7月4日

【条件】


1.毎日0:00〜23:59の間に、瀬良康太に対して「好き」と一回以上言うこと。伝え方は問わないが、必ず、瀬良康太が「自分に対して言われた」と認識すること。


2.1の条件を与えられたことは決して、瀬良康太に悟られないこと。


3.1、及び2の条件が実行されなかった瞬間、瀬良康太は即死する。





テストの終わりを告げる予鈴が鳴り、解答用紙が回収される。解放感から、にわかに騒がしくなる教室を横目に、伸びを一つする。ふと視線を遣った、窓の向こうの夏の青空は、ここから家までの辛い道程を予感させた。


──帰んのめんどくせえな……。


期末テスト一日目の今日は、主要三教科だけなので、まだ昼前だ。テスト前だから、どこも部活はないし、大抵の奴は、これからどこか寄るか、何かするんだろうな。

そう言う俺も、家に帰ったって、昼を適当に済ませるだけだし、それなら、瞬とどこかに食いにでも行って──そんなことを考えていると。


「康太」


「ん?」


後ろから背中をつつかれて振り返れば、ちょうど今、頭に浮かんでいた瞬が俺を見つめている。その表情はなんとなく、犬を思わせた。行儀よくお座りして、遊んでほしそうに飼い主を見つめている犬、みたいな。


「どうしたんだ?」


頭の中で、瞬の顔に犬を重ねながらそう訊くと、どこかの名犬もびっくりの洞察力で、瞬は「なんか失礼なこと考えてない?」と言った。俺が「そんなわけねえだろ」と首を振ると、瞬は「まあ、いいけど……」と続ける。


「康太、このあと空いてる?」


「ああ……空いてる。どうする?飯でも行くか」


俺がそう言うと、瞬は「俺も今、そう言おうとしたとこ」と、にっと笑った。以心伝心だ。付き合いが長いし、お互いが考えそうなことはなんとなく分かるが、今はそれがなんだか、妙に嬉しかった。


そうと決まれば、と俺と瞬は荷物を持って教室を出る。

どこに行くかとか、その後はどうするとか、今日のテストのこととか──そんなたわいもない話を瞬としながら、俺の気分はなんとなく──ふわふわと上がっていくような、そんな感じがしていたんだがな……。





「それが何で、こんな大所帯になってるんだよ……」


テーブルに頬杖をついて思わずぼやくと、すかさず俺の向かいに座っている西山が笑った。


「そりゃあ、瀬良と立花がずいぶん楽しそうに歩いて行くのが見えたからな」


「そう思うなら、放っとけよ」


「あれー?じゃあ瀬良は瞬ちゃんと二人きりになりたかったってことー?ひゅー」


そう言って、口を挟んできたのは、俺の右隣に座っている猿島だ。ちなみに、猿島の向かいには、メニュー裏の間違い探しに夢中になっている志水もいる。


……そう、俺と瞬は今、いつの間にか増えていたこいつらと、近くのファミレスに来ていた。


瞬がお手洗いに行っている間に、何故こんなことになったのかを整理しよう。


まず、俺と瞬は二人で『これからどこに飯を食いに行くか』とかそんな話をしながら、昇降口に向かって階段を降りていた。すると、そこへ西山が現れ、『ようお前ら、これから飯にでも行くのか?』と話しかけてきた。


めんどくさいことになりそうな予感がした俺は『ああ、そうだ。じゃあな。よいテスト期間を』と、とっとと行こうとしたんだがな……優しい瞬は『西山も来る?』と奴を誘ってしまったのだ。あの時の西山のニヤニヤ顔は、いつにも増して腹立たしかった。


そこまでは、まだいい。


だが、それから結局、このファミレスに行くことになり……ちょうど店の中に入った時のことだった。

案内されるのを待つために、ウェイティングボードに名前を書こうとして……ふと、その名前が目に留まる。


──『サルシミズ』?


『あれ、瀬良に立花に西山じゃん。何、皆も昼?』


『わあ、これはこれは……偶然ですね』


『俺達もお昼ご飯だよ。ね、康太。せっかくだから皆一緒にどうかな?』


その後はこの通りだ。瞬と幼馴染水入らずの二人きりが、わずか数十分の間に、仲良し野郎五人グループに変わっている。別に、こいつらのことが嫌ってわけじゃねえが……なんか……なんか、アレだ。


喉元まで上ってきているモヤモヤを飲み込むように、ストローで冷たいウーロン茶を流し込む。すると、ストローの袋を指先でくるくると弄びながら猿島が言った。


「まあ、いいじゃん。瞬ちゃんとイチャイチャランチなんて、別にいつでもできるんだしー。たまには、交友関係も大事にしなよー」


「何がイチャイチャランチだ。別にそんなんじゃ……」


「本当か?俺が声をかけた時の瀬良は、随分と機嫌が良さそうだったぞ。テストの後はいつも死んだような顔で、ダルそうに歩いてたってのに。よっぽど、立花と飯に行くのが楽しみに見えたんだが」


