中からベッドに倒れ込んだ。びっくりさせやがって……いや、まあ俺が勝手に焦ってたんだけど。


落ち着いて部屋を見れば、昨日買ってきたお土産の袋が部屋の隅に置いてあるし、母さんがハンガーに掛けてくれた服もなくなってる。マジで俺、焦りすぎだろ。


「二度寝するか……」


昨日はめちゃくちゃ遊んで疲れてるし。俺は布団を被り、再び眠りにつこうと目を閉じた……ところで。


──ブー……。


「ん?」


そばに置いたスマホが震えて、メッセージの受信を知らせる。

腕を伸ばして、スマホを開くと、そこには『新着メッセージ 1件』と表示されていた……瞬からだ。


俺は通知をタップして、そのメッセージを開く。


『瞬:おはよう('ω')ノ 起きてる?9時にエントランスだからね』


──9時に、エントランス……?何のことだ……?


今日、何か約束してたか?俺は記憶をさらってみるがそんな記憶は全くない。

強いて言えば「もうすぐ父さんと母さんが帰って来るから、買い出し行かないとね」っていう……それくらいか。

だが、それもこんなにきっちり決めた予定じゃない。


──ていうか、これ……。


そこで俺は、メッセージ以上に不自然なものに気が付く。


メッセージの受信時刻だ……俺は、目を疑った。


──12月25日 AM 8:01。


「12月25日……?」


おかしい。


だって、俺は確かに昨日、瞬と……夢の国に行っただろ?そりゃあ、夢みたいに楽しい一日だったけど、まさか本当に夢だったのか?でも、部屋には買ったお土産だってあるし、俺のスマホのフォルダには、瞬と撮った写真が……いっぱい入ってる。


──どういうことだ?今日が25日だったら、昨日は……俺が昨日だと思ってるのはいつなんだよ……?今日は何なんだ?一体、どうなって……。


その時だった。


「──っ、あ、く……っ?!」


俺はふいに、頭痛に襲われた。頭の中で耳障りな金属音が響いて、思考が、めちゃくちゃに、なる……なにも、かんがえられなく、なって。


きょうは。今日は……今日は。


「……」


襲われた時と同じように、その頭痛はふいに止んだ。


すっきりした頭で、俺はようやく何もかも思い出せた。そうだ。一体、俺は何を疑ってたんだろう。


──今日は12月25日。クリスマスに決まってるだろ。そして、昨日も12月25日でクリスマスだったんだ。そんなの、当たり前だろ。


俺は瞬にメッセージを返した。



『康太:おはよう。もう起きてる』


『康太:9時エントランスな。了解。じゃあ、あとで』




「おはよう、康太」


「瞬」


待ち合わせ場所のエントランスまで降りてくると、やっぱり先に来ていた瞬が、俺を見つけて駆け寄って来る。

寒さ対策品フル装備のもこもこした服装の瞬が、にこにこで寄って来る姿は、懐っこい犬みたいだ。


俺は瞬に「おはよう」と返しながら、瞬の頬を両手でもちもちした。瞬は「やめてよー」と言いながらも、満更でもない感じでされるがままになっている。


そこでふと、何かに気付いたらしい瞬が「康太」と俺を見つめる。


「ん、何だ?」


「もしかして……ワックスつけてるの?」


「まあな……」


俺は瞬から視線を逸らしつつ、曖昧に応える。


家で「今日はこれを付ける」と決めた時は、「瞬気付くかな」とかちょっと思わなくもなかったが、いざ気付かれると、やたら恥ずかしくなった。だが、そんな俺にも構わず、この鼻が利く瞬犬は、背伸びをして、俺の髪に鼻を近づけて言った。


「……やっぱりそうだ。昨日、俺が好きって言ったから、付けてきてくれたの?」


言われれば言われるほど、羞恥がこみ上げてくる……が、そこでふと、俺は今の瞬の言葉が引っかかる。


──昨日?


「……瞬」


「何?」


「昨日って……昨日か?」


「え?昨日は……昨日だよ。二人で夢の国、行ったでしょ」


「だよな。そうだよな……?じゃあ、それは、クリスマスじゃないのか?」


「もう、何言ってるの?クリスマスだったよ。俺達は……クリスマスに、夢の国デート……したんだよ」


瞬が頬をぽっと染めて、俺にそう言う。何の疑いも戸惑いもなくさらりと言った瞬に、俺はさらに訊いた。


「じゃあ……今日は何だ?」


「今日はクリスマスだよ。だから、ちょっと足を伸ばして、都心の広場のクリスマスマーケットに行ってみようって約束したでしょ?」


「……そうだよな」


俺は頷く。瞬がはっきりと言ってくれたおかげで、どうしてかは分からねえが、ざわざわしていた心がほっとした。

瞬はそんな俺を不思議そうに見つめていたが、やがて、ふっと笑うと、俺に手を差し出して言った。


「じゃあ……行こ、康太」


「ああ」


俺は瞬の手を取った。それから、いつもみたいにぴったり指を絡めて手を繋ぐ。


エントランスを抜けて外に出たところで、瞬が「あ、そうだ」と思い出したように言った。

俺は足を止めて、瞬に訊く。


「何だ?もしかして忘れ物か?」


「ううん……えっと。康太」


瞬は俺を見つめて、こう言った。


「メリークリスマス!」


──こういうのは、気分なんだよな。


俺は瞬を見つめて、返した。


「メリークリスマス」


「うん」と楽し気に笑う瞬に、「早く行こう」と促して、俺達は街に繰り出した。

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