12月25日(月) ④


「はあー……もう、いっぱい食べたねー……」


「そうだな……」


──昼飯で入ったしゃぶしゃぶ屋にて。


ランチ食べ放題コースを終え、満足そうに腹をさする瞬と、テーブルに積み上がった皿を眺めて、俺はため息を漏らす。……いや、これは感嘆のため息だ。相変わらず、見ていて気持ちいい瞬の食べっぷりに対する、な。


──12月25日 クリスマス。


俺と瞬は、最寄り駅から電車で一時間程の、大きなショッピングモールがある駅の方まで出て来ていた。

目的は、モールの広場で開催されている「クリスマスマーケット」。世界のクリスマス料理や海外の雑貨なんかが集まってる、瞬の好きそうなイベントだ。


この辺りは、都内ではないが、この辺は俺達みたいな田舎者からすれば、ここは十分都会で……何ていうか、場違いというか、デートするにはちょっと背伸びした場所だとは思う。


それでも、こんなところまで来たのは、以前、瞬が「クリスマスマーケットっていうの、行ってみたいなあ」と言っていたからだ。

瞬が行きたいって言うなら、俺も一緒に行ってみたい。それに、まあ、クリスマスくらいは……こういう普段あんまり行かないところに行ってみたと思う。


……とは言え、冬休み前まで、お互いにそんな余裕はなくて、しかも、クリスマスは「夢の国デート」に行くから、結局、今年は無理だって諦めたんだが……って。


あれ。


──でも、夢の国デートもクリスマスで、クリスマスマーケットは今日……クリスマスに来てるよな?


ふいに、頭の中で、そんなことが引っかかる。じゃあ、昨日は何だ?今日は……本当は……?


「……っ」


考えだした途端、こめかみがずきりと痛みだす。すると、瞬がそんな俺を「康太?」と心配そうに覗き込む。


「どうしたの?具合、悪くなっちゃった……?」


「い、いや……別に、何でもねえっていうか……」


「で、でも……」


誤魔化そうにも、誤魔化しきれないか。こめかみを押さえる俺を見て、瞬は俺の状態を察したのか、優しく頭を撫でてくれた。それだけで、痛みがふっと和らいで──。


「……っ」


「大丈夫になった?」


「ああ……悪い。心配かけた」


「無理しないでね」と言う瞬に、俺は「大丈夫だ」と返す。それから「人混みがすげえから、ちょっと疲れただけかもな」と言った。


──何考えてたんだ、俺。何も、変なことなんか起きてないだろ。


昨日もクリスマスで、今日もクリスマスだってことの、どこがおかしい。クリスマスなんか何回あったっていいだろ。


気を取り直すように、俺は食後に出してもらったコーヒーを啜る。瞬もそれを見てやっと安心したのか、同じようにコーヒーを一口飲む。

それから、瞬は「そういえば」と俺に言った。


「さっき、クリスマスマーケットで何か買ってたけど……何だったの?」


「ん?ああ……いや。それはまあ、内緒だ」


「え?」


「なんでよ」とでも言いたげに、瞬が目をぱちくりさせる。さっきの頭痛とは別に、これはこれで瞬には言えないことだ。


──昼前にここへ着いた俺達は、早速、目的のクリスマスマーケットに向かった。


行くまでは、正直「フリーマーケットに毛が生えたようなもん」くらいにしか考えてなかったが、実際に行くと、出店は煌びやかな装飾で彩られていて、童話の世界のようだった。俺は瞬と「田舎者丸出し」で物珍しく、見て回り、楽しんだ。


で、その途中、瞬が、自分の両親へ何か選びたいと言ったので、そこで少し別行動をとることにしたのだ。俺は俺で……まあ、ちょっと「秘密の買い物」があったし。


そんなわけで、こっそりと手に入れた「ブツ」は今、瞬に見つからないようにバッグに仕舞ってあったはずだったんだが──やっぱり、瞬に隠し事はできない。


──けど、今教えるわけにはいかないしな。


そこで俺は話題を切り替えようと、今度は、逆に瞬に訊いてみる。


「そういう瞬だって、何か色々買ってただろ。志緒利さんや淳一さんの分だけじゃねえのか?」


「え、え?そ、そんなことないよ……あれは……」


すると、瞬がしどろもどろになりながら、誤魔化すようにコーヒーを啜る。分かりやすい奴め。俺はカップに残っていたコーヒーを飲み干してから、瞬に言った。


「……まあ、お互い、秘密の買い物があるってことだな」


「そうだね」


と、そんなところで、店員が空いた皿を下げに来た。俺は瞬と顔を見合わせて頷くと、席を立った。





遠出のついでに、ショッピングモールで諸々の買い出しを済ませ、モールの外に出ると、あたりはすっかり陽が落ちて暗くなっていた。

昼間は太陽が出てたから、まだ、いくらか暖かったが、夜になるとさすがに冷え込む。


俺は瞬の手を握って、上着のポケットに入れてやった。もう前みたいに、ブレザーのポケットに無理やり突っ込んだりはしない。俺はちゃんと、瞬の手が入るようなポケットが付いた上着を選んで着ているのだ。


俺は「どうだ」と瞬に視線で訴えかけた。

瞬は、しばらく俺を見つめると、何か答える代わりに、ポケットの中で俺の手をぎゅっと握り返してくれた。


俺達はそのまま、駅へと歩き出す。

吐く息が白くなるほど、頬に当たる風は冷たかったが、ポケットの中で繋いだ手は、そんなことも気にならなくなるくらい温かい。


ふいに、瞬が足を止めて「康太」と俺を呼んだ。


「ん、どうした」


「見て……あれ」


俺は、瞬が指で差す方に視線を遣る──そこには……。


「……っ」


「すっごく綺麗……」


──息を呑むような青い幻想的な光……イルミネーションだ。


モールから駅前の通りに続く道に並ぶ街路樹が全て、青い電飾で彩られていた。昼間に来た時は気付かなかった……こんな風になるんだな。


「へえ……」


俺は思わず、声を漏らした……こうして見るとまあ、なかなか……良いと思うもんだな。


「イルミネーションなんか、ただの電球だ」ってよく言われるけど、ただの電球の中に美しさを見出した奴を、俺はすごいと思う。だってこんなに……綺麗なんだから。……俺も、そいつと同じ側だったんだな。


その時、隣からパシャリ、とシャッター音が聞こえる。ちらりと見ると、瞬が俺にスマホを向けていた。


「……撮ったのか?」


「ふふ。だって……康太の目、きらきらしてたから」


「イルミネーションの方を撮ればいいのに」


「そっちも撮るよ。でも俺は、今の康太の顔、残しておきたい」


「……そうかよ」


言ってから、俺もスマホを取り出す。それから、仕返しとばかりに、瞬にスマホを向けて言った。


「じゃあ俺も、今の瞬を撮りたい」


「えー……ど、どうすればいい?」


「『わあ』って言って、イルミネーション見てろよ」


「……馬鹿にしてる?」


「可愛い」


「……もう」


瞬はぷい、と俺からイルミネーションの方に視線を移した。すかさず、その様子を写真に撮る。俺は今撮った写真を、新規フォルダ「瞬の顔」に収めることにした。ここにはこれから、色んな表情の瞬の写真が入るはずだ。


俺は自分のカメラロールに増えたフォルダを見て、つい口角が緩む。


昨日、12月25日に作った「食べる瞬」と。


今日、12月25日に作った「瞬の顔」と。


──二つのクリスマスが並ぶことに、俺の頭はもう、何の引っ掛かりも覚えなかった。

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