6月24日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。



▽「サムシング・フォー・チャレンジ」の達成報酬を付与しました▽





『天国に一番近い……どころか天国!』


『忙しい日常の喧騒を忘れ……すぎて、もう帰りたくないかも? 極上の臨死体験をあなたに』


『三途の川を臨む 全室リバービュー』


『庭園の透き通るような美しい蓮の池からは 天気が良い日には蜘蛛の糸を上る罪人が見られます』



──『会員制ハイクラススパリゾート・極楽天』



「なあ?ほんまに豪華景品やったろ?」


「どこが?」


自信たっぷりに、満面の笑顔でそう言った澄矢さんに、俺は呆れてため息を吐いた。


目が覚めたら、枕元に「御祝い」と書かれたご祝儀袋……みたいなものが置いてあったから、「もしかしてこれが、チャレンジの景品?」と思ってはいたんだけど。


中身は、開けてびっくり。なんと、「超高級スパリゾートのペア宿泊券」だったのだ。

と、言っても、「極楽天」なんて、俺は聞いたことがない場所のものだったし、そもそもそんなところには縁遠いから、今一つ、その凄さは分からなかったんだけど……。


そこへ、澄矢さんが現れて、この「極楽天」という場所について説明してくれたのだ。


そして、そこが要するに「あの世」にあるということが分かって、「へえ~、俺、あの世って行ったことないかも!?せっかく、ペア宿泊券を貰ったし、夏休みにでも康太を誘って行ってみようかな~?」なんて。


「思うわけないでしょ!嫌だよ!」


「何でや!大丈夫やって、ほんまに死ぬわけやないし。先っぽだけ、あの世に突っ込むだけやから。儂、上手いから、一瞬で逝けるで」


「怖すぎるし、その言い方も何か嫌だよ!そんなに言われても行かないからね」


「何が嫌やねん。学生やし、お金ないから……夏休みに二人で旅行とかも行けへんやろうなあって思ったから、儂、手に入れてきたんやで。『極楽天』言うたら、超高級リゾートやで、普通行かれへんよ」


「そりゃあ、『あの世』のリゾートだからね。普通行かないよ……もう、こういうの冗談にならないから、本当やめてよね……」


渡された宿泊券を袋に仕舞いながら、もう一度、見てみる。

「極楽天 二剥三日 ペア宿泊券」……ん?「剥」?「泊」じゃなくて?


「ああ、魂を肉体から『二』つ『剥』がして、体感『三日』くらいそっちに送るって意味やな」


「怖いよ!……っていうか、体感三日って?」


「当たり前やけど、むこうとこっちでは時間の感覚が違うねん。そもそも、向こうには時間の概念もないし、その気になったら、いつまでもおれるからな。せやから、瞬ちゃん達が体感で三日くらいおったなーって思うまで、居られるようにしたで、ってことや。まあ、むこうでの体感三日は、こっちの十分くらいやな」


「ふうん……?」


そう言われても、よくは分からないし、とりあえず、俺がそこに行くことはないだろう。

俺は券を仕舞った袋を、丁重に澄矢さんに返した……けど、澄矢さんはそれを頑として受け取らなかった。


「まあ、有効期限とか別にないし、行く気になるまで持っとったらええやん」


「ならないし……申し訳ないけど、いらないよ」


「ええから持っとけって。これは、儂からの『ご祝儀』やから」


「ほれ」と強引に澄矢さんが袋を俺に握らせる。それから、俺に囁いた。


「……あいつのこと、支えてやってな。これは瞬ちゃんにしかできんことやから」


「え?」


ぽんぽん、と背中を叩かれる。その意味を図りかねて首を傾げていると、澄矢さんが伸びをしながら、わざとらしく言った。


「あー……でも、せっかくチャレンジ頑張ってくれた瞬ちゃんに、景品喜んでもらえんかったなあ~……

このままじゃ、儂、また怒られてまうなあ~どないしようかなあ~?」


「本当にどうしようかな、すみちゃん」


「巫琴さん?」


背後に気配を感じて振り向くと、いつの間にか巫琴さんが立っていた。目が合うと、巫琴さんは、にこ、と柔らかく微笑んでくれた。


──何か……すごく嫌な予感がする……?


虫の知らせのようなものを感じて、俺は後退ろうとする。だけど、何故か身体が動かなくて、視線は澄矢さんに固定されてしまう。もがくことも、逃げることもできなくて、もどかしい思いをしていると、澄矢さんがどこからか、銃を取り出した。


──ま、まさか……?