「クソ……」


肯定すればそういうことになるし、否定すれば、瞬を傷つけてしまう……というか、そんな嘘はつきたくない。どう答えてもめんどくさいことになりそうで、口を閉ざしていると、「ただいまー」と瞬が帰ってきた。


「おう、立花」


「瞬ちゃん、おかえりー」


「うーん……この、リスの前歯の長さが違うのは気のせいでしょうか……?」


皆が口々に瞬を迎え入れ、瞬は俺の左隣に腰を下ろす。一つのソファに猿島と俺と瞬の三人で腰掛けてるから、自然と瞬が近くなる……というか、猿島が、俺との間にわざと荷物を置いて、瞬の方へと詰めさせてるのだ。全く……。


猿島の計らいに、ため息を吐きつつ、ふと、隣を見ると、瞬が何か新聞……らしきものを持っていることに気が付く。お手洗いに行く前は当然、持っていなかったし、店のどこかに置いてあったのを貰ってきたのか?


すると、俺の視線に気付いた瞬が「あ、これ?」と言って、その新聞をテーブルに広げた。

それは俺にも、見覚えのある──市の広報誌だった。


「どうしたんだよ、これ。この前家にも配られたやつじゃねえか」


俺が訊くと、瞬が「そうなんだけど……」と言って、続けた。


「今日の朝、また先生に会ったときにね。この前、広報誌に載っちゃって……っていう話を聞いたの。それで、見てみたくて。俺、申し訳ないけど、広報誌はあんまり読んでなかったから……そしたら、ちょうど、お店の入り口のところに『ご自由にどうぞ』って置いてあったから、貰ってきたんだ」


「……ふうん」


頷きながら、またかと思う。また、「あいつ」──「みなと」の話だ。


瞬が広げた広報誌のページに視線を落とすと、確かに、あいつが載っている。

市が主催の「史跡めぐり」を特集した小さな記事で、ボランティアとして、ガイド役をやっていたらしいみなとが、参加者と一緒に微笑んでいる写真だ。


「へえ、かっこいい人だねー」


「先生って言ったな。うちの教師……じゃないと思うが。立花の知り合いか?」


「うん、小学生の時にお世話になった先生。最近、うちの隣に引っ越してきたの」


西山や猿島にも、瞬が嬉しそうに「あいつ」の話をする。


──確かに……あいつは瞬が言う通り、まあ、顔も悪くないし……?性格だって、爽やかで良い奴そうではあるけど……?


しかし、何故だろう。あいつのことを考えると……俺は何か、胸がちくちくするというか、くさくさするというか……むしゃくしゃする。あいつが良い奴なのは、悪いことじゃないし、一人暮らしの瞬の家の隣に、頼れそうな大人が引っ越してきたのも良いことだ。なにより、あいつは瞬が憧れてた奴だ。


だから、瞬にとってこれは良いことだし、幼馴染に良いことがあったら、それは俺も喜ぶべきことだろ。


だから、こんな気持ちになるのは変だ……間違ってる……と思うのに。


「俺も今度、史跡めぐりに参加してみようかな……?ねえ、康太もどう?」


「……は?」


そんなことを考えていたら、つい、そんな返事をしてしまった。


目をぱちくりさせて、俺を見つめる瞬を見て、我ながら、大分態度が悪いというか、険のある感じで言ってしまったと反省する。すぐに「ごめん」と口を開こうとして、だけど、胸にまだ残る「くさくさ」がそれを邪魔してきて、結局、俺は瞬から視線を逸らしてしまった。


何かを感じたのか、猿島が咄嗟に「このへんって、こういうの結構残ってるんだよね?俺も興味あるかもー」と話題を切り替えてくれる。西山は俺に、やれやれと首を振っていた。そして、視線で「後でちゃんとしろよ」と俺を咎めた。……全く、その通りだ。


俺は、心の中で舌打ちした。





「ありがとうございましたー」の声に背中を押されるように、冷房の効いたコンビニから、夕方だというのに蒸し暑い外へと踏み出す。片手に提げたレジ袋を見て、ふっと息を吐く。


何気ない風を装いながら、俺は、店の外で待っていた瞬の下へ歩み寄る。

俺に気が付くと、瞬が言った。


「おかえり」


「……おう」


「行こ」と促されて、瞬の半歩後ろをついて行く。自分で自分にダサい奴だな、と呆れながらも、俺は密かに、深呼吸をしてから、口を開いた。


「瞬」


「ん?」


足を止めて、瞬がくるりと振り返る。俺は、そろそろと手に持ったレジ袋を差し出しながら、瞬に言った。


「……ごめん」


「え?何が?」


瞬が首を傾げる。もどかしくなった俺は、半ば無理やり、瞬の胸に袋を押し付けながら言った。


「だから……さっき、嫌な態度とったから」


「嫌な……?ああ」


やっと理解したのか、瞬がくすりと笑った。それから、押し付けられたレジ袋の中身を見て、もう一回笑った。


「……ふふ」


「何だよ」


「康太のこういうところ、俺、好きだよ」


「後で一緒に食べよう」と瞬は俺に言った。

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