「な、何……!何をするつもりなの?!」


俺が澄矢さんに反抗するようなことばっかり言ったから、逆上して殺そうとしているんじゃ──そんなことを考えて、一瞬恐ろしくなったけど……でも、不思議と頭のどこかで、「それはない」とすぐに思えた。

澄矢さんは、はた迷惑なキューピッドだけど、俺を殺す気はない……と信じられる。


「よかったわ。ちょっとくらいは信用してもらえてるんやな」


「ちょっとだけね……でも、それで何をするつもりなの?」


「瞬ちゃんに喜んでもらえそうなことや。なあ、巫琴」


「そうやね、すみちゃん。結局、どんな高級リゾートよりも、瞬さんにとって一番いい場所は、そこやったってことやね」


「そこ?」


「大丈夫よ。すみちゃんが上手いことやってくれるから」


巫琴さんが、俺の肩にそっと手を置いて頷く──どういうこと?と思った、その瞬間。


──パァン!


破裂音が鳴って、思わず目を瞑る。次に目を開くと、澄矢さんの手元で、天井に向けられた銃口からは細い煙が出ていた。


──あと、部屋のエアコンからも。


「え……?」


何が起きたか分からないまま、俺は側に置いてあったエアコンのリモコンを手に取る。

風向き板のあたりから煙を吐いているエアコンに向かって、それを操作してみるけど、もちろん点かなかった。うんともすんとも言わなかった。


これって──。


「壊したの?エアコンを?」


「せやな」


「確かに今週はちょっと涼しかったし、あんまり使わなかったけど……暦の上では夏なんだよ。夏至なんだよ、今」


「せやな」


「予報だと、これから毎日、最高気温三十度越えやね。すみちゃん」


「せやな。めっちゃ暑いな。エアコンないとおられんな」


「ちょっと……!?」


じわじわと、この事態のまずさに気付き始める。いや、でも壊れたのは俺の部屋のエアコンだけだよね?

それなら、母さん達の寝室や居間に避難すれば──。


「全部壊れてる……」


俺は、居間の床に膝をついて項垂れた。エアコンが壊れたと思うと、なんだか、急に暑さを感じ始める。背中を汗が伝っていった。どうしよう……?


「とりあえず、オカンに連絡した方がええな?ここん家のエアコンは備え付けのもんやろ。それなら、修理とかは管理人が手配せな」


「うん。そうだね……そうしよう」


突然のことで、気が動転してたけど、澄矢さんがアドバイスしてくれてよかった。俺は早速、スマホで母さんに連絡を取りながら、澄矢さんの肩を(揺さぶれないけど、気持ち的には)揺さぶった。


「何が……『瞬ちゃんに喜んでもらえそう』って……!」


「落ち着いてや、瞬ちゃん。あ、修理費用とかなら大丈夫やで?な、巫琴」


「人間が見ても、原因は分からないようにしてあるから、修理費用は心配せんでええよ。まさか、か──キューピッドに銃で撃ち抜かれて壊れました……なんて、誰も信じないし、所有者側の負担になるから」


「な?」


「な?じゃないよ!これじゃ、家にいられないよ……!俺、今日からどこで過ごせば……」


その時、スマホが鳴った。母さんから電話だ。俺のメッセージを見てかけてきたに違いない。

ひとまず、澄矢さんのことは後でたっぷり絞るとして、俺は電話に出た。


「母さん、ごめん。俺……」


『瞬、メッセージ、見たわよ。大変だったわね。修理のことは、母さんが相談しておいたから大丈夫よ』


「うん。でも、これからどうしたら……」


『それも大丈夫よ。母さん、さっきお願いしておいたから』


「お願い?」


──こん、こん。


計ったみたいに、ドアがノックされる。俺は「まさか」と思いながらも、玄関に駆けて行く。

ドアを開けると──。


「こ、康太!」


「瞬、母さんから聞いたぞ。急に家のエアコンが全部壊れたって」


「実春さんから?」


情報が早いな……でも一体、それでどうして康太が来てくれたんだろう?


すると、その会話が聞こえていたのか、母さんは俺に教えてくれた。


『実春ちゃんにお願いして、エアコンの修理が来るまでの一週間、瞬を預かってもらうことにしたの。だから、しばらくの間──瞬は、康太くんのお家にいなさい』


それって──つまり。


「大変だったな、瞬。でも、大丈夫だ。修理が来るまで、しばらくうちにいればいいだろ」


「……」


俺は今日から一週間──康太と一緒に住むことになった……らしい。

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